2006年07月14日21時51分掲載  無料記事
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北朝鮮

MDでほくそ笑む「軍産複合体」 北朝鮮ミサイル「脅威」の陰で  安原和雄(仏教経済塾)

  北朝鮮が7月5日に合計7発のミサイルを発射し、すべて日本海に着弾した。その1つは米国のアラスカあたりに届く長距離弾道ミサイル「テポドン2」といわれる。「テポドン2」が本来の長距離を飛ばず、日本海に落ちたのは失敗、ともいわれるが、ともかく「日本の安全保障にとって脅威」という大合唱が新聞、テレビなどのメディアで奏でられている。 
 「北朝鮮の脅威」が誇張され、喧伝されるほどに、ミサイル防衛(MD=Missile Defense)が加速され、その陰で喜ぶものは誰か。兵器ビジネスの肥大化にソロバンをはじき、ほくそ笑む「軍産複合体」―という構図が浮かび上がってくる。今こそ「軍産複合体」なるものの存在とその策動に着目する必要があることを強調したい。 
 以下は、「日米首脳会談とミサイル防衛協力」(06年7月3日掲載)に次ぐ日米ミサイル防衛協力に関する2回目の報告である。(06年7月13日掲載) 
 
▽「米朝間の非対称的な軍事力の示威」 
 
 「北朝鮮の脅威」をはやし立てることは、一方的な脅威の誇張といえる。なぜそういえるのか。「北朝鮮の武力示威だけが問題なのか」と題するソ・ジェジョン米コーネル大学教授の次のような分析と視点に注目したい。(7月9日付インターネット新聞「日刊ベリタ」=要旨から) 
 
 北朝鮮のミサイル打ち上げによって、朝鮮半島の安保危機が再び高まっている。多くの人たちは現在の状況を「北朝鮮のミサイル発射事件」としているが、朝鮮半島の安保状況を大局的に見ると、現状は「米朝間の非対称的な軍事力の示威」であるといえる。 
 
 アメリカ太平洋司令部は 6月19日から23日までグアム近郊の海域で空母3隻を動員した大規模合同軍事訓練「勇ましい盾 2006」を行った。 この訓練には3つの空母戦団と275機以上の航空機を含む、およそ2万2000人の兵士が参加した。 
 
 環太平洋合同演習(リムパック2006)は、6月26日から7月28日までハワイ近郊でアメリカ海軍主催により、アジア太平洋沿岸8カ国の艦船などが参加して実施されている。この演習には米海軍 1万1500人と原子力空母エブラハム・リンカーン号と中心とする総1万9000人の兵力と、戦闘艦35隻、潜水艦6隻、戦闘機160機などが動員される。 
 
▽「北朝鮮への攻撃のシナリオ」ともみえる米国主導の軍事訓練 
 
 この訓練では、ミサイル発射及びミサイル迎撃訓練が行われることはもちろん、7月17日からは仮想国「オレンジ」国が「グリーン」国を転覆させようとする試みを破壊する、仮想戦闘訓練が行われる予定だ。 この戦争シナリオは「オレンジ」と 「グリーン」が元々一つの国家だったが分断され、「オレンジ」は自由民主主義国である「グリーン」を転覆させ、国家再統一を果たすためにはテロも辞さないという設定になっている。 
 もちろん仮想のシナリオだが、南北朝鮮の状況と似ているし、見方によっては北に対する攻撃のシナリオであると見ることもできる。 
 
 日本は海上自衛隊の最新鋭、イージス護衛艦・きりしまを含む戦闘艦4隻、戦闘機8機など、1250名の軍事力を今回の訓練に派遣した。韓国も重要な役目を果たしている。戦闘艦、潜水艦を投入した。 
 
 現在の朝鮮半島をめぐる安保は、朝鮮半島を想定したアメリカの大規模軍事力の示威とそれに対抗する北朝鮮のミサイル発射に象徴される。 両者がそれぞれ自分の訓練は防御のためだと主張するが、北朝鮮のミサイル発射が韓国とアメリカなどに与える脅威に比べれば、北がアメリカの軍事訓練に対して感じる危機感はもっと深刻なものだと推測される。 最新武器を動員した大規模軍事訓練とミサイル数基を動員した軍事訓練のアンバランスさは、誰が見ても明らかであるからだ。これが現状を「米朝間の非対称的な軍事力の示威」と定義するゆえんである。 
 
 以上のような米国主導の仮想敵国・北朝鮮をにらむ大規模の軍事訓練はほとんど日本国内では報道されない。ところが北朝鮮のミサイル発射はテレビはもちろん、新聞は号外を発行してまで大々的に伝える。ニュースの報道の仕方までが一方に偏した非対称的なスタイルとなっている。 
 
 もちろん北朝鮮のミサイル発射を容認することはできない。問題は「けしからん」という感情論に立った非対称的スタイルが日本の将来にどういう「マイナス効果」をもたらすかである。ここでどうしても見逃せないのは、「軍産複合体」の存在とその策動である。 
 
▽ミサイル防衛の加速と「軍産学複合体」の高笑い 
 
 「核とミサイル防衛にNO!キャンペーン2006」という名の以下のような趣旨のE・メールが7月7日、「みどりのテーブル」(注)会員向けに流された。 
 (注)「みどりのテーブル」は、中村敦夫・前参議院議員らの「みどりの会議」を引き継ぐ新しい草の根の組織で、「平和・環境」の政党結成をめざしている。 
 
 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)による「ミサイル発射危機」、及び発射実験の強行は、米日政府にミサイル防衛(MD)配備を加速させる願ってもない口実を与えている。「軍産学複合体」の高笑いが聞こえてくる。 
 年内とされていた米PAC3ミサイル(地対空ミサイル)の嘉手納基地への配備は7月中にも前倒しされつつある。SM3ミサイル(海上配備型ミサイル)を搭載したイージス巡洋艦「シャイロー」の横須賀配備も当初の8月予定から早まりそうである。そして、06年度末からは自衛隊のPAC3配備(入間を本部とする第一高射群が皮切り)も始まる。 
 
 MDなど最先端の軍事技術開発に深く関わる科学者や企業は、戦争を推進する「軍産学複合体」の一角を占めながら、その加害性は不問にされ、免責されてきた。「06年度キャンペーン」は、MDを批判する際に避けて通れない科学者・企業の社会的責任(=戦争責任!)というテーマに迫りたい。 
 
 池内了著『禁断の科学〜軍事・遺伝子・コンピューター』(NHK出版)は、「現在では、世界中で50万人ともいわれる科学者が軍事専門研究所の所員として、専ら兵器開発(のみならず、戦略や戦術の考案、軍事行動のための備品の整備、戦場の地勢・気象・病気の研究、軍人や戦場地の住民の心理分析など)に当たっている」と指摘している。 
 強まる科学の「軍事化」や影響力を増す戦争の黒幕=「軍産学複合体」に対して、私たちはどのように向き合うべきか。 
 
 以上のようなE・メールの末尾で指摘されている「戦争の黒幕=軍産学複合体にどう向き合うべきか」というテーマは、ややもすれば見逃されて盲点となっているが、今日、的を射た問題提起というべきであろう。 
 
▽ミサイル防衛促進をはやす大手メディア 
 
 大手メディアのうち、毎日、読売、日経、産経の4紙が「社説」あるいは「主張」で「北朝鮮の脅威」論に関連してミサイル防衛に言及している。各紙の見出しとミサイル防衛に関する記述の内容を紹介したい。 
 
*『毎日』(7月6日付)「ミサイル発射 国際社会は北の挑発を許すな」=ミサイル防衛を進める日米は結束を強め、脅威に対抗しようとするはずだ。(中略)北朝鮮の弾道ミサイルの脅威には各国がスクラムを組んで対抗しなければならない。 
*『読売』(7月7日付)「北朝鮮ミサイル 安保理決議がゴールではない」=日米同盟の強化とともに、北朝鮮の核、ミサイルの脅威に対抗できる有効な防衛手段を整備していくことが緊要だ。 
*『日経』(7月6日付)「北朝鮮のミサイル発射に強く抗議する」=日米協力によるミサイル防衛システムの整備も一層重要になる。 
*『産経』(7月6日付)「貧窮国家の<花火>を嗤(わら)う 愚かな国の脅威にどう対抗」=日米同盟関係の強化が日本の命綱である現実を見据えたい。一方でミサイル防衛の前倒しなど、日本の防衛力を万全にするよう政府は最大限の努力を続けてほしい。 
『産経』(7月8日付)「北朝鮮 恫喝に国の守りを固めよ」=額賀福志郎防衛庁長官がミサイル防衛システム導入の前倒しを表明したことを支持したい。 
 
 一番熱心なのは産経で、2度にわたって論じ、ミサイル防衛システム導入の前倒しを積極的に支持している。飛来する弾道ミサイルを迎撃するというふれこみのミサイル防衛を無批判に「ヨイショ」と持ち上げる各紙の論説人は確信犯なのか、それとも単なるお人好しなのか。いずれにしても軍産複合体の提灯持ちと化した印象がある。 
 
▽「軍産複合体」なるものの正体はなにか? 
 
 さてその「軍産複合体」なるものは、一体どのような存在なのか。 
 ここで「アイクの警告」を思い出したい。1961年1月、アイクこと軍人出身のアイゼンハワー米大統領がその任期を全うして、ホワイトハウスを去るにあたって全国向けテレビ放送を通じて、次のような趣旨の有名な告別演説を行った。 
 「アメリカ民主主義は新しい巨大で陰険な勢力によって脅威を受けている。それは軍産複合体(Military Industrial Complex)とでも称すべき脅威であり、その影響力は全米の都市、州議会、連邦政府の各機関にまで浸透している。これは祖国がいまだかつて直面したこともない重大な脅威である」と。 
 
 古典的ともいうべきこの軍産複合体は軍部と産業(主として兵器産業)との結合体を指しており、それがアメリカの自由と民主主義にとって巨大な脅威となっているという警告を発したのである。 
 
 この警告から半世紀近くを経て、昨今の軍産複合体は新たに科学者や研究者を加えて「軍産学複合体」とも称されるが、私はアメリカの場合、さらに肥大化して、いまでは「軍産官学情報複合体」と呼ぶべきではないかと考える。 
 その構成メンバーは「ネオコン」と称する新保守主義者たちが陣取るホワイトハウスのほか、保守的議員、ペンタゴン(国防総省)と軍部、国務省、CIA(中央情報局)、兵器・エレクトロニクス・エネルギー・化学産業などの軍事産業群、さらに新保守主義的な研究者・メディアを一体化した巨大な組織となっている。 
 
 これがアメリカの覇権主義に基づく身勝手な単独行動主義を操り、世界に人類史上例のない災厄をもたらしている元凶である。 
 昨今の軍産複合体は、軍事力の増強と「終わりなき戦争」のお陰で戦争ビジネスが拡大し、国家財政を食い物にする巨大な既得権益を保持して、笑いが止まらないだけではない。「テロとの戦争」を口実に、アイクの警告すなわち「軍産複合体の脅威」を増幅させる形で自由と民主主義を蔑ろにしている。(安原和雄著『平和をつくる構想』澤田出版=参照) 
 
▽日米連合型軍産複合体をどう封じ込めるかが課題 
 
 そういうアメリカの軍産複合体という権力集団に追随し、支援しているのが実は日本版軍産複合体といえるのではないか。日本版軍産複合体はアメリカほど巨大ではないが、その構成メンバーは、首相官邸、国防族議員、防衛庁と自衛隊、外務省、エレクトロニクスを含む多様な兵器メーカー、保守的な科学者・研究者、さらに大手新聞・テレビを含むメディア―などである。一口にいえば、日米安保体制=軍事同盟推進派のグループである。しかも日米安保体制=軍事同盟を軸に日米の産軍複合体は連合体となっているところに特色がある。 
 
 ミサイル防衛のほか、憲法9条の改悪(非武装平和の理念を放棄し、自衛軍の保持へ転換)、防衛庁の省への格上げ、教育基本法改悪による愛国心教育―などが実現すれば、日米連合型軍産複合体の肥大化にはずみがつくだろう。こうした日米連合型の手足を縛って、その野望を封じ込めることができるか、これは大きな挑戦的課題というべきである。 
 
 封じ込めるためには、以下のような課題を重視する必要がある。 
1)軍産複合体が演出する脅威論に幻惑されないこと 
2)軍産複合体は軍備拡大に伴う巨大な浪費を好み、そのツケを国民に回す悪癖があり、それを拒否すること 
3)「敵基地攻撃論」は破滅への道であることを認識すること 
 
 以下に若干の説明を加えたい。 
1)軍産複合体が演出する脅威論に幻惑されないこと 
 軍産複合体にとっては常に「敵の脅威」が存在することが不可欠である。なぜなら敵や脅威がなくなれば、兵器ビジネス拡大の機会が保障されないだけではなく、軍産複合体そのものの存続に疑問符を投げかけられるからである。いいかえれば日米安保=軍事同盟は「百害あって一利なし」であり、不要ではないか、という世論が高まってくるだろうからである。 
 
 そこで軍産複合体は巧みに「敵の脅威」を演出する。今回もハワイ沖などで米軍主導の大規模軍事訓練を実施し、北朝鮮を挑発したのは、その1例とみたい。このような演出される「北の脅威」という側面を見逃して、メディアが単純な脅威論に相乗りするのは、軍産複合体の戦略本部からみれば、「わが方に好都合なお人好しの広報マンたち」と映ってはいないだろうか。 
 
▽巨大な浪費と破滅への道を進むのか 
 
2)軍産複合体は軍備拡大に伴う巨大な浪費を好み、そのツケを国民に回す悪癖があり、それを拒否すること 
 ミサイル防衛システムの精度について「迎撃能力に疑問符」(『毎日』7月6日付)、「迎撃に不安」(『朝日』7月11日付)と報道しているように、ミサイル防衛そのものが実際には役立たずに終わり、俗にいう「将軍が弄ぶ玩具」となり果てるのではないか。 
 
 ミサイル防衛システムの開発・配備の最低コストは1兆円ともいわれ、そのコストがどこまで膨れあがるか、わからない。このほかに在日米軍再編に要する費用が3兆円とされる。そのツケは国民の莫大な税負担増となってはね返ってくる。小泉政権後の消費税引き上げの動きを、そういう文脈でとらえないと、消費税引き上げの狙いを見誤る恐れがある。 
 
3)「敵基地攻撃論」は破滅への道であることを認識すること 
 額賀防衛庁長官は北朝鮮のミサイル発射に対し、「限定的な敵基地攻撃能力をもつのは当然」という趣旨の発言を行ったと伝えられる。これに安倍晋三官房長官、麻生太郎外相ら次期首相候補とされる面々も同調している。戦争をテレビの中のゲームと勘違いしているのではないのか。思考の次元が「義」を忘却して、「利」に傾斜しすぎてはいないか。 
 
 この種の発言は、相手が攻撃してくる前に相手を叩く、いわゆる先制攻撃論につながるもので、抑止力になるどころか、東北アジアでの核兵器を含む軍拡競争へと駆り立てずにはおかないだろう。利優先の軍産複合体にとっては歓迎できるとしても、国民にとっては破滅への道となることを自覚したい。 
 
*安原和雄の「仏教経済塾} 
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