2004年08月27日14時13分掲載
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「日本政府、メディアは私の名誉を回復して」 アルカイダ関与が疑われて拘留43日 バングラデシュ人が訴え
日本にやってきて9年近く。アルバイトから身を起こし、資金を貯め、自ら事業を起こした。事業は順調に伸び、年商12億円までに達した。しかし今、身を粉にして築き上げてきたものが崩壊した。身に覚えのないアルカイダとの関係を追及されて43日間も警察に拘束されたためだ。「仕事ができなくなった。人生めちゃめちゃにされた。日本で外国人の人権はどこにあるのか」―バングラデシュ人のイスラム・モハメド・ヒムさん(33)=携帯電話販売会社社長=は涙ながらに憤る。(東京=鳥居英晴)
5月26日朝8時、埼玉県戸田市にある自宅のインターフォンが鳴った。ヒムさんはまだ寝ていた。「警察です」 自宅はマンションの5階。オートロックを解除した。警視庁・万世橋署の刑事5、6人が入ってきた。「不法滞在の人があなたの会社にいる」事務所は東京・秋葉原にあった。警察のいう不法滞在者とは弟のことだった。「仕事のことなら、事務所にきてください」と抗議した。
そんなやり取りを1時間ほどしているうちに、今度は神奈川県警・横須賀署の刑事が8人ほどやってきた。会社の登記簿に虚偽の登記をしたという逮捕状を持って。逮捕され、外に出ると、たくさんの報道陣がいた。ヒムさんには数百人いるように見えた。ショックを受けた。悪夢を見ているようだった。「私が何をしたというのか」
ヒムさんはバングラデシュのイサプラで生まれた。父親の営む薬局を手伝っていたが、22歳だった1992年、兄のいるカナダ・モントリオールに渡った。そこで現在の妻である日本人女性と出合い、1995年に結婚。妻の父親が病気になったため、同年11月、日本にやってきた。
仕事は時給700円のアルバイトから始めた。名刺の印刷だった。自動車の部品工場などで働いて資金を貯め、1997年に群馬県太田市にバングラデシュ人向けの食材販売店を開店した。翌年7月、国際電話の回線取次の仕事を始めるために会社を設立した。会社は1年前に生まれた長男リョウの名前を取って「リョウインターナショナル」と名づけた。子供のために頑張っていこうという思いを込めた。
1999年11月、戸田市に移り、東京・新宿に事務所を開設、国際携帯電話用のプリペイドカードの卸を始めた。取引は急速に伸び、横須賀にも販売会社を設立した。そこでは、主にフィリピン人が客だった。事業の拡大に伴って、昨年6月には東京の事務所を秋葉原に移した。バングラデシュには自動車販売の会社、マレーシアには携帯電話を扱う会社を設立した。
2002年には長女も生まれた。海外にいるときも、子供とは毎日、必ず電話で話をするようにしていた。幸せな家族を築き、仕事も順調だった。
▼アルカイダ扱いしたマスメディア ベリタも
その日、警視庁と神奈川、群馬、新潟の3県警は十数か所を出入国管理法違反などの疑いで家宅捜索、ヒムさんと弟のアフメド・フィシャル(26)さんを含め5人の外国人を逮捕した。一斉捜索は国際テロ組織アルカイダ系幹部とされるリオネル・デュモン容疑者の日本潜伏にからむものとして、新聞、テレビは大々的に報じた。逮捕された外国人がアルカイダと関係があるかのように報じた。
「警察当局は逮捕された外国人らがデュモン容疑者の入国や資金獲得活動に関与していた可能性があるとみて追及、同容疑者の国内での活動実態の解明を進める」(日経)
「デュモン容疑者は昨年9月の日本出国後、ヒム容疑者に国際電話を繰り返しており、捜査当局は米軍基地などに関する情報収集や資金調達に利用していた可能性があるとみて裏づけを進める」(毎日)
「東京・秋葉原の電気街や、米軍横須賀基地のある神奈川県横須賀市などに国際テロ組織の影が忍び寄っていたことに、周辺の住民らは不安と戸惑いの表情を見せた」(毎日)
「デュモン容疑者と、プリペイド式携帯電話販売会社経営、バングラデシュ人のイスラム・モハメッド・ヒム容疑者(33)は、マレーシアにも頻繁に入国していた。捜査当局は、マレーシアが勢力圏内のイスラム過激派ジェマー・イスラミア(JI)と連携していた可能性があるとみて追及する」(毎日)
「バングラデシュ人は日本で通信関連会社を経営しており、米海軍横須賀基地の正面ゲート前のビルにも事務所を構えていた。本国のイスラム原理主義政党の構成員、との情報もある。米同時テロのように、数年かけて支援組織をつくり、綿密に役割分担し、完全に準備を整えてテロを実行するのが、アルカイダの手法である。何の意図もなく、わざわざ米軍基地の前に事務所を置くだろうか。米軍の情報収集や、米軍を狙ったテロの準備行動だった疑いもあるのではないか」(読売社説)
ベリタ自身も、こうした報道に基づいて、「日本で逮捕されたヒム容疑者と02年6月から03年9月まで新潟に潜伏していたデュモン容疑者の関係先を調べると、モロッコ、スペイン、イギリス、アメリカ、ドイツ、日本を結ぶアルカイダの広範なネットワークの存在が浮かんでくる」とヒムさんがアルカイダと関係があるかのような記事を流した。ベリタはヒムさんに謝罪するとともに、当該記事を削除した。
▼取引は次々に停止 事務所の契約も解除
デュモンという名前はまったく知らなかった。彼はサミールと名乗っていた。始めて会ったのは1997年7月ころ、群馬県伊勢崎市のモスクだった。2001年12月ころ、仕事で訪れたマレーシアで偶然出会った時に、名刺を渡したことがあった。その後、カードを売ったことはあるが、売上は3万円ほどだった。デュモン容疑者は何百人いる客の中の一人に過ぎなかった。
横須賀署での取調べは毎日、午前9時から午後5時まで。「米海軍横須賀基地に入ったことはあるか」など基地に関することばかりだった。横須賀の店舗は米海軍横須賀基地前にあった。基地にはピザを食べに2回入ったことがあるだけだった。「何も悪いことしていないのに、一体何で疑われるのか」「アルカイダとは何の関係もない。調べてもらえればわかる」と訴えた。
逮捕容疑は、既に出国していた外国人女性を代表取締役に選任したとする虚偽の法人登記したというものだったが、検察は起訴できなかった。6月16日、釈放された。しかし、留置所を出たところで、警視庁からきていた刑事に、今度は入管法違反(2人の不法滞在の外国人を雇っていた疑い)で再逮捕され、万世橋署に連行された。ヒムさんは7月7日まで留置され、入管法違反の件で罰金30万円を支払って釈放された。検察はアルカイダとは無関係と認めた。しかし、新聞の扱いは小さかった。一連の捜査で逮捕された外国人は8人(バングラデシュ人5人、マリ、インド、フィリピン各1人)に達する。しかし、アルカイダに関与するとされた人はいない。
拘留中、弁護士以外面接できず、家族にも会えないヒムさんは毎日、泣いていたという。逮捕されてから、商品のプリペイドカードは使えなくなってしまった。警察は客の顧客全員を回り、銀行口座を調べた。客のほとんどが不安を抱いて、取引をしなくなった。秋葉原と横須賀の事務所は家主から「出て行ってくれ」といわれ、契約を解除された。契約を結んだばかりのNTTコミュニケーションは契約を破棄し、佐川急便も取引を断ってきた。銀行口座から海外送金ができなくなった。クレジットカードも解約された。
今年の売上は14億円を見込んでいた。将来の目標は50億円だった。しかし、いまは売掛金が回収でできず、2億円の赤字になっている。「9年間、頑張ってきたのが、一発でパーになった」
全世界に報道され、母国の母親は心労で入院した。事件のせいで、マレーシアに行くためのビザも取れないでいる。このままでは生活ができなくなってしまうのではないかと不安でいっぱいになる。自殺しようと考えたが、子供のことを思って、思いとどまった。「今の自分は死んでいる。子供のため、家族のため生きていきたい」
▼「メディアは私の名誉を回復して」
ヒムさんは日本弁護士連合会に人権救済の申し立てをしている。代理人の古川武志弁護士によると、通常警察は、逮捕する前に隅から隅まで調べ、周りを固めるが、ヒムさんの場合、ポイントを絞った形跡がないという。「たまたまデュモン容疑者と接点があったというだけで、ヒムさんを捕まえるという、乱暴なやり方だ。記者にリークして、書かせ、捕まえてみて何も出てこなくてもいいという判断があった」
デュモン容疑者が日本に入国していたという報道があったのは5月中旬。日本の警察は同容疑者が入国していることがわからなかった。ヒムさんらの逮捕は、国際的にも格好を付けたかった日本の警察が世の中にアピールするためのアリバイ作りをしたと古川弁護士は見る。「記者クラブ制度のもとで、警察に依拠した翼賛報道になっている。大きく取り上げた後、フォローがなく、出しっぱなしになっている」
「日本政府は責任とってほしい。メディアは無実とわかったらちゃんと書いてほしい。私の名誉を回復してほしい。バングラデシュがテロリストの国のように思われている誤解を解き、国の名誉を回復したい」とヒムさんは願っている。
「子供と幸せな人生をおくりたい。妻も2人の子供も日本人です。日本は世界で一番好きです。心から日本を尊敬している。でも、この国は外国人に対しては人権がない」
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