2006年07月09日10時05分掲載
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日中・広報文化交流最前線
北京の障害者、孤児達との音楽交流 井出敬二(在中国日本大使館広報文化センター長)
川畠成道氏は、8歳の時に薬害から目が不自由になったが、ご両親をはじめ周囲からの素晴らしいサポートを得て、大きな試練を乗り越えて練習に励んだ結果、現在ではヴァイオリニストとして世界的に活躍されている。多くの企業、人々からの支援も得て、川畠成道氏と英国人ピアニストのアンソニー・ヒューイット氏に6月25〜29日、北京に来て頂いて演奏活動をして頂き、音楽を通じての北京市民とのすばらしい交流を行って頂いた。
●障害者組織、盲学校、孤児院などでの演奏会
川畠成道氏は日本国内でもチャリティー活動を精力的に実施されている。今回は川畠成道氏の初めての北京訪問ということで、筆者は、本年前半、日本に帰国した折に、川畠氏、お母様、所属の事務所との二度にわたる打ち合わせを行い、今回の訪中活動の準備に参加させて頂いた。
川畠成道氏の努力と魅力を知ってもらうための万全の準備を行おうと、まず日本大使館から中国文化部、北京市人民対外友好協会に支援をお願いし、両組織から北京での活動への支援について快諾を得ることができた。通常のコンサートや音楽学校、日本人学校訪問の他に、北京市の障害者組織(「北京市障害者連合会」)、北京盲学校、孤児院も慰問して頂くことにした。筆者も事前に各組織・施設を訪問し、打ち合わせ、準備を行ったが、各組織とも、大きな期待をもってこの訪問を準備してくれた。6月26〜28日の三日間で、毎日3回の演奏会、計9回の演奏をして頂くという超過密スケジュールを、川畠氏、ヒューイット氏とも喜んでこなしてくれた。勿論、これは商業公演ではなく、交流と慰問を目的としたものである。
辛く苦しい立場に置かれている中国の人たち、特に子供達にとり、川畠成道氏の来訪と演奏は大きな勇気と励ましを与えたようである。中国でも障害者の芸術家はいるが、川畠氏のような一流の音楽家として世界的に活動している例は殆どない。中国の人は、川畠氏の演奏を聴き、その人並み外れた多大な努力に思いを致しながら、大きな感動を受けたようである。
北京盲学校の先生は、交流会終了後、「音楽家が盲学校に来て演奏会を行う事は時々あるが、今回は同じ目に障害のある川畠成道氏の演奏とあって、子供達の聴く態度が他の演奏会とは異なってとても真剣だった」と感想を述べていた。盲学校の約180名の子供達(小学生、中学生)は、演奏会開始前はおしゃべりをしたり、ふざけあっていたが、川畠氏の話と演奏会が始まった後は、本当に真剣に聴いていた。
北京障害者連合会幹部は、「北京には62万人の障害者がおり、文化的な活動にも関心が強まっている」「北京障害者連合会にも音楽活動をしているグループがある」と述べ、同連合会本部ビルで、川畠氏の演奏と、北京市の障害者との音楽交流会をアレンジしてくれた。目が不自由でパラリンピック400メートル走の元世界チャンピョンの女性(現在は北京市盲人協会の副主席)もこの交流会に参加してくれた。彼女は、現在は北京市の支援を受けて、盲人按摩の店を開店しているそうである。彼女は音楽家達の訪中への感謝の気持ちから、演奏会の合間に、肩を揉んでくれるというサービスまでしてくれた。
万里の長城の近くにある孤児院(「国際文化芸術育成学校」)も訪問した。約50名の孤児が暮らすこの孤児院は、地方出身で辛い境遇にあった子供達を集め、中国文化部関係機関、ユニセフ、米国のNGO等とも協力して昨年作られたそうである。この施設には子供達全員が入れる大きな部屋が無いので、屋外で演奏会をすることになった。繊細な楽器にとり、屋外での演奏は禁物であるが、日差しもさほど強くなかったので、川畠氏に特にお願いして屋外演奏会を行って頂いた。子供達は川畠成道氏の演奏を非常に熱心に聞いてくれた。子供達が一流のヴァイオリン演奏家の演奏を聴くという得難い経験をしたことは、一生の思い出になるであろう。
川畠氏からは、訪問記念に中国楽器を孤児院に贈呈し、子供達を励ました。子供達も、これからこの楽器を使って楽器演奏の勉強もしていくそうである。
この施設に来ることができた子供達はまだ幸せである。この孤児院の関係者によれば、中国には公式には57万人の孤児がいるとされている由であるが、実際には何人いるのかよく分からないようである。演奏会終了後、孤児院は、子供達が食べるのと同じメニューの食事を川畠氏一行にふるまってくれて、楽しい夕食会を共にした。
北京市内ホテルでは、約500名の聴衆を集めて、演奏会が開催された。その機会に集まった寄付など、3万5千元(約50万円)を、北京市障害者協会に寄付をし、北京市の障害者音楽愛好グループの人たちに楽器を寄贈することになった。(その後も寄付が集まっており、実際の金額は更に増えている。例えば、北京市盲人協会からも、今回の川畠成道氏の気持ちに感動したとして、千元(約1万4千円)の寄付が寄せられた。)
この演奏会には、中国中央音楽院のピアノ科3年生の孫岩氏も来てくれた。彼は、全盲でありながらピアノ演奏者として努力している青年であり、中国のメディアでもよく取り上げられている。筆者から事前に連絡を取り、彼とお母さんに演奏会に来てもらった。演奏会終了後、彼は川畠氏と話す機会があったが、彼とお母さんは川畠氏との出会いから強い勇気と感銘を得たようであった。
▼2008年に向けて盛り上がるスポーツと文化活動
北京市関係者との意見交換で感じられたことは、北京市は2008年のオリンピック、そしてパラリンピックの成功のために、今全ての関心とエネルギーを集中させているということである。これは、スポーツだけではなく、オリンピック、パラリンピック関連の文化行事、交流事業も数多く開催されることを意味する。パラリンピックに関連して、川畠氏のような障害を克服して文化の発展に貢献している人たちが北京で集まるという企画も検討されるかもしれない。中国との交流に関心がある人には、オリンピック、パラリンピック関連の事業として、交流イベントをうまく企画・実施していくことが、2008年までの間、非常に重要だと思う。
オリンピック、パラリンピックが、障害者も含めて幅広い市民間の交流を盛り上げる契機となることを期待したい。(つづく)
(本稿中の意見は、筆者の個人的意見であり、筆者の所属する組織の意見を代表するものではない。)
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