2006年08月19日14時08分掲載
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裁判闘争中の悪魔崇拝の連続殺人鬼 一審判決から既に19年
1980年代に米カリフォルニア州ロサンゼルスでわずか14カ月の間に、13人が殺害されるという連続殺人事件が起きた。犯人は逮捕され、1989年に死刑が宣告された。当時のマスコミは、犯人の手口が、夜中に民家に侵入し、レイプや強盗、殺害を繰り返すものだったため、“夜のストーカー”と呼んで大きく報じた。死刑判決からは19年が経つが、驚いたことに、この裁判はまだ終了していないという。カリフォルニア州法では、死刑判決が出た場合は、自動的に上級審で審理されるシステムになっているため、裁判が確定するのは、時として数十年かかることもあるという。(ベリタ通信=有馬洋行)
連続殺人鬼としてロサンゼルス社会を震撼させた男、リチャード・ラミレス(46)は、原審のロサンゼルス地裁が89年に死刑を宣告して以来、死刑囚として収監されている。
ラミレスは、「悪魔」を崇拝し、殺害現場にペンタクル(五芒星形)の図形を残すなど、奇怪な行動を取った。事件の異常性にもかかわらず、逮捕後に、ラミレスに憧れる女性が、拘置中のラミレスに多数の手紙を送ったりした。
米メディアによると、ラミレスは1984年から85年にかけて、血に飢えた“ドラキュラ”のように、街を徘徊し、次々と殺人やレイプを重ねた。男女13人を殺害し、ほかに殺人未遂や、レイプ、強盗などを働いた。被害者の数は計24人に達している。
被害者は、80歳の高齢者の女性から子どもまでで、深夜に鍵のかかっていない窓などから侵入するのがお決まりの手口だった。最初の犠牲者は79歳の女性で、暴行した後、殺害した。以後、同種の猟奇的な犯行が相次いで起きたため、当時の地域社会はパニック状態になった。
ラミレスはテキサス州エルパソの出身。ヒスパニック(中南米系)の家庭で、父親は厳格だった。このため時として家に帰らず、墓場で野宿をすることを好んだ。
ラミレスに大きな影響を与えたのは、ベトナム戦争でグリーンベレーの一員として活躍した従兄だとう。従兄は、10歳のラミレスに、ベトナム人の女性を拷問したり、切り刻んだことを自慢し、時には、そのグロテスクな写真を見せたりした。
従兄が、彼の妻を銃で殺害した時、ラミレスはそばにおり、ラミレスは顔に返り血を浴びたという。こうした事件の後、ラミレスは悪魔の世界に強く魅かれるようになった。
ラミレスは死刑判決後、上訴し、原審の当時は、精神的に異常な状態にあったと主張した。ラミレスは、事実、法廷で「悪魔万歳」と叫んだり、手の平にペンタクルや「666」の文字を描いて出廷したこともあった。
しかし、州最高裁は8月7日、ラミレスには法的責任能力があったと判断し、請求をすべて棄却した。これでもまだ裁判は終了ではなく、ラミレスには、依然法的に争う道は残されているという。
ラミレスに魅了された女性は、獄中のラミレスとの文通を望んだ。その中の女性の一人と、ラミレスは1996年に獄中結婚している。監獄内で二人は式を挙げた。精神的なつながりだけの夫婦だが、妻はフリーランスの雑誌記者で、大学で英語を専攻したという。
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