2007年10月06日17時57分掲載  無料記事
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山は泣いている

4・植生を傷つけるストックの使用を見直そう 山川陽一

▽百名山ブームが中高年の登山熱に拍車 
 
 ストックが山の自然を破壊するという議論がある。確かに、山道を歩いていて、道の両サイドの植生を傷つける形で蜂の巣のように無数のストックをついた穴が開いているのを見ると、これはひどいなあと思う。たかがストックと思ってもみるが、神社の石段でさえ長年の参詣者によって磨耗してしまうのだから、大量の登山者が両ストックをついて歩く蓄積量は大変なものである。 
 
 しかし、よく考えてみると、それだけの理由で登山者に「ストックを使わないように!」と声を大にして叫ぶのは、いささか短絡に過ぎるような気がする。その前に、なぜこんなに沢山の穴が開いちゃうのかを考えてみると、それは人気の山に登山者が集中しすぎるからなのだ。中高年の登山熱に百名山ブームが拍車をかけて、ストック両手に大挙して有名山の代表コースに集中的に登山者が押しかけた結果である。わたしに言わせれば、オーバーユースによるインパクトはストックの害だけでなく、登山道の崩壊や高山植物の踏み荒らし、トイレ問題など多面に及んでいるので、ストックを悪者にする前に、一極集中の登山の形態こそ改めるべきだと思っている。 
 
 それよりも、両ストックの使用がはやりはじめてから、ストックの先が岩に挟まったり、手に持ったストックが邪魔してバランスを崩す事故が増えているようだ。先日も私の仲間がヒマラヤの山中でストックを使っていて、岩の間からピックが抜けないで崖から転落する事故を目の当たりにした。幸いにして大事に至らず事なきを得たが、非常に危険である。 
 安全上からストックの使用は避けたほうがいい場所は多い。特に、岩石の多い場所での使用は思わぬ事故に結びつく。足腰が弱ってストックに頼らないと山歩きがつらくなっている方は別にして、できるだけストックの使用はやめにしたい。そのほうが足腰も衰えないし、バランス感覚も維持されて、いざというとき安全である。そうは言っても、滑りやすい道やぬかるんでいるところを歩くときは、確かにストックを持っていると心強い。もし使うのなら、ストックに頼るのではなく、転ばぬ先の杖としてワンストックでバランスをとる程度の使い方を心掛けたい。 
 
 勿論、雪山以外でストックを使う場合は、尖ったピックをむき出しで使うのではなく、ゴムなどのプロテクターをつけたままのほうが自然にやさしいことは云うまでもない。 
 
▽山岳競技の再考を 
 
 わたしの山仲間には、山岳競技に熱を入れている人や競技団体の関係者も結構いるので、いささか言いにくいのだが、わたし個人の意見としては、山を陸上競技場にはしてほしくないと思っている。 
 
 山を走ること自体を否定しているわけでは決してない。自分自身も、かつて何回も青梅マラソンを走ったりしていたので、走ることに対するアレルギーはない。わたしの山仲間でも、山を歩くことから山を走ることに喜びを見出していったひとは何人もいる。個人で、あるいは少グループで、山野を走り回るのは楽しいし、すばらしい。競技者の立場に立って考えてみると、仲間内だけでなく他流試合で力を試してみたくなる気持ちもわからないわけではない。 
 
 ただ、長谷川恒男カップとか、富士登山競走とか名うって全国から大々的に選手を募集しておこなう大会には、問題が多い。2005年、奥多摩71・5キロを一昼夜かけて走る長谷川カップが大雨の中で強行され、選手に脱落者とケガ人が続出した。わたしの友人も、天候には勝てず、途中でギブアップしたり腕を骨折したりして帰ってきた。怪我をするのは自己責任だとしても、雨中泥道の踏みつけや踏み外しなどは、登山道をめちゃめちゃに壊す。多人数の競り合いは、一般の登山者にも大きな迷惑を及ぼす。 
 
 ちなみに、2006年の長谷川カップの参加者は2018名、富士登山競走の参加者は2463名だった。 
 
 同じように問題があると思うのは、全国高校総体(インターハイ)の一種目になっている登山大会であろう。これは、選手4名で登山隊を編成して解散するまでの3泊4日を、行動(体力、歩行)、生活技術(装備、設営撤収、炊事)、知識(気象、自然観察、計画記録、救急)、態度(パーティシップ、マナー)について、パーティ別に付き添った審判員によって100点満点の減点法で採点されるのだが、企業の人事考課に似て、果たして、山での生活がこんな仕組みで公正に採点できるとは信じがたい。また、採点して順位をつけること自体意味があるとも思えない。 
登山という行為がスポーツのひとつだということを否定するつもりはないが、セットされた人工壁で競うフリークライミングやボルタリングを別にすれば、それは勝ち負けや評点を競うスポーツとは異質なもので、競って順位をつけること自体なじまない世界ではないか。 
 
 数年前も、早池峰でおこなわれたインターハイで、コース整備のため登山道沿いの貴重な蛇紋岩が砕かれたり、競技中の登山道の踏み外しによる高山植物の損傷が問題になったことがあった。 
 
 速さを競うものではないと謳われているが、競技に参加する選手たちはみんな熱くなっているから、それによって引き起こされる自然への影響や一般の登山者への迷惑について考えながら行動せよ言っても、多分それは無理な相談である。主催者側でありかたを再考してほしいと思っているのは、わたしだけではないだろう。 
 
(やまかわ よういち=日本山岳会理事・自然保護委員会担当) 


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