2007年05月25日18時45分掲載  無料記事
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恐怖の政治 アムネスティの年次報告書 アイリーン・カーン

 【IPSコラムニスト・サービス】壁がバグダッドに建てられている。フェンスと壁が既にイスラエルと占領地域に存在している。メキシコと米国の国境にも壁が作られようとしている。セウタ(訳注:モロッコ北岸のスペイン領)とモロッコの間、メリリャ(同)とモロッコの間にもある。海上の障壁がFrontex(欧州域外国境管理協力局)によって敷かれている。 
 
 2006年の世界の壁と障壁は、冷戦時代に存在した分断を思い起こさせる。冷戦時代と同じように、隠された意図は、恐怖によって駆り立てられている。そうした恐怖は、無節操な指導者によって唆され、助長され、維持されている。こうした理由から、恐怖はアムネスティ・インターナショナルの2007年報告書の中心になっている。 
 
 地球温暖化についての警告が政治家を遅まきながら行動に走らせた環境の場合と同じように、恐怖は変化のための積極的な要請になりえる。しかし、恐怖は不寛容を生み、多様性を脅かし、人権の侵害を正当化すると、危険であつれきを生じるものにもなる。 
 
 今日において、多くの指導者は自由を踏みにじり、多くの恐怖をわめいている。移民が押し寄せる恐れ、「他者」の恐れ、アイデンティティを喪失する恐れ、テロリストに吹き飛ばされる恐れ、大量破壊兵器を持った「ならず者国家」の恐れ。 
 
 恐怖は、不寛容で臆病な指導者によって広がる。恐怖には実際、多くの真の原因がある。だが、多くの世界の指導者が取っているやり方は、近視眼的で、法の支配と人権を侵害する政策と戦略を広め、格差を増加させ、人種差別と排外主義を起こさせ、コミュニティを分断し、壊し、暴力とさらなる紛争の種をまいている。 
 
 恐怖の政策は、武装グループと人権侵害をしたり、見逃したりする大企業の台頭でより複雑化している。両者は、ボーダーレスになった世界で違ったやり方で政府の権力に挑戦している。弱体化した政府や無力な国際機関は、彼らに責任をとらせることができない。人々の立場を弱くさせ、恐れを生じさせる。進歩は、恐怖を通じてではなく、希望と楽観主義を通じて達成されることを歴史は示している。 
 
 それでも、指導者は恐怖を駆り立てる。なぜなら、自己の権力を強め、誤った確信をつくり出し、責任を逃れられるからである。 
 
 人々の生命と生活の持続性ではなく、国家の安全を守ることが重要に見える。新興諸国だけでなく先進国でも、多数の貧しい人々に侵入されているという恐れが、移民、難民、亡命希望者に対する厳しい措置を正当化するために使われている。そして、人権の国際基準と人道的取り扱いが侵害されている。 
 
 国境管理の政治的および安全上の要請により、亡命の手続きが保護ではなく、排除の手段になっている。ここ数年、欧州全域で難民認定率が急激に低下している。亡命を求める理由である暴力と迫害は以前と変わらないままであるのに。 
 
 移民労働者は世界経済のエンジンに燃料を供給している。だが、彼らは残虐な勢力に追い払われ、搾取され、差別され、湾岸諸国、韓国からドミニカ共和国にいたる世界中の政府によって保護されていない。 
 
 6000人のアフリカ人が2006年、欧州にたどり着こうとして、海上で溺れ死んだり、行方不明になった。さらに2005年の6倍の3万1000人がカナリー諸島にたどり着いた。ベルリンの壁が共産主義の抑圧を逃れようとした人々を止められなかったように、欧州の厳しい国境警備は、絶望的な貧困を逃れようとする人々を押しとどめられないでいる。 
 
 無制限な移民の流入が豊かな人々にとっての恐怖なら、非道徳的なグローバリゼーションに推し進められた、抑制されない資本主義は貧しい人々にとっての恐怖である。グローバリゼーションの報酬は極めて歪なままである。幅広い人間性が疎外され、被害を受けやすくなっている。 
 
 アフリカ、アジア、ラテンアメリカで、鉱業、都市開発、観光の需要により、土地への負荷が高まり、コミュニティ全体が、適正な手続きや補償、代わりの施設が与えられることなく、往々にして行き過ぎた力を使って、立ち退かされている。アフリカだけでも、2000年以来、300万人以上が影響を受けている。強制的な立ち退きは、アフリカ大陸における、最も広範囲で認識されていない人権侵害となっている。 
 
 豊かな人々は毎日、より豊かになっているが、安全と感じているわけではない。増加する犯罪、銃の暴力は絶え間ない恐怖のもとである。多くの政府は犯罪に断固としているとされる政策をとるが、現実には貧しい人々を犯罪者にし、ブラジルのように、ギャングの暴力と粗暴な取り締まりのふたつの危険にさらされている。 
 
 そうした不安定のもとは世界を苦しめ続けるが、最も強大な政府は、「テロとの戦い」にエネルギーと資源を投資している。「テロとの戦い」それ自体、すべての人に真の安全を与える人権の価値を損なっている。 
 
 人権侵害の事例に枚挙にいとまがない「テロとの戦い」とイラクでの戦争は、国際関係に影を落とす深い分断を作り出した。そのため、紛争を解決し、市民を保護することがより難しくなった。これは、2006年中に何度も示された。国際社会は、チェチェン、コロンビア、スリランカなどの忘れられた紛争であろうと、あるいは中東の目立った紛争であろうと、重大な人権の危機に直面した時に、無能、無力であることが多すぎた。 
 
 ダルフールでは、20万人以上が死亡し、その10倍以上が難民となった。暴力はチャドと中央アフリカに飛び火している。国連安全保障理事会は。最も強力な国々の間の不信と分裂で、動きが取れないままである。スーダン政府は、それらの国々を手玉に取っている。 
 
 相互依存の世界では、世界的な取り組みは、それが貧困であろうと安全であろうと、移民であろうと社会から取り残された問題であろうと、人権の世界的価値に基づいた反応が求められる。人権は人々を団結させ、共同的福祉を促進する。人権は持続可能な未来のための基礎である。 
 
 市民社会は、通常兵器の販売を管理する条約のためのキャンペーンから、ネパールでの10年間にわたる紛争を終結させることの手助けをすることまで、その役割を演じている。 
 
 政治指導者は市民社会を見習い、共有する価値に基づいた共通のコミットメントだけが持続可能な解決をもたらすということを認めるべきである。事態は変わりえる。米国、フランス、英国での新しい指導者、議会は方向を変え、恐怖を希望に変えるチャンスを持っている。 
 
 またブラジル、インド、メキシコなどの国と連携を組むチャンスもある。新任の国連事務総長は人権の保護で指導力を発揮すべきである。 
 
 もし彼らが真剣なら、グアンタナモ湾の収容所の閉鎖、市民の保護に焦点を当てたダルフールへの包括的なアプローチの促進、イスラエルと占領地の紛争に人権を基礎にした解決策を推し進めるであろう。 
 
 地球温暖化が国際的協力に基づいた地球的規模の行動が必要なように、人権の溶解には地球規模の連帯と国際法の尊重を通じてのみ立ち向かうことができる。 
 
*アイリーン・カーン アムネスティ・インターナショナル事務総長 
 
(翻訳 鳥居英晴) 


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