2007年01月19日11時49分掲載
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経済のグローバル化に対する包括的批判と具体的行動指針を提示 <小倉利丸> ジョン・カバナ、ジェリー・マンダー編『ポスト・グローバル社会の可能性』
今年の世界社会フォーラム(WSF)が20日からナイロビで始まる。ぼくは23日から後半の三日だけ参加するが、WSFに出かける前に是非読んでおきたかったのがこの本である。本書は、International Forum on Globalization(IFG、国際グローバル化フォーラム)による報告書である。本書の訳者解題によれば、IFGは1994年に「経済のグローバル化がもたらす影響を、文化、社会、政治、環境というあらゆる面から分析し批判することを目的」に米国サンフランシスコに創設されたものだ。本書は21名の執筆者による共同執筆であるが、この執筆者のなかには、編者の他に、ウォルデン・ベロ(『脱グローバル化』、明石書店など)、ディビッド・コーテン(『グローバル経済という怪物』、シュプリンガー東京など)、バンダナ・シヴァ(『バイオ・パイラシー』、緑風出版など)など日本でもよく知られている人達が執筆陣に加わっている。本書は原書第二版からの翻訳で、緑風出版が刊行した。
◆議論の素材としての意義
本書は経済のグローバル化を軸に据えながら考えうる限り包括的な批判と可能な限り多様なオルタナティブのための具体的行動指針を提示しようとしている(後述するように、いくかの限界もあるが)。
また、私たちがどのようなスタンスを現在の資本主義に対してとるべきなのか、また、どのような行動を起こすことが--たとえたった一人であったとしても--起こすことが可能かを提起してるという点で、これまでの反グローバリズムの出版物のなかで理論的にも実践的にも、ぜひとも議論の素材として利用する意義のあるものとえる。
本書は三部からなり、第一部「危機にある体制」では、経済のグローバル化とは何なのかがブレトンウッズ体制と多国籍企業による経済支配の現状についての批判が論じられている。
この第一部をふまえて、第二部「オルタナティブの実践」では、現行の体制への異義申し立ての実践をとりわけ草の根の運動や地域の運動の再評価を通じて論じている。この第二部冒頭の第4章「持続可能な社会のための10原則」が本書のオルタナティブへの原則的な視点を提起している。10の原則とは、次のものを指す。
・選挙に還元できない「新民主主義」あるいは「生命系民主主義」。「物事を決めようとするとき、その結果生まれるコスト負担する人たちに投票権を与え」ようというもの。
・サブシディアリティ(地方主権主義)。地方や地域の意志決定権の重視。
・持続可能な環境
・共有の財産。水、空気、森林、漁場などの生物の生存の基礎、文化や知識など集団で作り出してきたもの、そして政府が保証すべき公共サービス、これらの商品化を認めないということ。
・多様性。文化、経済、生物などさまざまな多様性がここには含まれる。
・人権
・仕事・暮らし・雇用
・食の安定供給と安全性
・公正、南北の経済格差、性差別などを解決すること。「社会正義と公正」。
・予防原則。環境への脅威の可能性がある場合には完全な科学的な裏付けがなくても環境悪化の防止措置をとること。
この原則は、新自由主義的なグローバル化が本質的にもっている「原則」とはっきいりと対決する方向をもっている。新自由主義は次のような性質を持っている。
・企業であれブレトンウッズ機関であれ、いかなる意味でも民主主義的な意志決定のプロセスをもっていない。
・資本の投資と収益が環境に優先する。
・人々の基本的な生存に必要な条件であっても、ビジネスチャンスがあれば、なんでも商品化し私有化する。
・多様性を多国籍企業の消費文化、知的財産権、特許に置き換える。
・人権よりも資本の投資の権利を優先させる。
・資本の収益を優先させ人々の雇用や暮らしの水準を低下させる。
・地域の食糧自給システムを解体して輸出指向のアグリビジネスを導入する。
・経済やジェンダーの差別は資本の収益をもたらす限り、なくなることはなく、むしろ資本のために利用される。
・科学の名において、環境破壊の可能性を封じ込めて短期的な資本の利益を優先させる。
こうした原則はこれまでもさまざまな人々が繰り返し論じてきたことであって、ここの論点をとれば新しさがあるといえるとはいえないかもしれない。しかし、他方で、包括的な問題提起であることによって、本書のスタンスにいくつかの特徴も鮮明になっている。
◆ブレトンウッズ機関の解体を主張
第一に、反グローバリズムのスタンスをコミュニティにおける人々の意志決定に基づくものにしようというはっきりした立場をとっている。つまり、グローバルよりは地域regiponalな意志決定を、地域よりは国民国家を、国民国家よりは地方自治体を、地方自治体よりはコミュニティに属する人々の意志決定を重視するという立場だ。
第二に、ブレトンウッズ機関の廃棄をはっきりと主張している点。IMF、世銀、WTOについては改革で対応しようという考え方もあるが、本書では骨の随まで新自由主義的な考え方、とりわけ経済成長と貿易の拡大こそが貧困や南北格差などの経済問題の唯一の解決だとみなす考え方にこれらの機関のエコノミストや官僚が支配されている以上解体しかないという。
本書は、地域経済の自立を最優先課題とすれば、現状の貿易規模は縮小されるべきだと考えている。金融取り引きは言うまでもない。私もこうした方向性が有効だとおもうのだが、これは正統派の経済学の教科書からは出てこない経済システムの考え方だ。
第三に、経済主体としての資本の役割を縮小させ、協同組合など非営利経済主体の役割を強化しようという方向性をとっている。公共サービスについては国家の役割を重視する。言い替えれば、資本の投資機会を奪うことによって資本のこれ以上の肥大化を阻止し、多国籍企業や大企業の活動機会を制限するということである。これもいうまでもないが、経済学の教科書にはない処方箋である。
◆コミュニティーの両義性をどうみるか
私はこれらの方向性に原則的に賛成する。しかし、別のところで書いたことでもあるのだが(「反資本主義とはどのようなことか」『季刊・ピープルズ・プラン』33号、2006年)、コミュニティベースの経済がはたしてよいことばかりとはいえないというやっかいな問題がある。
これは、日本の地方や農村などのコミュニティがもつある種の封建的家父長制的な地域のつながりや他者への排除、あるいは保守政権を支持する保守主義やナショナリズムといった課題と無関係で はないからだ。
言い替えれば、グローバリズムを支えた大衆の政治的な基盤には皮肉なことに、このグローバリズムによってもっとも大きな犠牲を強いられる地域の人々が存在しているという側面を否定できない。
これは、構築された保守主義ということもできるが、逆に近代化を経過するなかでどの第三世界でも陥りかねないコミュニティの政治と経済の二律背反的な傾向ともいえる。
こうしたコミュニティのグローバリズムに加担しかねない傾向を排除して、グローバリズムへのオルタナティブのシステムとして再構築するというプロセスが必要である。このことは日本の保守支配の現状にあまりにもとらわれた理解かもしれないが、本書はこの点で、コミュニティレベルの政治の課題への切り込みが希薄である。
同様に、本書と私のスタンスの違いとして国連への評価がある。本書はブレトンウッズ機関の解体に対してUNCTADなど国連の毛罪機関の強化と国連を中心にあらたな経済機関の創設を提唱する。
しかし、国連は相対的にマシであるとしても、国連が政府代表によって組織されている政府間機関であるという性質は民衆一人一人が意志決定権もつ民主主義のシステムは本質的に異なるだろう。
国連への期待は同時に国民国家をアクターとする国際関係に期待するということでもあるが、しかし他方でいわゆるグローバルな市民社会(このことばを私は積極的には用いないが)と呼ばれるような要素をどのように評価することになるのだろうか。
コミュニティを基盤とする民主主義という本書の筋書きからすれば、むしろ国連ではない別のグローバルな民主主義的なガバナンスのシステムを構想せざるを得ないのではないかと思う。こうした構想はあまりに荒唐無稽ということで避けられたのだろうか?
本書の問題としては、国連への立ち入った分析と評価が十分になされていないということがある。これは、実は国民国家への評価や近代化という歴史過程への評価が不十分だという点とも関わっている。
これらは、一面では歴史認識問題であるわけだが、経済のオルタナティブに焦点をあてた結果として政治や権力、あるいは安全保障問題などが十分に論じきれていない。
最後に、本書のいうオルタナティブがある種のソーシャリズムでもあるといってもいいだろうと思うが、本書はこれをあえて社会主義とは呼んでいないし、なんらかの名称を能えてもいない。しかし、社会主義と呼んでも差し支えない内容だと思う。これを社会主義と呼ぶことに躊躇があったとすれば、やはり本書の範囲外であるが20世紀社会主義の総括というテーマは避けて通れないということでもあるのだろう。
(筆者はピープルズ・プラン研究所共同代表・富山大学教員)
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toshimaru ogura
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