2004年11月08日18時15分掲載
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政治に新風吹き込んだインドネシア国民 ユドヨノ大統領誕生の裏側
【ジャカルタ・ベリタ通信=都葉郁夫】東南アジアの大国インドネシアに「新風」が吹き抜けている。同国では1945年8月の独立以来、国民が大統領選びでは政治的自由を厳しく制限され続けてきた。しかし、9月20日、多くの国民が自らの意思で投票所に足を運び、自らの決断で、自らの将来を託せる大統領候補に1票を投じた。その結果、圧勝したのは「インテリ将軍」として知られるスシロ・バンバン・ユドヨノ前調整相(55)。同氏は今月20日に大統領に就任した。メガワティ前大統領(57)は勝利どころか、接戦にも持ち込めぬまま、約3年半に及んだ「女王」の座から退くことになった。インドネシア国民が示したユドヨノ氏への期待、さらに同国の政治情勢などを現地から報告する。
スシロ・バンバン・ユドヨノ氏は名前の頭文字をとって、国民から「SBY(エス・ベー・イェー)」と呼ばれ、親しまれている。下級軍人の父の下に生まれ、国軍士官学校を首席で卒業、米国留学を経験、論旨は筋が通り、自宅には2万冊ともいわれる蔵書を持つ、まさに「インテリ将軍」。所属政党は今年4月の総選挙で第5党となった「民主党(PD)」。
その対角線にあったのがメガワティ氏。独立の英雄で初代大統領スカルノの長女、通った大学はいずれも中退、周囲に担ぎ出されて政界入りし、副大統領を経て「棚ぼた」で大統領に昇格、総選挙でも100を超える議席を確保した「闘争民主党(PDIP)」の党首。だが、無策と周辺の汚職などでせっかくの機会を手放す羽目となった。
▽ユドヨノ氏に「天啓」乗り移る
インドネシア内外のメディアは、今回のSBY勝利とメガワティ敗北の要因を様々な角度から論じ、分析している。しかし、それを端的に言ってしまえば、国民の前に出ても明確な目標・意思・政策を訴えられず、「ムルデカ(インドネシア語の独立)」としか連呼できなかったメガワティ氏の無能ぶりに「愛想尽かした」のが最大の要因だった。
その意味で、SBYにとり今回の大統領決選投票の相手がメガワティ氏だったのは、極めて幸運だった。威風堂々のSBYの存在、発言、行動、そしてブレーンのすべてが、国民の多くにとり大きな希望を抱かせ、集票に結び付いたからだ。
これを最大民族のジャワ人の伝統的信仰・発想からみると、「ワフユ(あるいはワヒュー)」と呼ばれる神からの啓示が、メガワティ氏の元から離れ、SBYに乗り移ったのだ。SBYと話したことのある外交官によると、SBYは夢をよく見、中でも午前2−4時に見る夢が「正夢」という。今回の決選投票を前に、SBYがどんな夢を、どの時間帯に見たかは知る由もないが、地元テレビの報じる開票速報を眺めるSBYの自信ありげで、実に落ち着いていた表情からすると、同時間帯に「当選の夢」を見ていたのかもしれない。
決選投票の公式結果は10月5日に発表され、SBYが約20ポイントの大差をつけてメガワティ氏を破った。メガワティ氏がかろうじて勝利したのは祖母の出身地バリ州(島)などわずか3州のみ。インドネシア人口(2億2000万人)の約6割が住むジャワ島(ジャカルタ特別州など6州)では惨敗した。6州のうち“善戦”したのは中ジャワ州のみと、メガワティ退潮は目を覆うばかりの惨状だった。
▽国民の期待裏切ったメガワティ氏
メガワティ氏が墓穴を掘ったもう一つの原因が「KKN(インドネシア語発音でカーカーエヌ)」のまん延といえるだろう。「KKN」とはこれまでのインドネシア政治、社会の全体に巣くい、増殖してきた「3悪」。「KKN」対策のみならず、メガワティ氏はすべての政策分野でその無能・無策ぶりを露呈してしまった。
「KKN」の最初の「K」は「コルプシ」。言うまでもなく、英語の「コラプション」で「汚職」。2番目の「K」は「コルーシ」で、権力を持った者たちが内外財界人らと癒着」し私服を肥やす。最後の「N」は「ネポティスム」で、権力を握った者がその一族・親族をはじめ近親者や同僚、部下らを重用、特権・利権を与え財・地位を成させること。
「KKN」の権化ともいえるスハルト元大統領のライバルとして登場、元首の地位を獲得したメガワティ氏も「清潔な政治」の実践を願っていた多くの国民の期待を、見事に裏切ってしまった。政治・経済の中心地ジャカルタの市民だけでなく、地方都市の市民たちまでが「警官や役所公務員の汚職はスハルト時代よりも悪くなった」と不満を漏らした。事実、交通警官たちはスハルト元政権下の“統率”が失われ、だれもが勝手に交通違反と称して取り締まり、庶民のなけなしのカネを巻き上げる始末。有効な経済浮揚策を打ち出せない中で物価が上がり、庶民の生活は苦しくなるばかり。
▽夫の悪行も命取りに
その一方で、メガワティ氏の政治母体「闘争民主党(PDIP)」を取り仕切る夫のタウフィック・キマス氏は、ここぞとばかりにカネ儲けに走り、ここでも“統率”なき汚職が拡大した。最近発表されたメガワティ氏の現財産は、大統領就任時のそれに比べて3−5倍も増えているという。資産報告を義務付けられていないキマス氏の資産額が、ここ数年でどれだけ増えたかは想像にかたくないだろう。スハルト一家が“模範”を示したように、大統領職は本人そして一家にとり、資産形成上でまさに「濡れ手に粟」のポストなのだ。
また、在ジャカルタの外交官によると、PDIPはジャカルタ市内にある広大なクマヨラン空港跡地などの国有財産を中国系財界人らに売り渡し、その収入を今回の決選投票用資金に当てたという。その資金の多くは連合相手で全国的な集票能力を持つ最大政党ゴルカル党に配られた。ところが、資金はゴルカル党の末端にまでは行き渡らず、その途中で消え、結局、メガワティ票には結び付かなかったという、笑い話にもならないけしからぬ裏話も出ているほど。
▽「貧困撲滅」が第一目標
10月20日、インドネシア独立後の第6代大統領に就任したSBYはまず、「貧困撲滅」を新政権の第一目標に掲げた。政治の民主化が一応進んだにもかかわらず、国民はその恩恵を受けることなく、日常生活は物価高や警察官をはじめとする公務員らの汚職などに苦しむ日々を送っている。新政権はこの現状を打破する意気込みを示した。
だが、SBYがスハルト、メガワティ両氏の二の舞を演じる可能性ないのだろうか。残念ながら、その危険性は十分にある。議会の権限が強化されているとはいえ、この国では依然、権力を握った者=大統領=が絶大な影響力を持つ「王」であるからだ。
そこでSBYが一族や取り巻き連中の懸念される“乱行”を事前に防ごうとして掲げている標語が、何とこれも「KKN」。といっても、先の「KKN」とは中身が違い、この第二の新「KKN」は「Kalem=冷静・忍耐」、「Keren=迅速・勇気」、「Necis=毅然・優美」から来ている。
▽新「KKN」実践に期待
元軍人らしい発想による新標語ではあるが、中身にふさわしい政治を推進できるかどうかは、いつにSBY自身の行動いかんにかかっている。政治の先頭に立つ者が「冷静」でかつ「迅速」に、その上「毅然」とした姿勢で政策遂行に努力すれば、同国政治・社会に染み付いた旧「KKN」の色もあせてくるだろう。
それに加え国民の多くは、独立後に続いてきた「スカルノ」「スハルト」といったファミリー政治に愛想を尽かし、その終焉を願って、これといった大きな後ろ盾を持たぬSBYに親しみと期待を寄せて貴重な1票を投じたともいえる。国民が吹き起こした、この「新風」をしっかりと受け止め、国民を新たな落胆の淵に追いやらないためにも、SBYに求められているのは、新「KKN」の真摯な実践にほかならない。SBY自らも「発足と同時に仕事ができる内閣をつくる」と豪語している。国民はそれが「妄言」に終わらぬよう期待を高めている。
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