2007年07月15日14時53分掲載  無料記事
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中国

松下中国進出工場でカドミウム汚染 日本の労働・市民団体が責任の明確化求め本社へ申し入れへ

  中国の日本企業、無錫松下有限公司の工場で発生した重金属カドミウムによる労働者の体内汚染問題は、事件が発覚した07年1月以来現在に至るまで、補償を求める労働者との間で解決がついていない。事態を憂慮したアジア太平洋労働者連帯会議(APWSL)日本委員会は日本の市民組織、労働組合に呼びかけ、本社の松下電器産業株式会社と松下電池工業株式会社に対し、被害の実態の開示と日本本社の責任の明確化を求めて近く申し入れを行う。(大野和興) 
 
◆新年早々のストライキ 
 
  問題の工場は江蘇省無錫市にある。上海から130キロほど東に位置する大都市で、中国の経済中心都市の一つ。多くの日系企業  が進出、2006年末で日系企業は1081社、総投資額78.42億ドル、在留日本人は3000人とされている。 
 
  無錫松下電池は松下電器40%、松下電池60%出資の子会社で01年7月に同市に進出、02年1月から電動工具用のニッカド電池の生産を始めた。従業員は約5000人で、うち300人がニッカド電池部門で働いているとされている。この工場で年が明けたばかりの07年1月、労働者のストライキが勃発、日本のマスコミでも報じられた。 
 
  中国でのメディアや香港のNGO「Globalization Monitor(全球化監察)」の報告をもとに、この問題を追いかけている日本の市民グループで、中国における労働者や農民の運動を伝えている「China Now」(http://chinanow.blog28.fc2.com/)によると、問題の経過は次のようなことだ。 
 
  ことの起こりは、中国のテレビ報道であった。2006年12月10日、中央テレビ「経済30分」という番組で「致命的な電池」が放映された。この報道は新聞、インターネットに「広東省電池工場で多くの女性労働者が死亡、障がいのある子どもも」という形で転載され、人々の関心をよんだ。当然、同じ仕事に従事している無錫松下の労働者も関心を持った。 
 
  年が明けて07年1月4日、無錫松下の労働者は会社に対し健康診断の結果を提供するよう要求した。会社側は一週間後しか見せられないと応じた。その日の夜、無錫松下電池第一工場のニッカド生産ラインの中番の労働者200人近くがストライキに突入した。 
 
◆検査データに疑いの目 
 
  夜8:40、工場側は06年8月の健康診断結果のなかの尿検査の項目のコピーを労働者に見せた。しかし十数人がコピーさえも みることができなかった。工場側は、人が多すぎて資料を探せなかった、明日もう一度見せる、という。翌日、これら10人の労働者が人事部で検査結果をみたところ、全員が基準オーバーだった。 
 
  さらに、会社側はデータを改ざんしたのではないかと労働者側は疑いを持った。尿中カドミウム濃度検査結果のコピーには、検査日が06年06年8月18日なのに 報告日が06年8月16日になっているものもあった。しかもコピーはすべて手書きで、無錫市疾病抑制センターの印鑑もなく、検査送付者と点検者の名前も手書きであり、筆跡がきわめて酷似していた(両者は別人でなければならない)。無錫市内の病院は早くから検査機器のOA化が進んでおり、すべての化学検査の書類はコンピューターでプリントアウトされる。 
 
  検査結果報告の資料に改ざんのあとがあったという労働者もいた。尿中のカドミウム濃度は以前のデータが5.7μg/gだったが、後にその個所が削除され、4.5μg/グラムに書き換えられていたというのだ。ちなみに中国国家衛生部(厚生省)が公布した「職業性カドミウム中毒診断基準」(GBZ17-2002)によると、尿中カドミウムの測定で二回連続して5μg/gクレアチニン以上の者は観察対象とされている。 
 
  ストライキはさらに広がり、1月8日午前、第一工場1階の五つの部署、1300名の労働者全員がストライキに突入、労働者たちは工場の入り口を8時間封鎖した。しかしメディアも市当局も共産党も労働者の主張に耳をかさなかった。 
 
◆労働者への弾圧 
 
  1月9日には、労働者たちは工場から市共産党委員会、市政府の入り口まで十数キロをデモした。会社側は政府に連絡し、政府は武装警察を派遣して進路を遮断した。午後1時半、「早急に解決する」という文言以外、政府の要員はなんら回答を示すことなく、市政府の入り口にいた労働者たちを強制的に車に押し込んで帰らせようとした。それでもその場を離れようとしない労働者に対して警察は暴力を振るってきた。一人が入院 したという情報もある。三名の女性はとりわけ抵抗したことから逮捕された。その場にいた誰もが大声をあげて泣いた。ストライキのあいだ、政府は警察車両を工場に派遣して武装警察に警備させた。 
 
  労働者の不信は高まり、1月5日には、ニッケル水素ラインも作業を中断し、マイナス極ニッカド材料ラインがストライキに合流した。メディアはほとんど取材に来ず、労働者たちはインターネットで自分たちの置かれた状況を発信するしかなかった。 
 
  10日、会社側は18日ごろに第二工場を含むすべての労働者の検査を南京か常州でおこなうと回答、労働者たちは仕事に戻った。11名の労働者が集団で辞職した。 
 
  一方、松下電器(中国)有限公司は1月12日に「『無錫松下電池有限公司の重金属基準オーバーが従業員の健康に影響する』に関する声明」をメディアに配布した。 それは、「ネット上のフォーラムで発表されている内容には重大な誤りがある。それらは松下電池有限公司の正常な生産、生活秩序、および企業の社会的イメージに深刻な影響を及ぼしている。こうしたわが社に悪影響を及ぼすような行為に対しては、その法的責任を追及する」という意味のことを述べていた。 
 
  さらに、松下が一貫して法律を守って営業してきたこと、労働者と環境を重視していること、労働者に対しては定期的な健 康診断を実施してきたことなどを強調していた。 
 
  以上が「グローバリゼーション・モニター」と「チャイナ・ナウ」が伝える1月に起こったことの経過である。松下側のカドミウム被害への対応については不明なまま、事態はこれで沈静化したかに見えた。 
 
◆内部告発 
 
  しかし、5月にはいり現地でこの問題は再び大きな話題となった。ストライキ期間中、現場で対応にあたった無錫松下電池の人事部副部長、潘為さんが、自分のブログ「向天問路」 
http://20070425zy.blog.sohu.com/)で、当時の経緯を詳細に記述した文章を発表したからだ。 
 
  十数年間、欧米系の会社に勤め、06年10月8日に無錫松下電池有限公司に人事部副部長として入社した潘為さんは、試用期間満了にともなう契約終了で4月19日に同社退職を余儀なくされた。潘為さんがブログに文章を掲載したのはその1週間後のことである。 
 
  「チャイナ・ナウ」が伝える現地紙「21世紀経済報道」web版によると、潘為さんは次のように話したという。 
 
「2006年の松下電池の健康診断は、無錫市疾病予防制御センターで行われた。当時の検査結果によると、10名の労働者の尿中カドミウム値が5以上を示したにもかかわらず、会社は労働者全員が基準値以下で問題なかったと通知した」 
 
  潘為さんは産業医に聞いた。 
 
「これは虚偽報告になるのでは?」。 
 
「産業医はこういいました。『まえからずっとこうしている、労働者には分からない。尿中カドミウムが5以上の労働者は部署を変更する。しばらくすると値もさがる』って」 
 
  同紙の報道によると、潘為さん6ヶ月の試用期間が満了になったが、会社の責任者は「試用期間内に採用に必要な書類が揃わなかったので、採用手続きができなかった」ことを理由に潘為さんを採用しなかった。 
 
  潘為さんは言う。 
 
「カドミウム基準がオーバーになった労働者たちが訳も分からないままにそのままにされるのが我慢ならなかった」 
 
  彼は、会社の誰かがカドミウム事件の責任を取らなければならないと上層部に提言をした。 
 
「さあ、それが私を採用しなかった本当の理由なのかどうかは分かりませんが」 
 
  現地報道によると、ストライキに参加した労働者の多くは、カドミウム汚染などの拡大を恐れて職場を去っていったが、通院しながら正当な補償を求める労働者が会社側と交渉を続けている。これに対して、会社側は労働者の要求に対してのらりくらりと時間の引き延ばしを行い、責任逃れに終始しているかのようである。 
 
◆動き出した日本市民 
 
  こうした状況に、資本進出する側の日本の労働者、市民として対応しようということで動き出したのが、今回の日本本社への申し入れ行動。呼びかけたアジア太平洋労働者連帯会議日本委員会 
http://www.jca.apc.org/apwsljp/)は、アジア・太平洋地域の労働者の国際的な連帯をめざす労働組合、労働者支援団体、女性や児童の支援組織などさまざまな自立組織・NGOが作るアジア太平洋地域の草の根のネットワークで、現在15カ国の国内委員会(グループ)がAPWSLに参加し、情報交換、交流、闘いを支援し合っている組織である。 
 
  「申し入れ文書」(参考)はこれまでの経過と現地での動きを述べた後、(1)カドミウム被害の実態開示、(2)労働者の要求と会社側の対応を明らかにすること、(3)日本本社の責任の明確化―を求めている。日本本社として、どのような回答が寄せられるか、注目される。 
 
 
<参考> 
【申し入れ文書】 
松下電器産業株式会社 代表取締役社長 大坪 文雄 様 
松下電池工業株式会社 取締役社長 近藤 正嗣 様 
 
わたしたちは無錫松下電池有限公司において発生したカドミウム問題に関心を寄せる日本の労働団体、市民団体、消費者団体などからなるネットワークです。 
 
■ カドミウム被害の実態の開示を求めます 
 
今年1月、日本のマスコミ報道で中国・無錫にある「無錫松下電池有限公司」でカドミウム被害を懸念する労働者1000人がストライキに突入し操業が1週間停止した、というニュースが流れました。日本側の報道では「誤解だ」という会社側の主張のみが一方的に取り上げられていましたが、現地メディアでは、会社側が「誤解」を招くような対応をとり続けてきたことなどが報道されていました。 
 
4月末、無錫松下電池有限公司の元人事部副部長という人物が、1月のカドミウム事件の詳しい経過を自らのブログ上に掲載し、中国現地のメディアも再びこの問題をクローズアップしたことで、1月のカドミウム事件に至るまでの、そしてその後の労働者に対する会社側の不誠実な対応が明らかになってきました。 
 
この元人事部副部長によると、カドミウムを取り扱うラインの労働者の定期健康診断の結果、10名の労働者がカドミウム含有量が基準を上回っていたにもかかわらず全員合格として発表することを強要されたといいます。それまでに行われた定期健康診断においても、本当の診断結果を明らかせず、その結果、カドミウムに侵されていることを知らないまま職場を去ったり、結婚して子どもを出産した労働者もいたそうです。検査結果を歪めて伝えたという点だけをとっても中国の関連法規(職業病防止治療法32条)などに違反する重大な違法行為です。 
 
無錫松下電池有限公司において、なぜカドミウム被害が広がったのかという理由と被害者数や被害の実態を明らかにすることを求めます。 
 
■ 労働者の要求と会社側の対応を明らかにすることを求めます 
 
5月に入り、現地メディアは、勇気を出して当時の実態を告発した元人事部長だけでなく、カドミウム基準オーバーと診断された労働者たちへの取材などを通じて、いまだ無錫松下電池有限公司が、被災した労働者に対して納得のいく補償や謝罪を行っていないことが明らかになりました。 
 
現地報道によると、無錫松下電池有限公司は、被災労働者に対して、わずかばかりの手当てや形だけの慰問など以外の正式な補償には一切応じようとはしていません。いやなら辞めてしまえ、と言わんばかりの対応です。しかしカドミウムは永久に労働者の身体を蝕み続けます。いま日本でも問題になっているアスベスト問題と同様の問題が、将来の中国において発生しない保障はどこにもありません 
。 
 
無錫松下電池有限公司が、カドミウム被害の拡大を防止するためにどのような対策を採られたのか明らかにすることを求めます。また、カドミウムの被害を受けた労働者およびその家族からどのような要求が出ているのか、そしてそれらの要求に対して同社がどのような対応をとられたのかを明らかにするように求めます。 
 
■ 日本本社の責任の明確化を求めます 
 
無錫松下電池有限公司は、松下電器産業(40%)と松下電池工業(60%)の出資による海外子会社であり、2001年7月に中国・無錫に進出、2002年1月から電動工具用のニカド電池の生産を開始しています。松下電池工業では1961年ナショナルタイ(株)の設立から2001年の無錫松下電池有限公司(パナソニックバッテリー無錫)の設立まで、全世界に22の海外拠点を展開しています。 
 
グローバル経営戦略の最先端で発生したカドミウム被害について、親会社である御社の責任は重大です。今回のカドミウム被害の発覚を受けて、御社が無錫松下電池有限公司に対してどのような指導をなされたのかを明らかにすることを求めます。 
 
また、無錫松下電池有限公司がカドミウム被害に遭ったすべての労働者に対して、被害を放置し、うその検査結果を報告してきたことについて謝罪し、被害者全員との誠実な話し合いの上で被害者自身が納得する補償を行い、今後の事故防止措置を徹底するよう、親会社である御社が指導することを強く求めます。 
 
2007年7月●日 
賛同団体一同 


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