2007年02月12日18時24分掲載
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「多民族共生の民主国家をめざそう」 ビルマ連邦記念日で在日ビルマ人が団結誓う
すべての民族が平和的に共生できる民主国家の建設をめざして力をあわせようと、第60回ビルマ連邦記念日の12日、日本で民主化運動をつづけるビルマ人と日本人ら約200人が参加して東京・豊島区で記念式典が行われた。色とりどりの民族衣装で着飾った各民族代表は、軍事政権の下で連邦記念日の精神は形骸化してしまったとし、民主化の早期実現にむけ団結を強化することを誓った。(ベリタ通信)
ビルマ(ミャンマー)は、多数派のビルマ族(68%)以外に約50の少数民族からなる多民族国家。独立運動の指導者でビルマ族のアウンサンと一部の少数民族代表は1947年2月12日、英国からの独立後のビルマを、各民族の平等な権利を保障する連邦国家とする「ピンロン協定」に調印した。だがその後、アウンサンが暗殺されたこともあり、翌48年の独立後、中央政府はビルマ族優位の政策に転じた。このため、少数民族は分離独立などの武装闘争を展開、政府は少数民族への弾圧と迫害を繰り返してきた。
62年のネウィン独裁政権の誕生以降は現在の軍事政権にいたるまで、少数民族への武力攻撃や弾圧、強制移住、女性への強姦などが激しさを増し、現在タイ国境には少数民族を中心に20万人近い難民が暮らしている。軍政は毎年、連邦記念日の記念行事を行っているが、ピンロン協定の精神は無視された儀式にすぎなくなっている。
そこで少数民族の反政府組織には、軍政を打倒するにはアウンサンの長女で国民民主連盟(NLD)を率いるアウンサンスーチーらの民主化勢力との共闘が必要との認識が共有されるようになった。これに応えて、1988年の民主化運動の弾圧後、世界各地に難民などとして逃れた活動家らにも、ピンロン協定にもとづいた連邦国家の建設と民主化の実現は同じコインの裏表だとして、民族の違いを超えた共闘態勢がうまれた。
この日の記念式典は、在日ビルマ連邦少数民族協議会(AUN−Japan)が主催し、壇上に掲げられたアウンサンとアウンサンスーチーの肖像を背に国民民主連盟解放区(日本支部)(NLD(LA)JP)、ビルマ連邦国民評議会(NCUB)、ビルマ女性連合(BWU)などの代表があいさつ。会場のカチン、カレン、チン、アラカン、モン、シャン、パラウン、ナガ民族の参加者に、「少数民族との団結で新しい国づくりをめざそう」と訴えた。
ビルマ国内からも、軍政と武装闘争をつづけているカレン民族同盟(KNU)のタボイ・メルキー地区責任者パドートゥウェイ氏とカレニー民族出身の国会議員クンマンコーバン氏が来賓として駆けつけた。パドートゥウェイ氏は「少数民族の悲惨な生活をこれ以上許してはならない。軍政は経済的利益をちらつかせながら少数民族を分断し、軍人の権力を維持する動きを見せているが、われわれは負けるわけにはいかない」と述べた。クンマンコーバン氏は「ピンロン協定の精神をいかした真の連邦国家と真の民主化を一日も早く実現しなければならない」と熱弁をふるった。
日本側からは連合、ビルマ市民フォーラム、難民支援協会の代表があいさつ。AUN−Japanのマイチョウー議長は「日本政府は軍政ではなくビルマの国民を支援してほしい。そうなるよう、日本の人びとも努力してほしい」と協力を求めた。
式典後は諸民族の歌と伝統舞踊が披露された。
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