2003年06月21日23時23分掲載
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ビルマ民主化
「民主国家の早期形成」訴える スーチー氏の拘束前夜スピーチ、在日ビルマ人団体が入手
ビルマ(ミャンマー)の民主化運動指導者、アウンサンスーチーさんが、軍事政権によって拘束される前日の5月29日に行った演説のテープを、在日ビルマ人団体「ビルマ日本事務所」が入手した。サガイン管区モンユワ市で市民に「民主国家を早く実現しなければ国民の生活は苦しくなるばかり」と訴えるスーチーさんの声は力強さにあふれ、たびたび大きな拍手に包まれている。また遊説の先々での軍政側からの度重なる妨害工作にたいして、あくまで無抵抗を貫く姿勢を強調している。(ベリタ通信)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
1947年に父と一緒に上ビルマに遊説に行ったとき、父(アウンサン将軍)がモンユワ市に着いたとき遊説の旅で相当疲れていました。モンユワのパサパラ(反ファシスト人民自由連盟:AFPFL、1944年結成)本部が休息させる計画をしていました。そのとき、父はモンユワがレインマー・ディ(良い子です)と言いました。私は、その代わりにカインマー・ディ(丈夫で強い子です)と言いたいです(拍手)。
なぜならば、モンユワが1988年当時と何も変わらないで健全に存在しているからです。それよりも、もっと強くなって頑丈になっていると私には思われます(拍手)。そこでどうして強くなったかを私は考えてみますと、これは私の感想ですが、私たちの国民は理不尽で非正当性が好きではない。いじめることを好きではない(拍手)。いま私たちのNLD(国民民主連盟)はとくにカチン州の遊説の旅です。チン州まできたので、私たちはサガイン管区、マグエー管区、マンダレー管区に入って、ある市にも行くと決めて遊説のスケジュールをいれました。カチン州の遊説をはじめてから、私たちの遊説を妨害したり、理由のないいじめがUSDA(連邦団結発展協会)によって行われました。私たちはじっと我慢しました。デモ(示威行動)することは、本来、すべての人にその権利があるべきだと、そのことは私たちの思想、信念であります。支配者たちとして、本当にすべての人にデモする権利があると信ずるならば、すべての人にデモの権利を与えるべきであります(そうです。そうですの声)。
しかし、特権として、USDAにデモの権利を与えていることについては、私は何もいうことがありません。理由があってのデモではありません。一部の人々を強制的に参加させ、デモさせることもあります(拍手)。しかし、私たちは何も反応しません。何も反応しません、私たちとして。権力者たちにお伝えしたい。このように、USDAが不法な行動をやっていることに対して権力者たちは何もしなかった。何もしないので、権力者たちの手にあることと、私たちが何も反応しないことを知っているUSDAは、だんだんエスカレートして悪化してきた。もっと悪くなったことは、私たちがメデヤー市からセン・グーに渡ってきたとき、チー・ダゥ・パゥ村に着いたとき、棒や刀、パチンコなどで私たちのグループや私たちの支援者たちを妨害するまでになりました。私たちは何も反応しないで、警察署に被害届を出しました。なぜならば、私たちの国が法治国家であるかないかということを確かにしたい。なかったら、証拠で確認すべきであります(拍手)。
そして次の日、メデヤー市に着いたとき私たちを妨害するためにもっと増えていました。私たちのNLDの事務所の前で青年部が会議を開いている。事務所の前に広い土地があります。ここからあの柵ぐらいあります。民衆がその柵のなかにもいる。柵の外にもいる。一部の人は柵の外の道路の反対側にもいます。そのとき、USDAが車と宣伝カーできて私たちを妨害し、喧嘩を吹っかけていました。私たちは何も反応しません。それでもつづけてやっていました。これぐらいいじめられていることを見かねたお坊さんたちが出てきて、パチンコを撃ったので、その車は帰っていきました(拍手)。
ですから、私が見たことは、僧侶たちが一方的にいじめられていることに見かねてやったのです(拍手)。理不尽なことを受けたくないからやった。私たちのNLDに同情してやった。実際に、一方的にやられたことで、彼らはこのモンユワにもついてきたことを聞きました。サガイン管区にUSDAの会員をどういうように集め、どういう大きい車で何人を連れてきたなどわかりませんが、途中にも、たくさんの車やデモの人たちがいました。他の人たちに対して車の通行制限をしていると聞きました。車はすぐにはレンタルできません(拍手)。しかし、その組織には車は結構あります。私たちがモンユワにくるとき、チャーウイン町とモンユワ市の途中でたくさんの村人が応援してくれたことは、このような理不尽なこと、いじめを好まないために支援してくださったこともたくさんあると私は信じています(拍手)。
これを私はとても満足しています。なぜならば、私たちの国民は基本的に理不尽なことは好きではありません。いじめることは嫌いなのです。被害者に同情することは良いことです。ですから、私たちのこういうような性質を基本として民主国家を形成しなければなりません。真実は力、力は真実でないという信念で私たちの民主国家を形成することが必要であります。私たちの民主国家を形成しようと言ったのは、私たちは法治国家になりたいからです。正当性を存在させたいからです。誰が、だれを不法でいじめること、弱い者いじめをさせないことです。こういう状況にするためには、私たち国民を保証できる制度が必要です。制度はとても大事です。私、ときどき聞かれたことがあります。制度と人、どちらがもっとも大事ですかということです。私は思います。両方とも大切です。人がいかに良くても、制度が悪ければ、この悪い制度のなかに良い人たちが泥沼的に入るようになります。泥沼から出られないようなりますよ(拍手)。片方を見たら制度が良くても人が良くない。人が良くないならば民主国家に発展させられない。ですから、大切なことは制度を正しいものにすることが必要であります。人が立派になるため頑張ることが必要なのです。
私たちのビルマに、このような良い制度のもとに国民が国家発展と国家が平和になるためにやってくれる能力があると、私が調べて見ると、私たちの国民はその能力を達成していると思います。なぜ、私がそういうふうに思っているかという原因は二つあります。一つは、歴史のことです。以前、イギリスから独立したあとの時代に、私たちの国は東南アジアで一番発展した国家でした。だから、私たちの国や国民が、私たちの地域で前を走っていることができるぐらいまでの能力があったならば、制度が良ければこのような能力が出ないことはない。もう一つは、現在私たちのビルマの経済状況がとても悪化しているので、海外に出稼ぎに行って、自分たちの家族が生活できるための収入を求めなければならない。海外に行って働かなければならない。そういうお金のために働いている人たちは結構多いのです。私たちの国で、このように生命をかけて生活のために働いているビルマの国民のなかに成功した人もいます。結構成功した人も大勢います。ビルマの船員ならば片方に誇りもあります。しかし、もう片方に可愛そうで胸が痛くなります。誇りがあるということは、ビルマの船員たちは勤勉で良く働くので外国の会社に喜ばれているからです。ビルマの船員ならば雇いたいと。もう一方の、可愛そうで胸が痛くなるということは、ビルマの船員ならいくらでも働きます。賃金をさげても働きます。ビルマの国がビルマの国民を守れないため、船会社はビルマの船員たちの権利を破っていることもあります(拍手)。こうした船員だけでなく、他のところでも同じようことがある。私たちの国から出ていった教育がある人たち、ということは大学を出て学位を取った人たち、あるいは大学の先生たちが日本の国へいろんな方法で行ってから1、2年、もらった仕事をやる。ある仕事は食堂の皿洗いのような単純労働をやって一生懸命頑張って、それでも自分の人生のため。また、アメリカのような他の国へ行って彼らの教育と技術に合う仕事を一生懸命頑張って成功した人もいた。だから、ビルマの制度が正しくなったら、私たちの国民が発展しないことはないということが明確になっている(拍手)。私たちは、国民に権利を一杯与えてくれる制度を形成するために頑張っております。ここで私が言いたいことは、国民が金持ちになっていく制度といっていません。権利を全部くれる制度、その権利を正しく使用して勤勉で一生懸命頑張れば私たちの国は裕福になれるでしょう。そうなれば国も平静になるでしょう。
国民の統一はとても大事であります。私たちの国は連邦国家です。たくさんの少数民族たちで構成した連邦国家です。だから、平和はとても大事なのです。独立を得た後の時期から国内でさまざまな武力紛争がありました。現在ならば停戦協定がありますが、停戦することは平和ではありません。平和のために同意したことはまだありません。平和のための同意には、私たちの連邦国内で平和を保証することを政治的に行うしかありません。政治の場で少数民族のみんなが同意し、そして、それがみんなの利益になる連邦国家を形成すると決定してから、私たちの国は本当に平和になったと言えるでしょう。そのように平和になれば国家も平和になります。国民にも権利を存分に与えることができるでしょう。私たちの国民は、自分たちの力で自分たちが裕福になるまで、自分たちの国に富があるようにできる機会がもらえます。だから、民主主義は権利を与える制度、安全を与える制度、その得た自由と安全と権利の輪のなかで国民が自分たちを発展させるまで一生懸命頑張らなければなりません。頑張りたい気持ちが必要です。頑張りたいという能力が必要です。
この能力を得るため、国家は十分お手伝いしなければなりません。ということは、国が高い教育制度で人々を教育させなければなりません。高い教育制度がないために私たちの国民は発展しておりません(そのとおり、そのとおり)。私はわかります。学生たちがいまの教育制度について納得しておりません(そのとおり)。納得していないことは片方から見ると悲しいことです。青年たちはこの教育制度について納得しておりません。もう片方から見たら、これは良いことである。悪い制度と知っていることはとても良いことです(拍手)。良くない教育制度をとても良いと思ったら、私たちはどういうふうに発展するのでしょうか。これで満足しますか、これだけで満足ですか。青年たちは目を開いて耳を澄ましている。ある青年たちは自分のことを考えている、自分が平和で豊かに暮らしたい。そして、現代の近代的なものを使いたい。食べたい。飲みたい。楽しみたいのです。こういうような青年たち、私たちの国だけでなくほとんどの国におります。しかし、私たちの国の大勢の青年たちが政治に興味があることがわかりました。
政治に興味を持つことは誰にも教えられていません。誰からも応援をもらえない。政治について誰からも応援をもらっていない。昔、私たちの独立運動の時代ならば、青年はタキンになったら刑務所に6か月送られると驚かされました。私たちの時代に、政治に参加したことで刑務所に6か月ということはお笑いです(拍手)。刑務所に6か月ということは、休息することことだと思います。いまのように政治を応援していない時代、政治に大人も青年もだれもが面白くないのにやっている時代に青年たちは政治に興味を持つようになった。青年たちが自ら政治に興味を持っていることを知っているのかどうかわからないが、政治に興味を持っている。なぜ政治に興味を持っているかということは、この状況が変わらなければならないことを理解している、変換を望んでいる、理不尽なことがまかり通っている、そして非合法なことに対して完全に不満になっている、私が言っていることです(拍手)。最初に私が言っているように、私たちのNLDの政策や方針を納得してもらっての応援ならば納得するし、そのような応援ならば私たちは大歓迎します。うれしいです。そして、こうした理不尽で非合法なことが好きでないから、私たちを応援して下さったのならば私はもっとうれしいです(拍手)。
理不尽で非合法な制度を好まない国民にとって、自分たちの国を法治国家にするためには、一生懸命にやってくれる人たち。そして法治国家ということは、すべての人が法律上に同じ権利があって、同じに保護されて、国家と国民を安全にしている制度であります。いま最後のモー・ゴゥ市、マンダレー市、チャウー町、モンユワ市・・・この地域に着いて、私が調べて見ると、国民が民主主義と合わないといっている人たちが国民と接触、全然おかしいと思います(拍手)。私たちの国民は民主主義と合うと私は信じます。でも、私たちが民主化になるためには頑張らなければなりません。ただではもらえませんよ。簡単にはもらえません。簡単にもらうにも時間がかかります。15年前から要求している(笑い声)。簡単にもらえないから頑張らなければなりません。私たちNLDが国民に約束しているとおり、ビルマで民主主義を発展させ、永遠に存続させるためさらに私たちは頑張ります。もらえるまでやっていきます(拍手)。成功する、成功しないかの疑問をもつことはない。必ず勝利します。絶対に勝利するでしょう。では、どのくらい早くに勝利するのかとの質問が大事です。
なぜならば、民主主義の発展は時間がかかるほど国家に痛みが伴うからです。経済が毎日悪化していることは国民のみんなが知っています。物価も高くなっていく。経済が低迷している。これはみんなが知っています。こういう状況で国がもっと時間がかかったら国民はとても困ります。私たちは、変換を早期に必要としており経済か政治かとわけることはないのです。この国の経済制度の悪いことは政治制度が悪いからであります(拍手)。ですから、経済人ということは、自分たちが法律上で自分たちの権利で安全に商売ができることです。そういう制度のもとで、国家は経済的に発展できます。だから、私たちは民主化を一日も早く欲しいのです。どれくらい早く欲しいですかというならば、ある人が言う。時間がかかって得るでしょうと。どれくらいの時間をかけてもらいたいですか。15年ならば十分と私は思います(拍手)。しかし、私たちは早く民主化を得るために頑張っております。この頑張っているときに、国民の支持が私たちにとって大切なのです。民主主義を得るためお互いに一緒になることです。必ずもらえます。なぜならばそこに国民の意思があります。歴史の流れも民主主義側にあります。国連とともに大勢の諸国がビルマの民主化の活動を支持しています。応援しています。ですから、私たちは民主主義はもらえます。もらってから、時間が経ったら民主主義を永遠に存続させることを私はモンユワ市民に喚起したい。なぜ私がこういうのかというと、私が最初にモンユワ市民は丈夫で力があると言ったように、自分たちの力を真摯に信用することが必要です。そして、この力を組織化して正しく使用すればこの私たちの国は早く発展するでしょう。民主主義を早く発展させるでしょう。大きい力を間違えて使用すれば危険になります。私たちの国民が民主主義を得たときに自分たちの責任を理解してもらいたいのです。民主主義ということは、権利があるだけでなく責任もあります。民主主義を生かすためにはいつも頑張らなければならないのです。
私たちの国民の弱点の一つは、あることがはじまって終わったら整備しないことです。例えば、道路である。道路をつくって終わったら、道路を整備しないためにその道路に穴が一杯になっていく(拍手)。それはみんなが使っている道路なので誰も気を使っていないかも知れない。それじゃ、良くない。私は何回も言いました。みんなのものは、自分のものより大事にしなければならないと。このように、みんなのものを自分のものより大事にする心があってこそ、発展している民主主義になるでしょう。私たちの家、土地もです。私たちビルマ人の多くは、家をはじめて建てたときはきれいに美しくなっている。あとで整備をあまりしたくない。お金を使って家を整備したくない。直すこともしたくない。悪くなったらそのままにしている。ですから。ある家は数年経ったときの状況はあまり良くない。そして、段々悪くなってくる。もし、家をつづけて整備しておれば何百年も使用できる。
ヨーロッパの国々では、いろいろな民族がいるが整備することは結構うまい。何百年から何千年もかかって存在する建物でも彼らは良く整備して守ることができる。それは彼らの習慣、風習、文化である。整備することは上手である。私たちは、民主主義を得ることもまだ終わっていない。民主主義を得ればこれを守らなければならない。守るために私たちは投資すべきである。力を使う。心の力ということは民主主義の権利を間違えて使用することは禁物である。権利を自由に正しく使う。そして、民主主義が悪くならないように私たちが守らなければならない。そして労働である。労働は得た権利を、国家が富み発展するために使わなければならない。私たちもそのように心の力、労働で守って頑丈になっていったら、この制度が堅固なものになり、私たちの将来の人々のため、私たちの新しい世代がつづけて存続してくれれば私たちが安心したと言えるでしょう。ですから、人の力、強い意思を持っているモンユワ市民たちのために民主主義を一日も早くもらえるようお祈りします(拍手)。
*2003年5月29日・サガイン管区モンユワ市で
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