2007年07月30日20時52分掲載  無料記事
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安倍政権を検証する

惨敗した「美しい国、日本」 もう一つの改革を選択する時 安原和雄(仏教経済塾)

  安倍政権初の「政権審判」である今回の参院選(07年7月29日投票)の結果、「美しい国、日本」を掲げて戦った自民は惨敗し、安倍自公政権として参院での過半数を大きく割り込んだ。これは「美しい国、日本」を推進する新自由主義路線そのものが国民から見放され、惨敗したというべきである。今後の課題は、新自由主義(=新保守主義、自由市場原理主義)とは異質の「もう一つの改革路線」を選択することである。その選択にどこまで取り組むことができるか、参院での第一党へと躍進した民主党の責任は重大といわなければならない。 
 
▽社説は、「美しい国」、「格差拡大」をどう論じたか 
 
 参院選の結果についてメディアはどう報道したか。まず大手6紙(7月30日付)の社説(または主張)の見出しを紹介しよう。 
朝日新聞=安倍政治への不信任だ  参院選 自民惨敗 
毎日新聞=民意は「安倍政治」を否定した  衆院の早期解散で信を問え 
読売新聞=国政の混迷は許されない  参院与野党逆転 
東京新聞=「私の内閣」存立難しく  安倍自民が惨敗 
産経新聞=民主党の責任は大きい  首相は反省し態勢強化図れ 
日本経済新聞=安倍首相はこの審判を厳粛に受け止めよ 
 
次に社説(主張)の中から、安倍政権を特色づけている「美しい国」、「戦後レジームからの脱却」、「格差拡大」などにどう言及しているかを紹介する。朝日新聞と東京新聞が批判的であるのに対し、読売新聞と産経新聞の主張は、同情論、弁護論となっている。その要点はつぎの通り。 
 
<朝日新聞> 
 地方の疲弊に象徴される格差への国民の不満、将来への不安は、都市住民や若い世代にも共通するものだ。とりわけ弱者の暮らしや安心をどう支えるのか、これこそが、小泉改革を引き継いだ首相が第一に取り組むべき課題だった。 
 ところが首相が持ち出したのは「美しい国」であり、「戦後レジームからの脱却」だった。憲法改正のための国民投票法をつくり、教育基本法を改正し、防衛庁を省に昇格させた。 
 自民党は成長重視の政策などを打ち出し、実際、景気は拡大基調にある。なのになぜ負けたのか。 
 
<東京新聞> 
 忘れるわけにはいかないのは、主要な争点が小泉・安倍政権通算6年半の決算でもあったことである。地方・弱者切り捨て政治だ、と格差拡大を攻める野党に、与党の反論は迫力を欠いた。地方の荒廃が進み、都市住民にも不公平感が募る中での「政権審判」選挙だったのだ。 
 
<読売新聞> 
 格差の拡大は、「失われた10年」の間、経済再建に有効な手を打てなかったことや小泉前政権で、竹中平蔵・経済財政相が主導した極端な市場原理主義にも原因がある。安倍首相が、小泉政治の行き過ぎた面と一線を画していれば、小泉政治のマイナス面と同罪と見られることはなかっただろう。 
 
<産経新聞> 
 「戦後レジーム(体制)」からの脱却を掲げ、憲法改正を政治日程に乗せ、教育再生の具体化を図るなど、新しい国づくりに向かおうとした安倍首相の政治路線の方向は評価できるが、それを実現させる態勢があまりに不備であった。 
 
▽新自由主義(=新保守主義、自由市場原理主義)について 
 
 ここで新自由主義なるものについて以下に私の考えを説明しておきたい。この新自由主義の本質を理解しなくては、特に小泉・安倍政権下で広がってきた改憲への動きや格差拡大問題を正しくとらえることはできない。しかしメディアの多くはその認識が不十分であり、表面的であり、批判の視点が弱すぎるのではないか。 
 
 新自由主義は1980年代前半の中曽根政権時代から導入され、小泉・安倍政権時代に本格化した。原産地は米国であり、1980年代のレーガン大統領時代から始まった。その2本柱の一つが経済の自由化・民営化の推進であり、もう一つの柱が軍事力の増強路線と世界支配をめざす覇権主義である。 
 新自由主義の「自由」とは、多国籍企業など巨大企業の最大利益の自由な追求を意味している。いいかえれば自由化、民営化の推進(日本の郵政民営化はその一つの具体例)によって企業が最大利益を追求する自由な機会を保障し、広げることを指している。憲法で保障する「自由・人権」の自由とは異質である。だから新自由主義は弱肉強食の弊害、格差拡大、貧困層や自殺者の増大―などを必然的に生み出している。この実体を理解しなければ、構造改革という美名に幻惑させられる結果となる。 
 
 しかもこの新自由主義は軍事力重視主義と表裏一体の関係にあることを見逃してはならない。いいかえれば新自由主義のグローバル化、つまり大企業の生産や資源のための海外拠点を確保するには軍事力という後ろ盾が必要だという思考に立っている。 
 安倍政権が日米軍事同盟を基軸に憲法9条(=軍備及び交戦権の否認)を改悪して正式の軍隊を保持し、 憲法解釈変更(解釈改憲)による集団的自衛権の行使によって「戦争のできる国・日本」をめざし、一方、財界の総本山、日本経団連が安倍政権の主張に合わせて憲法9条改悪、正式の軍隊保有を唱えているのも上記の思考にとらわれているからである。 
 
 しかしこの新自由主義は軍事力に支えられ、しかも弱肉強食と格差拡大を必然的にもたらすからこそ、矛盾を広げ、市民や庶民の大きな抵抗を招かざるを得ない。今回の参院選の結果にみられる自公政権への拒絶反応は、当然起こるべくして起こったものといえる。 
 私は安倍路線について「再び日本を滅ぼすのか 針路誤る安倍自民党丸の船出」(06年9月21日付で「安原和雄の仏教経済塾」に掲載)、「首相の美しい国を批判する その時代錯誤で危うい方向」(06年10月2日付で「仏教経済塾」に掲載)などで批判してきたことをここに記しておきたい。 
 
 それではなぜ小泉政権はあれほどの人気を博したのか。次のような理由が考えられる。 
・改憲志向ではあったが、実施への意志を明示しなかったこと 
・格差拡大(年間3万人という高水準の自殺者、低賃金の非正規社員急増など)が進みつつあったが、「自民党をぶっ壊す」という自民党離れしたキャッチフレーズに多くの有権者が幻惑させられたこと 
・新聞、テレビなどマスメディアが「小泉劇場」の演出に大きな役割を果たしたこと 
 
▽新自由主義とは異質の針路へ転換を (その一)憲法理念を生かせ 
 
 参院で第一党になった民主党は、自民党同様に改憲派も含む寄り合い世帯であり、自公政権への明確な対抗軸をどこまで打ち出せるか、が今後の課題である。果たして民主党の政策が参院選でどこまで積極的に評価されたのか、疑問符が残る。自民党への嫌気から有権者の多くが、2大政党制論の波に乗って「もう一つ」の政党、民主党に票を投じたのではないか。この2大政党制ブームも実はかつての「小泉劇場」同様にマスメディアによって作り出されたという側面もあることを忘れないようにしたい。 
 
 そうであればなおさらのこと、自民党の路線である新自由主義とは異質の日本の針路を「もう一つの選択肢」として打ち出す必要がある。自民党と大差ない政策にとどまる限り、「惨敗した今日の自民党」は実は「明日の民主党」になりかねないことを心に留めて貰いたい。 
 
 望ましい路線選択はどうあるべきか。私は現行の平和憲法の理念を生かし、具体化していくことを土台にすべきだと考える。なぜなら平和憲法の理念は、小泉・安倍政権の下での新自由主義路線と共に事実上空洞化し、骨抜きになっているからである。 
 
 生かすべき憲法理念の主な柱はつぎの通り。 
*前文(世界諸国民の平和的生存権) 
*9条(戦争放棄、軍備及び交戦権の否認) 
*13条(個人の尊重、生命・自由及び幸福追求の権利の尊重) 
*18条(奴隷的拘束及び苦役からの自由) 
*25条(生存権、国の生存権保障義務) 
*26条(教育を受ける権利、教育を受けさせる義務、義務教育の無償) 
*27条(労働の権利・義務、労働条件の基準) 
*99条(天皇、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員の憲法尊重擁護義務) 
特に99条の意味が国務大臣や国会議員に理解されていれば、今回のような自公政権の大敗は生じなかったのではないか。 
 
具体策は以下の通りで、参院選で野党が公約した政策も織り込んでいる。 
 
▽新自由主義とは異質の針路へ転換を (その二)年金改革と格差是正 
 
(1)年金改革 
 高齢化が進む中で年金改革は、憲法25条(生存権、国の生存権保障義務)にかかわる重要な課題である。 
 
・年金受給のための加入期間条件を現行の「25年以上」から諸外国並みの「10年以上」に引き下げる 
・現行の保険料方式の代わりに基礎年金へ全額税方式を導入し、生活保護費相当へ増額する 
 
 5000万件の「消えた年金」問題の解消は、参院選の大きな争点になったが、これは泥棒が盗品を返す類の話で、盗品を返したからといって、その人が立派な人物になるわけではない。それと同じで、自民党の得票稼ぎには効果はなかった。年金改革とは次元の違う話である。 
 
(2)格差是正 
 13条(生命権など)、18条(奴隷的拘束からの自由)、25条(生存権)、26条(教育権)、27条(労働権)が深くかかわっている。格差拡大の背景には、自殺者の増加、長時間労働、低賃金、失業を含む差別労働などが広がり、人間が人間として尊重されないで、いわば奴隷的境遇に追い込まれている。これをどう是正するかというテーマである。 
 
 格差の是正には弱肉強食の競争を止めること、雇用・賃金政策さらに税制の転換を進めることが必要である。 
(イ)弱肉強食の競争からの転換 
企業の労働現場ではいわゆる成果主義によって賃金、労働条件の悪化をもたらし、多くの労働者は連帯感をなくし、ノイローゼなどが増えている。 
 学校の教育現場でも学力中心主義の競争と差別政策が持ち込まれ、人間性に反するいじめなどが多発している。「弱肉強食の競争」から「個性を競い合う競争」へと転換させることが急務である。 
 
(ロ)雇用・賃金政策の転換 
・パート、契約社員など非正規社員の正規社員化をすすめる 
・最低賃金(注)の時給1000円以上をめざす。異常な長時間労働の是正 
(注)06年度の全国平均最低賃金は時給673円。金額は都道府県ごとに決まり、最高の東京都は719円、最低の青森などは610円。中小企業が最低賃金を上げるためには下請け価格の適正化が必要となる。 
 
(ハ)税制の転換 
・住民税増税の中止、介護料や医療費の引き下げ、消費税の据え置き、その一方で高額所得者の所得税率や企業の法人税率の引き上げ 
 このような税制の転換によって、新自由主義の特色である大企業と金持ち(資産家など)優遇、その一方での貧困の累増を是正する。 
 なお参考までにいえば、参院選での自民党候補の4分の3が消費税引き上げ論者であった(7月14日付毎日新聞)。 
 
▽新自由主義とは異質の針路へ転換を (その三)不公正な財政の転換 
 
(1)経済成長と景気回復と財源 
・不公正な果実配分の是正を 
 安倍首相は選挙戦で「民主党には経済を成長させ、景気を回復させようという案も意思もない。経済を成長させないで、格差を解消できるか。財源をどうやって作っていくのか」と指摘した。しかしこの発言には大きな錯覚がある。 
 それは経済成長や景気回復が格差の是正や財源の増大には結びつかない構造になっているからである。新自由主義路線がそういう構造を定着させている点に着目したい。経済成長や景気拡大の果実は、大企業や高額所得者にとって大幅な減税(法人税の引き下げ、所得税の最高税率の引き下げなど)のお陰で享受できるが、一方、多くの大衆には低賃金、悪化した労働条件の固定化によって果実を享受できない。 
 このように経済成長や景気拡大の果実の配分が不公正な構造になっていることを見逃すべきではない。この不公正を是正するためには税制、賃金、労働条件(長時間労働など)の改善が必要である。 
 
(2)財政の転換 
・無駄な大型公共事業の中止 
・軍事予算の大幅な圧縮 
軍事予算は年間約5兆円で、これには「無用の長物」の無駄が少なくない。例えば、東西冷戦時代のソ連の脅威はソ連の消滅によってなくなったはずだが、冷戦時代と同じように外国からの北海道への侵攻を前提にした多数の戦車が今なお配置されている。 
 このほか米軍基地再編に伴う日本側負担3兆円、北朝鮮からの弾道弾ミサイルを防ぐという名目の総額1兆円を超えるミサイル防衛―などがすでに動き始めており、いずれも莫大な大衆の税負担増につながる。こういう血税の浪費を止め、さらに大企業や高額所得者の軽減税率を是正して、優遇税制を止めれば、消費税を上げなくても財源に不足はない。 
軍事予算の大幅な圧縮は憲法前文(平和的生存権)、9条の理念を生かす道にほかならない。 
 
▽ 新自由主義とは異質の針路へ転換を (その四)環境、原発、農業 
 
(1)地球温暖化対策と原子力発電 
・2050年までに日本の温室効果ガス(石油など化石燃料使用から排出される二酸化炭素)排出量を1990年比で70%削減する 
・環境税を導入する 
・原子力発電所の新増設を止め、原発から段階的に撤退する 
 
 温室効果ガスの排出量削減について民主党は「50%削減」を打ち出しているが、ここでは「70%削減」(共産、社民案)を採りたい。 
 増えつづけている温暖化ガスの排出量を世界全体で基準年の1990年比で2050年までに50%に削減することが求められており、これを実現するためには先進国は60〜80%の思い切った削減が必要とされている。英独仏はすでに60〜80%の削減を目標に掲げていることを考慮したい。思い切った削減のためには環境税の導入に踏み切るべきである。 
 
 原子力発電は温室効果ガスを排出しないことを理由に、日本は温暖化対策という名目を掲げて原発を推進し、全国で55基がすでに稼働している。しかし今回の新潟県中越沖地震で東京電力柏崎刈羽原発で想定外のトラブルが次々と見つかって、改めて原発の安全性に大きな疑問符が付けられている。政府、電力会社が「原発は安全」と言い募ってきたそのとがめである。安全神話が崩壊した以上、原発依存症を改め、段階的な撤退策を検討すべきではないか。ヨーロッパでは多くの国が原発依存症を克服しつつある。 
 ただ電力供給量のうち原発は約30%を占めているため、段階的撤退のためには経済成長主義への執着を離れて脱「経済成長」への意識転換が求められる。 
 
(2)農業再生と食料自給率の向上 
・農産物輸入の完全自由化を止める 
・食料自給率(現在40%)を計画的に引き上げる 
 
自民党が地方で大敗した背景には長年の農業軽視がある。テレビ報道によると、自民党支持者の間にさえ「農業のためにはもはや自民党を支持するわけにはいかない」という不信と怒りの声が多い。 
 農業はいのちを育てる産業であり、一方、工業はいのちを削る産業である。これは農業には工業と同様の効率・競争中心主義は適用できないことを示している。にもかかわらず歴代自民党政権は農産物の輸入自由化を進めて、農業の切り捨て策を採り、それが新自由主義導入によって拍車をかけられた。その成れの果てが食料自給率低下で、40%という先進国では異常に低い水準まで落ちたままである。いいかえれば日本人のいのちの60%を海外に依存しているのである。 
 
 地球温暖化と共に世界の食料危機も予測されている。農村が荒れて、食料自給率が低いままでは近未来の食料危機に対応できないだろう。日本人のいのちをどう守るのかというテーマは軍事力では保障できない。むしろ農業再生と自給率の向上こそが重要であることを自覚するときである。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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