2007年10月24日02時49分掲載
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英労働党系シンクタンク事務局長に聞く:「国民は『消費者の嘆き』で政治を語ってはいけない」
9月末、当時17歳だったエミリー・ベンさんが、英下院選の最年少の立候補者に抜擢され、国内外で注目を集めた。当初10月頃に予定されていた総選挙がもし実行されていたら、18歳の国会議員が誕生していた可能性もあった。英国では、若者層の政治参加を促すため、昨年、下院議会への立候補最低年齢を21歳から18歳に引き下げたばかりだ。選挙権の最低年齢18歳を16歳に下げようという声も根強い。低年齢化の支持が広がる背景や日英の選挙事情の違いを、労働党系のシンクタンク、フェビアン協会のスンダー・カトワラ事務局長に聞いた。(ロンドン=小林恭子)
―何故若者層の取り込みを狙うのか?
カトワラ事務局長:若者層の投票率が他の年代と比べて非常に低いことが一因だ。労働党に限らず、野党の自由民主党なども、選挙権や被選挙権の低年齢化を支持している。若者自身が政治の中に入れば、政治に関心を持つようになるのではないかと考えたからだ。しかし、若者が政治家に立候補したからと言って、他の問題がすべて解決できるというわけではない。例えばここ数年で始まった、市民権の授業も重要だ。今中等教育では履修が義務化されている。いずれにしろ、一筋縄ではいかない。
―18歳で国会議員になる、と言うのは若すぎるのではないか?人間的にもまだ未熟では?
事務局長:責任ある職につくのは、18歳にとっては挑戦でもある。個人の能力と周りの支援で責任ある職をまっとうすることは可能だと思う。若い人が政治家になりたがるのは、若いからでなくて、自分が信じていることがあるからだろう。しかし、18歳で閣僚になれるかと言うと、これはうまくいかないと思う。ただ、現在、約650人の下院議員の中で20代は3人ほど。若者が議会の年齢構成を見たら、自分たちの存在を反映していないと思うだろう。
―英ジャーナリストのピーター・オボーン氏が、「政治階級の勝利」と題する本を書いて、人気だ。政治家や政治家のために働く人々が、1つの階級として存在し、自分たちの階級の利益拡大のためだけに生きている、と主張した。政治家たちが、国民の存在を無視して、自分たちの利権擁護のみを考える特権階級になるのをどうやって防ぐのか。
事務局長:確かにそういう批判には一理ある。国会議員は選挙区の地元民と関わりを深める努力するべきだし、国民に対して開かれた存在であるよう努めるべきだ。しかし、国民の側も、政治教育も含めて、もっと能動的になれる部分があるのではないか。政治を人任せにしている部分があるのではないか。政治階級のやっていることが気に入らなければ、これを市民が正すようにもっと動くべきだ。
私が現在の政治に対して持っている大きな懸念の1つは、ある政治体制が機能しているかどうかを市民が検証する時、「自分が欲しいものを得られたかどうか」という点から判断する傾向だ。「私は非常に忙しい。自分の人生があるし、仕事がある。私は消費者だ。私は政治を無視する。政治家のあなたがやればいい。政治はあまりにも退屈すぎる」と言って、政治問題に全く関心を持とうとしない点だ。まるで、市民がお店に行って、「あれが欲しい」といって消費するようなものだ。しかし、政治は消費行為とは反対の行為だ。将来を能動的に作り上げていく過程だ。社会の構成員全体のための決定を、集団で行なうことだ。政治が単なる消費者の嘆きになると、その意味が失われてしまう。
―英国の選挙では日本で言うところのいわゆる「地盤」があまりなく、候補者は自分とは全く関係ない選挙区から立候補することが多々あると聞いた。これは良いことだろうか?
事務局長:そういうやり方も良いと思う。でないと、そのコミュニティーで生まれ育った人だけが立候補できることになる。考えてみて欲しい。ある特定の人種の人のみがその人種の選挙民を代表できるのが果たしていいことかどうか?
労働党議員でスティーブン・トイッグという人がいる。かつて内閣の一員だった。2005年の総選挙で、彼は英北部リバプールの候補者になった。この地域に個人的なつながりはない。労働党のリバプール支部は、誰を公認候補にするかの選抜を行い、現職の労働党議員ではなく、トイッグを選んだ。選ばれた理由は、確かに全国的に名が知られていただろうし、これが有利に働いたのもあったのかもしれない。しかし、地域の人がすればアウトサイダーを候補者として選んだのは、彼に何か訴えるものがあったからだろうと思うし、例え自分が生まれ育ったわけではない選挙区であっても、選挙民の声を代弁するために私利私欲を越えて働くのが、本来の議員の役目だ。
―英国では2世議員が少ないと聞く。何故か?
事務局長:それは、ベン家が良い例になる。労働党公認候補者となったエミリー・ベンは現在18歳だが、公認候補になるまでの選抜中は17歳だった。叔父が現在の環境大臣ヒラリー・ベン、祖父のトニー・ベンは50年間国会議員で、閣僚も歴任した政治家だ。エミリーがもし政治家になったら、ベン家の5代目の政治家になる可能性があった。
英国では政党が中心となって国の政治が進む。このため、例外はあるけれども、個々の政治家の名前のブランドはあまり重要ではなくなる。選挙民も成熟していて、名前のブランドには騙されない。メディアも容赦なく批判記事を出すので、有名人と言えど当選するとは限らない。逆に反発を食らうこともあるだろう。
―10月か11月と思われていた総選挙を、ブラウン首相は結局は行なわないことにした。きっかけは保守党の支持率が急上昇したからと言われている。選挙をしない、という判断は正しかったと思うか?途中で気持ちを変えた、ということいで、批判を浴びたが。
事務局長:絶対に正しかったと思う。私は、今日選挙をやってブラウンは勝てたと思う。しかし、(保守党に人気が逆転される前までは)支持率は高かったけれど、そういう理由で選挙に勝つべきではない。変化を起こすための政策提言があって、それで勝つべきだ。
―労働党が政権を取ってから、世襲貴族700余人の貴族院(=上院)の中で、92人を残して他は一代限りの貴族のみとなった。一代貴族の存在そのものが、労働党の考えからすると、まずいのではないか?
事務局長:それはそうだが、全員が選挙で選ばれるとなると、下院との区別がなくなる、という議論がある。これをどうするかだ。
―君主制はどう考えるか。
事務局長:君主制の廃止、つまり共和制は支持していない。フェビアン協会では最近、君主制に対する議論を行なった。民主的な君主制を維持するのは可能だという結論に達した。
何故多くの国民が君主制を支持しているのか?2つの理由があると思う。1つには、歴史とのつながりがある。いわば君主制は1つの儀式だ。国民は、儀式の全てをなくそうとは思っていない。
もう1つは、君主がある意味では政治の外側にいて、政治のレフリーのような役割りを果たせる、ということ。国民は、政治家よりも君主に信頼を置いているのかもしれない。
労働党は社会民主主義の政党だ。だから、基本的に、生まれたときに人に差があるべきではない、と考える。そういう意味では世襲制の君主制度はこうした考えに逆行している。しかし、「全ての人に機会が均等に与えられる」社会を構築する手段はあくまでも民主主義だ。もし労働党の人に聞けば、半分か半分以上の人が、理想としては、世襲の君主制を廃止するべき、と言うかもしれないが。
個人的には、王室は何百年も続くと思う。国民の間では、王室を廃止せずに近代化を望む人が多いようだ。共和制を望む声は過去20年を振り返っても、20%ほど。もし50%の国民が廃止したほうがいいと考えるようになったら、あっという間になくなるかもしれないが。
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