2006年10月08日11時12分掲載  無料記事
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日中・広報文化交流最前線

日本人が読むべき中国人の著作は何か 井出敬二(在中国日本大使館広報文化センター長)

●日本の大学生に薦める本は? 
 
 『大学新入生に薦める101冊の本』という興味深い本がある(広島大学総合科学部「101冊の本プロジェクト」編、岩波書店、2005年3月刊)。 
 たとえばジョージ・オーウェルの著作が推薦されている。筆者も学生時代に彼の著作を何冊か読んだ。彼が提示する様々な論点は、今でも決して古くないと改めて感じる。彼は自分の人生の一つの指針は"common decency"にあると述べていることなど印象に残っている。 
 
 『大学新入生に薦める101冊の本』は、中国人が書いた本は僅か一冊、ロシア人が書いた本は一冊も推薦していない。どの101冊を選ぶか議論は尽きないだろうが、中国人、ロシア人が書いた本で、日本人が読むべきものが無いとは言えないだろう。 
 筆者はソルジェニーツィンが執筆した『収容所群島』を薦めたい。ソルジェニーツィンは1970年にノーベル文学賞を受賞している。『収容所群島』はスターリン時代の悲惨な収容所での状況だけを描いた単なる暴露ものではなく、むしろそのような環境下でも人間性が奪われなかった例を描いている。それが感動的な文学作品にしている。北京大学の中国人教授(ロシアの専門家)に同書について尋ねたところ、中国でも読まれている(いた)という。現在、この本の日本語訳は絶版になっているようで残念である。 
 
 『大学新入生に薦める101冊の本』は、福沢諭吉の本も薦めている。筆者も学生時代に何冊か読んだが、江戸時代から明治時代への移り変わりに、当時の日本人が欧米の文化、文明に触れてどのようなショックを受けたかを追体験することは、今でも新鮮であり興味深い。当時の中国(清)でも、そのような本が中国人により書かれたとすれば、是非読みたいものである。 
 『大学新入生に薦める101冊の本』は、戦時中の日本の組織、特に軍がどのようなものであったかを理解するための図書も推薦している。これは中国人が読むことで、日本についての理解を深めるのに多少なりとも有益だと期待したい。 
 
●中国人が薦める本は? 
 
 筆者は機会があれば様々な中国人に、「日本ではこのような本が大学新入生に推薦されている」「中国人が書いた本で、どのような本を、学生も含め日本人に推薦するか?」と尋ねている。 
 中国にも「大学生に勧める100冊の本」といったリストはあるようだが、勉強の参考図書リストといった趣のようでもある。大学における教養教育の位置づけ、あり方が日中で異なる面もあるだろう。 
 中国の古典〜『論語』『紅楼夢』など〜を薦める中国人はかなり多い。これは中国の古典が今見直され、「国学」と言われる学問が復興している風潮に合致するのかもしれない。中国人が精神的な支柱をどこに求めようとしているのか、それを古典に見出そうとしているのか、は興味深いテーマである。 
 
 ある若い中国人ジャーナリストが薦めてくれたのは、馮驥才が編集した『一百个的十年』(時代文芸出版社)という本である。北京市内の複数の本屋に置いてあり、筆者も早速買い求めた。馮驥才は作家兼画家の多芸な人物であり、彼の多くの著書が日本語訳されており、中国民間文芸家協会という組織の主席も務めている。日本大使館も、中国の民間文芸保存活動に協力しており、ユネスコと共に、この民間文芸界協会の活動も支援している。筆者もその関連で馮氏と面談したことがある。馮氏は、中国の民衆の生活の営みを記録・保存しようという考えのようだ。 
 『一百个的十年』は、文化大革命時代の様々な中国の民衆の苦労を描いた本である。1986〜96年にかけて執筆・編集されている。筆者が購入したものは、2003年に印刷された第二版である。同書の前文は、20世紀の大きな二つの悲劇、それはファシストの暴行と文化大革命である、と指摘する。巻末には、今の中国の若者達が、文革をどう受け止めるべきか、についての感想を掲載している。 
 17歳の高校2年の女子学生は、歴史の教科書の文革の記述は具体的ではなく、よく分からないという感想を記述している。1976年より後に生まれた世代は文革を知らないが、同書は「悲劇は無知の中で繰り返される」と指摘している。文革博物館を造るべきだという主張も掲載されている。文革の中で、人間の貪欲、怯懦、嫉妬、虚栄などの弱点と共に、中国人一般民衆がもつ忠誠、善良、純朴、勇敢などの優れた点も発揮されたと記述している。それは人を感動させ、優れた文学となり得る。欧米以外に日本でも翻訳が出版されているが、現在日本の書店での入手は難しいようだ。 
 
 この本を薦めてくれた記者には、その他にも面白い中国の本を集めて、「外国人に薦める中国人が書いた100冊の本」という記事なり本を書いたらどうかと筆者から提案してみた。それは日本人にとっても対中国理解を深める上で有益だろう。彼は、真面目な顔になって「是非検討したい」と言っていた。(つづく) 
 
(本稿中の意見は、筆者の個人的意見であり、筆者の所属する組織の意見を代表するものではない。) 


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