2005年07月12日18時28分掲載  無料記事
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国立病院敬遠するタイの若手医師たち 低収入・重労働など響く

 タイ全土にある国立病院で今、医師免許を取得して数年もたたない若手の医師たちが次々に退職し民間病院へ移っているため、特に地方の国立病院が深刻な医師不足状態に陥っている。その“元凶”と指摘されるのが、らつ腕政治家タクシン同国首相が、最優先政策として2001年から導入している「診察料30バーツ(約80円)計画」。国民にとっては「善政」とされる同計画が皮肉にも、若手医師たちには「低収入・重労働・医療責任」の3重苦をもたらす「悪政」になり、退職を加速させているというのだ。(ベリタ通信=都葉郁夫) 
 
 地元英字紙ネーションはこのほど、政府が「貧困層への充実した医療保護」を掲げる裏側で、3重苦に悩み退職していく若手医師たちの実態を伝える記事を掲載、タイ社会に大きな衝撃を与えた。 
 
 「相次ぐ国立病院離れ」を懸念したタイ医療評議会はこのほど、若手医師たちを対象としたアンケート調査を実施し、国立病院を取り巻く厳しい実態と驚くべき結果を明らかにした。 
 
 それによると、「診察料30バーツ計画」が実施された01年から04年までの4年間で、国立病院で働いていた若手医師の約2人に1人、つまり2000人以上もの若手医師たちが全国にある国立病院の劣悪な労働環境に見切りをつけ、退職していったという。 
 
 この退職状況を年毎にみてみよう。同計画がスタートした01年の退職者数は269人で、これは大学の医学部を卒業して医師免許を取得後、病院など医療現場に巣立った若手医師全体の31%に相当する。 
 
 国立病院で働く若手医師の約3人に1人が早々に退職したわけで、それだけでも医療現場への影響は大きいのだが、これが02年に入ると退職率は58.6%へ一気に上昇、さらに03年の同率は加速されて77%に上り、退職者数は何と795人にも達した。その結果、退職者が多いとされる地方の国立病院では、深刻な医師不足が生まれているという。 
 
▽格安診療で患者が急増 
 
 こうした背景の“元凶”とされるのが「診察料30バーツ計画」。診察料の安さもあり、同計画スタート後、患者数が全国で瞬く間に増え、現在では年間2000万人以上が国立病院、中でも地方の同病院を訪れている。この患者急増が、休む暇もないまま若手医師たちに重労働を強いているという。 
 
 若手医師たちの不満は重労働だけにとどまらす、国立病院での低い報酬、問題が生じた際の医療責任の重さにも向けられている。その結果、「低収入・重労働・医療責任」の3重苦が若手医師に退職を決断させ、より条件のいい民間病院への転職を促しているという。 
 
 タイでは今、患者が海外からもやって来るバンコク市内の総合病院をはじめ民間病院の成長が著しく、優秀な若手医師であれば、いつでも受け入れる態勢を整えている。こうした民間病院で働くと、手術を行う外科医には1例当たり約2万バーツ(約5万4000円)の執刀手当てが支払われる。 
 
 この額は国立病院で重労働を強いられている医師の月収を簡単に上回る。それだけに低収入に不満を持つ若手医師たちにとり、民間病院への転職が大きな魅力となっている。その他の労働条件も民間と国立の病院間には比較にならないほど大きな差があるという。 
 
 これに対しタイ政府は、「退職による医師不足」を懸念する医療評議会の提言を受け入れ、昨年10月、医師たちの給与引き上げなどを盛り込んだ80億バーツ(約216億円)規模の医療現場改善策を発表した。ところが、発表から半年以上も過ぎた現在になっても、関係省庁の怠慢さから、昇給どころか環境改善も一向に実施されていない。 
 
 今回のアンケート調査は、国立病院で今も働いている若手医師たちも対象としており、その結果、同医師たちの10人に4人が「退職の意思あり」と回答し、「意思なし」とする同3人を上回っていることも分かった。 
 
 このため、タクシン首相の「医療保護の充実」という大号令とは裏腹に、3重苦を敬遠する若手医師たちによる国立病院からの「大量脱出」、そして民間病院への転職例が今後、さらに増えると懸念されている。 


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