2005年11月12日10時25分掲載  無料記事
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中東

民主党も間違ったという「居直りの論理」 責任ぼやかす新戦術

 米中央情報局(CIA)要員の氏名漏洩事件や、イラク戦争での戦死者が2000人突破などで支持率が急落していたブッシュ大統領が、退役軍人の日の11日演説し、野党民主党によるイラク開戦で国民をミスリードしたとの批判を無責任と一蹴、反撃に着手した。イラクやテロ戦争を全面に打ち出し、国民に「恐怖感」を植え付けることで、国民に支持を回復しようとの、従来のパターンの乗った戦術のようだ。しかし、この論法は、対イラク戦争が、一部の側近グループによる選択された戦争だったという批判をまったく無視したもので、国民からの支持が再び得られるか先行きは不透明だ。(ベリタ通信=有馬洋行) 
 
▽居直りの論理 
 
 ブッシュ大統領の考え方は、自分自身もCIAなどの情報にミスリードされたとの、事実上の「居直りの論理」である。対イラク開戦の大義は、イラクが生物・化学兵器た核兵器などの「大量破壊兵器」(WMD)と保有もしくは将来的に入手する恐れがあるため、これを未然に防止するというものだった。 
 
 このWMD情報をもたらしたのは、建前上CIAなど情報機関である。しかし、2003年のバグダッド陥落後、WMDが存在していない可能性が強まった。本来なら、最高国軍司令官の大統領の責任になるが、これは公然と回避され、責任は、誤った情報を大統領の与えたCIAにすり返られた。 
 
 つまりブッシュ大統領もCIAの間違った情報の犠牲者だっということになる。この論法に従えば、ブッシュ大統領は国民をミスリードしたことにはならない。なぜなら間違っていたのは情報機関で、しかも当時は、全員がCIA情報を信じていた。だからブッシュ政権だけを批判するのはお門違いというわけだ。 
 
▽WMDは世界の常識 
 
 しかも、ブッシュ大統領が、WMD退治を目的にイラクに進撃した当時、イラクがWMDを保有しているだろうとの考えは、ブッシュ大統領だけでなく世界の常識だった。 
 
 事実、前任のクリントン大統領は1998年にイラクの「政権交代」を明言し、オルブライト元国務長官の回想録によると、クリントン氏は当時、「フセイン元大統領は世界の安全保障の脅威であり、イラクに新政権が樹立されることが最良の道」と発言している。この意味は、フセイン氏が、危険な兵器を保有しているだろうと、クリントン政権も信じ込んでいたを証明する。 
 
 こうした状況を保守系のナショナル・リビューのジョナ・ゴールドバーグ記者が簡潔に説明している。同記者は言う。「フセインがWMDを保有しているだろうとは、当時フランスも、イスラエルも、中国も、ロシアも、英国も、国連も、CIAも考えていた。ドイツは、イラクが36時間以内に核兵器を準備できると考えていた」 
 
▽民主党も同罪 
 
 こうした「居直りの論理」は、ブッシュ大統領の支持率が低下する中で、保守の共和党や、保守系マスコミの中で、周到に練られてきた感がある。つまりWMDに関しては「みんな間違った」という考えだ。この論理が通れば、各人の責任は希薄になり、あいまいになる。 
 
 保守系メディアは、この論理を進める中で、民主党の最大の弱点を突く戦術に出ている。対イラク・テロ戦争をめぐっては、民主党も開戦前の2002年10月に、対イラク武力行使容認決議案に賛成しているからだ。民主党もブッシュ大統領と同じ様に、WMDの軍事情報を信じ込み、対イラク開戦に賛成したではないか、との主張である。 
 
 容認決議案は上下両院でも採択されたが、上院では賛成77対反対23の大差だった。同案は事実上、ブッシュ大統領に単独武力攻撃を認めるものである。 
 
 確かにこの決議案には、民主党上院議員のそうそうたるメンバーが賛成している。ジョン・ロックフェラー(ウェストバージニア州)、ジョセフ・バイデン(デラウェア州)、エバン・バイ(インディアナ州)、エドワード・ケネディ(マサチューセッツ州)、ジョン・ケリー(同)ヒラリー・クリントン(ニューヨーク州)が含まれている。 
 
 今月10日、ハドリー大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は記者会見で「(ブッシュ大統領を)批判する者は、2002年当時、フセインがWMDを保有していると信じていたことを指摘したい。彼らは武力行使決議案に賛成した。なぜならフセインが米国民にとって脅威をもたらすと信じていたからだ」と述べ、「居直りの論理」のお膳立てをしている。 
 
▽仕組まれた開戦の疑惑も 
 
 しかし、この論理の先には、既に回答が用意されている。確かにWMDに関してはブッシュ大統領は間違ったものの、クリントン前政権も述べていたように、ブッシュ大統領は武力行動を決断し、イラクの政権交代という懸案の目標を実現させたというものである。 
 
 一方、この保守陣営が主張する「国民総責任論」は、情報機関による単純なミスリードではなく、背後に意図的な情報操作があったのではないかとの批判を巧みに回避しようとするものとも映る。 
 
 チェイニー副大統領らがCIAの情報をねじ曲げて、開戦を仕組んだとの疑惑は、依然消えていない。対イラク開戦の主唱者であるチェイニー副大統領は、CIA不信が昔から人一倍強かったことで知られる。 
 
 CIAは1989年のソ連崩壊や、また1998年のインドの地下核実験を事前に探知できず、力の低下が指摘されていた。チエイニー氏は、1991年ブッシュ(父親)元大統領時代の第一次湾岸戦争では国防長官だったが、当時のイラクに関するCIA情報のお粗末さに驚いていた。 
 
▽CIAに圧力 
 
 イラク開戦前、チェイニー副大統領はCIA本部に足繁く通ったとの記録が残っている。自分が収集した情報とCIA情報が食い違う場合、何度もしつこく照会を繰り返したともいわれる。 
 
 アフリカのニジュールからイラクが核兵器用のウランの入手を図ったとの開戦前の情報は、チェイニー副大統領の強い主張にも関わらず、CIAは否定していたと報道されている。 
 
 また2001年の9・11同時多発テロの主犯アタ容疑者がイラクの諜報機関と会っていたと、CIAの否定にも関わらず主張していたのはチェイニー副大統領だった。これはフセインとテロを無理に関係付けようとしたものとみられている。 
 
 最近、ワシントンを訪問し、一時イランのスパイと疑われたチャラビ・イラク副首相もチェイニー副大統領とつながりがあった。CIAはこの人物を毛嫌いしていたといわえるだけに、チェイニー副大統領の周辺はまるで黒い雲に覆われているような状態だ。 
 
 またチェイニー副大統領のリビー首席補佐官(辞任)がCIA要員の氏名漏洩事件に絡み、起訴されたが、フィッツジェラルド特別検察官は、起訴状の中で、2003年の対イラク開戦の後、WMDに関しリビー元補佐官とCIAの対立があったことを言及している。 
 
 イラク戦争は、米国にとっては石油資源の確保、次に中東の民主化促進によるイスラエルの安全保障の実現が、本来の狙いだったとの見方もある。しかし「なぜイラク戦争を始めたのか」の根本的な疑問は依然解決されていない。今のところ、共和党が多数を占める米議会が、開戦前の情報操作問題を積極的に調査することはあまり期待できないのが実情だ。 


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