2007年10月15日10時40分掲載
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日中・広報文化交流最前線
中国におけるユダヤ人の歴史・2 井出敬二(前在中国日本大使館広報文化センター長)
中国国内で研究・紹介が始まった在中国ユダヤ人の近現代史
〜そのインプリケーション〜(その2)
前回、中国国内で、在中国ユダヤ人の歴史がどのように紹介され始めているかを紹介した。今回は、その背景、意味合い(インプリケーション)を考えてみたい。
●中国におけるユダヤ人の歴史の紹介が進められる背景
ハルビン、上海などでは、今日、ユダヤ人達の足跡を示す施設を巡ることが可能になっており、中国の地方政府も含めて当局側は、ユダヤ人関連施設の保存・復元に力を入れているようである。
その背景としては、まず全体として中国社会が落ち着いてきて、昔の歴史を再確認し、関連する施設を保存しておきたいという傾向が出てきたことがあるだろう。
次に観光客誘致の目的もあるだろう。筆者の手元にある中国で出版された観光名所を紹介するカラーグラビア雑誌でも、上海におけるユダヤ人の足跡を紹介する24ページもの特集記事が掲載されている(雑誌「中華遺産」2006年5月号)。
更にユダヤ人ビジネスマン達との貿易・投資関係の発展も期待されているようだ。2007年6月、ハルビンでは黒竜江省政府主催による「ハルビン・世界ユダヤ人経済貿易協力国際シンポジウム」が開催され、中国、イスラエル、米国、ロシア、ハンガリー、そして日本のビジネスマン100名以上が参加した。「黒竜江日報」によれば、「シンポジウムではハルビンにおけるユダヤ人の歴史文化を基礎にし、省およびハルビン市と世界各国のユダヤ人による、経済貿易・科学技術合作を中心に議論された」由である。
イスラエル政府、ユダヤ人社会側も、中国と共に過去の歴史を思い出す作業に好意的であり、協力しているようである。前述の写真集「ハルビンのユダヤ人」に、オルメルト首相(正確には副首相時代であるが)は文章を寄せており、祖父の墓が中国側により手入れをされていることに謝意を表明している。ハイム駐中国イスラエル大使は、ハルビンはユダヤ人を守ってくれた友好都市と賞賛し、ハルビンでの各種イベントに参加している。
●日本との関わり〜多面的・重層的な歴史理解〜
戦前・戦中において中国におけるユダヤ人に対して、日本がどのような政策をとったのかということについては、日本国内で多くの図書が出版されている。では、中国国内ではどうであろうか?
中国の書籍にとっても、当時の中国にいたユダヤ人の歴史を語る際には、日本との関わりに全く触れない訳にはいかないようである。それは多面的・重層的な歴史理解へのきっかけになり得るかもしれない。
写真集「上海のユダヤ人」の中には、ユダヤ人に対するナチ・ドイツと当時の日本政府の政策の間に相違があったことに簡単な言及がある。またユダヤ人を救った有名人としてシンドラー、ウォレンブルグと並んで杉原も紹介している。
雑誌「中華遺産」の在上海ユダヤ人特集記事の中では、ナチ・ドイツのゲシュタポのマイジンガー(ワルシャワの警察公安長官を経て、1941年在日ドイツ大使館付アタッシェとして着任)から1942年に日本政府に対して寄せられた在上海ユダヤ人を殺せとの提案を、日本政府が受け入れなかったことが簡単に紹介されている。(ちなみに、この雑誌記事は、ブルメンソール元財務長官(カーター政権時代)も10代の子供時代を日本占領下の上海で過ごしたことを紹介している。)
セミナーの論文集「ハルビンのユダヤ人の故郷を思う情」の中に、「日本占領下(1931〜1945)のハルビンのユダヤ人コミュニティーの運命」という文章が掲載されている。これはハルビンでのセミナーにおいてロンドン大学キングス・カレッジのズヴィア・ボウマン女史が行った報告を収録したものである。
同女史は、1933年のカスペ誘拐殺人事件への日本側当局の対応(ユダヤ人に対して冷淡過ぎたと批判された)、ユダヤ人受け入れについての鮎川義介の提案(経済目的との関わり)、1937年12月にハルビンで開催された第一回極東ユダヤ人会議、1938年12月のいわゆる五相会議で決定された日本政府の対ユダヤ人政策、安江仙弘大佐とカウフマン博士(ハルビンのユダヤ人の指導者)の交友関係などを紹介しながら、日本のユダヤ人政策の諸側面(日本はナチ・ドイツのようにユダヤ人を迫害することはしなかった側面も含めて)と、当時のハルビンのユダヤ人指導者達の日本との協力姿勢を紹介している。
同女史は、その報告の最後で、当時のハルビンにいたユダヤ人コミュニティーが日本と協力したことをどう理解すべきなのかという問い掛けをし、敢えて答えを述べることはなく、セミナー参加者に考えさせている。
今後、近代中国におけるユダヤ人の歴史は、中国国内で更に紹介される機会が増えていくことであろう。そのことは、日本との関わりも含めて、様々なインプリケーションを持つことになると思う。
(本稿中の意見は筆者の個人的意見であり、筆者の所属する組織の意見を代表するものではない。)
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