2007年10月15日15時36分掲載  無料記事
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温暖化防止に拍車がかかるか ゴア氏とIPCCのノーベル平和賞授賞に想う 安原和雄

  2007年のノーベル平和賞は、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」(世界の科学者らが参加)と、米前副大統領のアル・ゴア氏に贈られることが決まった。 授賞の理由は「地球温暖化は人間の行為によって起きていることを明らかにし、それに関する広範な知識の蓄積と普及に努め、必要な対応策の基礎づくりに貢献したこと」である。 
 環境問題に関連するノーベル平和賞の授賞は、ケニアの環境活動家、ワンガリ・マータイさん(04年の授賞)に続くものである。果たしてこれを機に地球温暖化防止に拍車がかかるのだろうか。 
 
▽大手メディアの論評を批評する 
 
 大手メディアはこのノーベル平和賞の授賞をどのように論じたか。まず大手メディアの社説(10月13日付)の見出しを紹介しよう。 
*朝日新聞=ノーベル平和賞 温暖化という脅威に警鐘 
*毎日新聞=ノーベル平和賞 温暖化防止策を進める弾みに 
*日経新聞=温暖化が脅威になった時代の平和賞 
 なお読売新聞、産経新聞、東京新聞は社説では取り上げていない。 
 
 さて社説の中身はどうか。3紙の読後感を一言でいえば、お祝いの言葉を中心とする「ご祝儀社説」といったところであろうか。もちろん授賞の背景、狙いなどが手際よくまとめられており、地球温暖化問題の勉強の手助けにはなる。各紙社説の要旨は次の通り。 
 
*朝日新聞 
 いま「気候の安全保障」が叫ばれている。地球温暖化は、戦争や核の拡散と同じように人類の生存を脅かすとみなされる時代になった。今回の授賞は、この潮目を読み取った。これを機に世界の取り組みが加速されるよう期待したい。 
 
 今年、脱温暖化の動きを決定づけたきっかけは、IPCC部会の報告だった。 
 温暖化の主因は、人間の活動が出す二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスだとほぼ断定し、悪くすれば今世紀末の気温は1980〜90年代より4度ほども上がると予測した。上昇幅が2〜3度以上でも、温暖化の被害は地球全域に及ぶという警告も発している。 
 6月のG8サミットが「温室効果ガス排出を50年までに半減」という目標を真剣に検討することで合意したのも、IPCCが背中を押したからだった。 
 科学の力が政治を動かしたのである。 
 
 ゴア氏は、脱温暖化の語り部として大きな役割を果たした。 
 00年の大統領選に敗れた後、地球環境の危機を訴える講演に力を入れた。その記録映画「不都合な真実」は世界中で話題を呼び、アカデミー賞を受賞した。 
 
 脱温暖化に向けて、いま最大の課題は、京都議定書第1期が12年に終わった後の枠組みづくりだ。CO2の最大排出国でありながら、議定書を離れた米国の出方がカギを握る。 
 ゴア氏の受賞が米世論を動かし、米国の変化が中国やインドなど、今は義務を課されていない排出国を引き込む。そんな流れが起こればよい。 
 
*毎日新聞 
 気候変動は単に、生態系の破壊や洪水・干ばつの増加などによって人類を脅かすだけではない。資源の奪い合いにつながり、ひいては地球の平和をも脅かす。今回の授賞は、気候変動を防ぐための一致した行動が人類の平和に不可欠であるとのメッセージだ。 
 IPCCは88年に発足。日本を含む100カ国以上の科学者らが協力し、人間活動による気候の変化、影響、対策などを科学的立場から評価し公表してきた。90年にまとめた第1次評価報告書は国連気候変動枠組み条約につながり、ここから京都議定書が生まれた。 
 
 ゴア氏は、気候変動に世界が直面していることに早くから気づき、副大統領退任後は世界各地で温暖化対策を訴える講演を行ってきた。ブッシュ政権が消極的な態度をとる中で、講演を基にした映画と著書「不都合な真実」は世界で広く受け入れられた。 
 
 ただ、温暖化対策の行方は楽観できない。日本は京都議定書の約束を守るめどがたたず、既に断念した国もある。京都議定書から離脱している米国や、削減義務のない中国やインドなどの大量排出国を、京都以降の枠組みにどう組み込むか。排出量半減にどう道筋をつけるか。課題は山積している。 
 ノーベル平和賞をきっかけに今後の対策に弾みをつけられるか。各国の覚悟が求められている。 
 
*日本経済新聞 
 今年は、二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの削減が国際政治の舞台でも最重要命題の一つとして明確に位置付けられるようになった年である。温暖化が世界の平和や安全保障も左右する脅威だとの認識が強まり、国連安全保障理事会も4月に温暖化について初の公開討論を開いた。今回のノーベル平和賞は、温暖化が世界の脅威になった時代を象徴する平和賞と言えるだろう。 
 
 ゴア氏は10年前、米副大統領として自ら地球温暖化防止京都会議に出席し、先進国全体の温暖化ガス排出量を1990年比で5%以上削減する京都議定書の採択を主導した。 
 京都議定書に従って排出を減らす約束期間に来年から入る。6月の主要国首脳会議は2050年までに世界の温暖化ガス排出半減を目指す長期の方針を示した。科学的根拠に異を唱えて京都議定書の枠組みから離脱した米国のブッシュ政権も含め、13年以降の「ポスト京都」の枠組みづくりがこれから本格化する。 
 
▽社説よりも短評や談話がおもしろい 
 
 以上の社説よりも、むしろ以下の短評や談話などの方がおもしろい。 
 『朝日』の「素粒子」(10月13日夕刊=東京版)はつぎのようにゴア氏にとっては政治上の敵(かたき)であるブッシュ米大統領を登場させている。。 
 
 なに、ゴアにノーベル平和賞だと? 「戦争賞」なら、おれなんだがなア―ブッシュ米大統領。 
 
 『毎日』の「近事片々」(10月13日付夕刊=東京版)はつぎのように皮肉った。 
 
 映画「不都合な真実」を通じて温暖化防止を訴えた功績でノーベル平和賞に決まったゴア前米副大統領。温水プール付きの大豪邸。保守系団体から「邸宅の電力消費量は一般市民の20倍。資源節約は自分から率先を」と批判されたことも。誰にでも「不都合」はあるさ。 
 
 また作家でナチュラリストのC・W・ニコルさんはつぎのように話している。(毎日新聞10月13日付) 
 ゴア氏は以前から温暖化防止に力を入れていた。「よくやった。おめでとう」と言ってあげたい。一方で、ブッシュ米大統領など温暖化を認めたくない人たちには「ざまあみろ」と言いたい。温暖化とは結局、資源の無駄遣いのことだ。ゴア氏は、資源の「ワイズユース(賢明な利用)」に向けリーダーシップをとってほしい―と。 
 
 もちろんIPPCとゴア氏の大きな功績は評価しなければならないが、問題はこれを機に地球温暖化防止にどこまで拍車がかかるかである。明日では遅すぎるほどの局面を迎えているのが温暖化防止問題であり、今何をなすべきなのか。何よりも一人ひとりに何ができるのかを改めて自覚し、実行するときではないだろうか。 
 
▽ハチドリのささやき―「私にできることをしているだけだ」 
 
 クリキンディという名のハチドリ(注)の「小さな物語」を紹介しよう。これは南米アンデスの先住民の間に伝わる物語である。 
 
 あるとき、森が燃えて、森の生き物たちはわれ先にと逃げていった。しかしクリキンディというハチドリだけは、行ったり来たりしながら、クチバシで水のしずくをひとしずく運んでは、火の上に落としている。ほかの動物たちがそれを見て、「そんなことをして一体何になるんだ」と笑っている。クリキンディはこう答えた。「私は、私にできることをしているだけだ」と。 
 
 この物語は今、わが国でシンプルライフ(簡素な暮らし)を求める人々の間で静かなブームとなって広がりつつある。 
(注)ハチドリは中南米と北米に生息する体長10センチ程度の鳥で、「飛ぶ宝石」とも呼ばれる。身体が玉虫色で、光の当たり具合によって多様な色に変化するからである。英名はhumming bird(ハミングバード)。ハチのように「ブーン」という音を立てることからきている。 
 
 さて地球温暖化防止のために我々一人ひとりに何ができるのか。いいかえれば日本版クリキンディにどこまでなれるのかを自らに問うてみたい。ただし多くの人々から「そんなことをして一体何になるんだ」と笑われることは、覚悟する必要があるかもしれない。 
 ただ参考までにいえば、19世紀のドイツ哲学者、ショーペンハウアーは「すべての真実は3つの段階を通る。まず嘲られ、次に猛烈に反対され、最後には自明のこととして受け入れられる」と喝破しているから、「笑われるのは、真実の実践のゆえ」と受け止めよう。 
 
▽ささやかな日常の実践例―歩くことを重視 
 
 ここではわたし自身のささやかな実践の具体例を紹介する。 
 まずできるだけ歩くことを重視している。東京の各駅にはいまではエスカレーターが完備しているが、私は原則として階段を使う。脚力が衰えないようにするための私なりの工夫である。私の観察によると、階段利用派は1割程度で、9割がエスカレーター依存派である。 
 エスカレーターは電力で動かしているわけだから、エスカレーターの運転を止めれば、それだけ電力の節約になり、地球温暖化の主要な原因、二酸化炭素(CO2)の排出削減にも寄与するはずである。もっとも私がエスカレーターを利用しなくても、エスカレーターは常時運転されているから、私の地球温暖化防止への貢献度はゼロである。 
 
 ただ歩行を重視する姿勢は、できるだけ車に依存しない暮らし方につながっていく。私は自動車の運転免許は持っていないし、また新たに持つつもりもない。交通網が発達している東京で自分の車を所有することは負担も増し、かえって不便である。それに車の運転はCO2を排出するから地球温暖化を助長するだけで、望ましい選択とはいえない。 
 
 環境省のデータによると、一人が一定の距離を移動するのに必要なエネルギー消費の比率は、鉄道利用の場合を1とすると、バス2に対し、自家用乗用車6となっている。わが国の交通体系は現在、乗用車中心となっており、最もエネルギー効率が悪く、エネルギー多消費の車依存型になっているわけである。 
 
 わが家の付近を国道4号線(日光街道)が通っており、毎日何千何万という車が排ガスをまき散らしながら疾走している。こういう光景を日常の暮らしの中で見るにつけ、車社会の構造変革なしには地球温暖化防止に拍車をかけることは困難であることを痛感する。だからこそ日本版クリキンディが一人でも増えていくことを期待したい。 
 
▽地球温暖化防止のための「大きな物語」 
 
 日本版クリキンディのすすめは、「小さな物語」であり、その効果には限界がある。温暖化防止を進めるためには政府が関与する「大きな物語」も不可欠である。次のような柱を挙げることができよう。 
 
*循環型経済社会の構築=企業の商品設計、生産の段階から廃棄物を出さないような工夫が必要である。 
*循環型農林漁業の再生=食料自給率向上、地産地消による雇用の創出を図るとともに農林漁業の環境保全効果を重視する。。 
*エネルギーのグリーン化=化石エネルギー(石油、石炭など)から自然エネルギーへの転換を進める。原子力発電は地球温暖化の原因、CO2を排出しないことを理由にわが国では推進しているが、安全性に大きな欠陥があり、段階的撤退が望ましい。 
*高率環境税の導入=日本の経済界は温室効果ガス(CO2など)の自主的な削減計画を実施し、それなりの効果を挙げてはいるが、限界がある。税制などによる公的規制が必要である。 
*コミュニティバスの積極的活用=特に地方では車社会が構造化しており、車なしには生活がなり立たない。これを変えるためにはコミュニティバスの導入・普及が急務である。 
*脱「成長経済」のすすめ=資源の浪費につながる成長経済に執着する時代は過去の物語となった。上述のニコルさんの談話にもあるように「資源の賢明な利用」が不可欠である。 
*日米安保・軍事同盟の解消=日米軍事同盟は米国主導の戦争の基地になっている。戦争こそ最大の環境破壊要因である。 
*米国、中国、インドにも削減義務を=温暖化防止の京都議定書(1997年)から離脱している米国、削減義務を免れている中国、インド ― このCO2排出の3大国を削減義務国に引き入れることが地球規模での温暖化防止を成功させる決め手になる。 
 
 以上、望ましい変革プランを挙げたが、これを実現していくためにはその意志を持つ政府、地方自治体をつくり出さなければならない。そのためには日本版クリキンディが一人でも多く誕生し、多数派を形成していくことが必要である。自らのささやかな実践を試みないで、政府に依存するだけでは、惰性から抜け出せない。 
 
 日本国憲法第12条(自由・権利の保持義務)は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と定めている。この規定は案外、多くの人々の念頭から忘れられてはいないだろうか。笑われながら一人でやってみることには小さな勇気を要するが、この際、「国民の不断の努力」の深い含意を噛みしめたい。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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