2007年10月25日10時57分掲載
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中東
ワタダ米陸軍中尉の抵抗──兵士は銃を捨て、自由を手にした 2度目の軍法会議が延期に
2007年10月5日、ワシントン州タコマ地方裁判所のベンジャミン・セトル判事は、エレン・ワタダ陸軍中尉の請願を受け入れ、19日に審問を行うことを決めた【1】。
中尉は、イラク戦争を批判し、イラクへの赴任を拒否したために、軍法に従い罪を問われている。しかし、2月に開かれた軍法会議は審理無効とされた。それにもかかわらず、審理を繰り返すのは「一事不再理」の原則に反すると中尉は訴えていた。セトル判事の決定により、10月9日に予定されていた2度目の軍法会議は、すくなくとも判事の審理が終わるまで延期される。軍の専管である軍法会議に連邦裁判所が介入するのは、きわめて異例のことだった。(安濃一樹・TUP速報)
ワタダ中尉は、イラクへの派遣を拒否した最初の将校である。28才の将校がイラク戦争に反対する理由は明確で、次のように簡潔なものだった。
──イラク戦争は国際法と合衆国憲法に反する違法行為であり、この戦争に加担することは戦争犯罪に等しい──
▽▽
1回目の軍法会議は、タコマ市に近いフォート・ルイス陸軍基地で、2月5日に始まった。軍事判事ジョン・ヘッド中佐は、初回の審理に先立って、イラク戦争の違法性に関するいかなる証人も証拠も認めないと裁定していた。ワタダ中尉の弁明をすべて封じてしまったことになる。公平な裁判とは言えない。
そもそも、この軍法会議が最初から最後まで異例づくしだった。陪審員の選定では、候補のひとりだった大尉が、ワタダ中尉の決断を知ったとき受けた印象を聞かれて、信念を持って行動した中尉は「りっぱだと思った」と答えた。それでも彼女は陪審員に選ばれている。審理がはじまって、検察側の証人がワタダ中尉の行為を「誠実」と形容したときには、検事は慌てて「異議あり!」と声を上げた。
また検察側は、中尉の行為が「将校誓約」に反することを立証するために、ウエストポイント陸軍士官学校から専門教官を証人として招いた。しかし、教官の証言は検察側の期待に反するものになった。軍人は、自分が違法だと思う命令に従う義務はなく、道義に反すると信じる命令にも従うべきではない、と言う。そして「たとえいかなる結果を招こうとも、信念に基づいて行動しなければならない」と教官は証言台から講義を行った。
2月7日にワタダ中尉の証言が予定されていたが、その直前になって審理は急転する。ヘッド判事は、イラク戦争の違法性について審理しない方針だった。ワタダ中尉の信念も無関係だとしていた。すると、罪に問われている行為の有無だけが問題となる。判事は合意書を引き合いに出した。軍法会議の前に検察側と弁護側が交渉して作成した文書である。この中で、ワタダ中尉はすでに罪を告白しているのではないか、と判事は尋ねた。もしそうなら審理は簡単に終わる。
しかし弁護側は、合意書では事実関係を確認しただけで、有罪など認めていないと反論した。判事は被告席のワタダ中尉にも質問した。中尉は、「イラク戦争が違法である以上、私は無罪です」と答えた。さらに検事側も、まるで弁護側と声を合わせるように、「ワタダ中尉は、イラク戦争が違法だとする自らの信念に基づいて無罪を主張しています」とはっきりと認めた。被告に無実を証拠立てる用意があるなら、本法廷はその証言を聞くべきだ、と検事は付け加えている。
それでもヘッド判事は、「いかにも罪の告白と思える合意書に、無実を主張する被告が著名したのは、合意書の意味を理解していなかったからだ」として、合意書そのものを破棄した。同時に、審理の無効を宣言する。いったい何が起こったのか。この顛末については、ジェフ・パターソンが詳しく背景を分析している【2】。
判事と検察は軍法会議のやりなおしを求めた。ただちに弁護側は異議を申し立てる。いったん審理無効となったからには、被告を同じ罪状で再び裁くことはできないと主張した。「一事不再理」は、合衆国憲法に基づくアメリカ市民の権利であり、司法の原則と見なされている。だが、二度の申し立ては退けられ、9月18日に提出した三度目の訴えは、裁定が遅れて宙に浮いたままだ。2回目の軍法会議は目前に迫っていた。10月3日になって、ワタダ中尉と弁護チームは連邦裁判所に請願書を提出する。最後に残された手段だった。
10月19日、セトル判事は「一事不再理」についてワタダ中尉の訴えを聴いた。2度目の軍法会議をワタダ中尉に科すと、陸軍は合衆国憲法に定められた個人の権利を侵害することになるか。それが審理の焦点となる。判事は、弁護側と検事側の主張を聞いた後に、判例を調べるのに時間が必要だとして、裁定予定日を当初の10月26日から11月9日に変更すると告げた。陸軍に対する軍法会議の延期命令も、その裁定があるまで継続される。
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米軍はベトナムから撤退を強いられた。その要因のひとつに兵士の抵抗があった。国内では、若者が徴兵を、兵士が派遣を拒否した。ベトナムでは、米兵は戦線から逃亡し、あるいは命令に従わず、ついには反乱さえ起こしている。
将校として、たったひとりの反乱を起こしたワタダ中尉は、反戦運動の象徴と見なされたからこそ、アメリカ政府から厳しい追及を受けている。陸軍の検察は、政府を代理して、ワタダ中尉を起訴した。計3件の罪状で有罪となれば最高6年の懲役が科せられる。その一方でヘッド判事は、ベトナム戦争時の判事と同じように、イラク戦争そのものが被告となることを避けようとした。
ワタダ中尉の言葉を聞けば、政府が彼を恐れる理由がよくわかる。この若者は兵士であり、アメリカを愛する市民であり、そして自由を求める人間だった。
──兵士は行動を選択することができます。法と正義を踏みにじる戦争を止めるために、自分は戦闘に手を貸さないと。・・・いま兵士たちが、この戦争は合衆国憲法に反することを知り、立ち上がって武器を捨てるなら、これからどんな大統領が現れても、正当な理由のない戦争はもう二度とできないでしょう──【3】
──合衆国憲法によると、私たちの民主主義では、ひとりの人物が絶対的な権力を持つことはできません。憲法に違反しながら、宣戦を布告することも、他国に戦争を仕掛けることもできない。私たちの国の指導者たちは、アメリカ市民を欺きました。・・・これは国家に対する誓約を破り、憲法を冒涜する行為だと、私は信じています──【4】
──もうアメリカ市民は・・・賛成派と反対派を分かつフェンスの上に座ったまま、「まあ、この戦争に意見なんかないな」と言うことができません。・・・私たちは、アメリカ市民として、自分の立場を明らかにしなければなりません。そして、いま行われていることに賛成するのか、それとも反対するのか、声に出して訴えるべきです。・・・もし反対するなら・・・イラク戦争に関する政府の不正と誤りを正すために、自分の何をどこまで犠牲にする覚悟があるか、私たちはそれぞれの胸に問いかける必要があります──【5】
──入隊してからは、命令に従うことだけが、私に与えられた任務でした。心の中でどう感じていても関係ありません。長い間ほんとうに苦しみました。他の選択はないと自分に言い聞かせて、自分を牢獄に閉じ込めていた。実際に刑務所に送られたのと同じことでした。私はすでに自由を失い、心は牢獄に閉ざされていたからです──【5】
──他の選択はきっとある。道義的に正しく、自分の良心に従う選択ができる。一生後悔しない選択がある。たとえどんな結果を招いても、自分は選択することができる。そう確信したとき、正しいと信じる道を選んだとき、私は自由を取り戻しました──【5】
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全米の活動団体がワタダ中尉を支援し、連帯を誓っている。市民たちは、兵士が銃を捨てたから支援するのではない。兵士の枠を越えて、市民として、人間として、真摯に訴えるワタダ中尉の姿が人びとの胸を打った。だが、それだけが理由ではない。イラク戦争という巨大な犯罪を止めようとするなら、ワタダ中尉と同じように、犠牲を覚悟しなければならないことを市民は知っている。願いを重ね合い、痛みを分かち合うとき、たしかな連帯が生まれる。
ブッシュ・チェイニー政権は、「対テロ戦争」を名分として、アフガニスタンとイラクを侵略し占領を続けている。イランを包囲する米軍の配備もすでに整った。同時に、「対テロ戦争」を内政にも利用し、国民を監視する体制を強化しながら、アメリカ市民の権利を奪い、自由を制限してきた。
兵士が命令に反抗し、軍法会議で有罪となれば、懲役刑を受ける。もし反逆罪に問われるなら、死刑になる可能性もある。市民が抵抗し反戦を訴えるときでも、逮捕拘留から罰金刑までなら、よくあることだった。しかし、9・11事件の直後に愛国者法が制定され、いまでは人身保護令状まで否定されてしまった。ブッシュ大統領が抵抗する市民をテロリストと認めれば、市民は裁判を受ける権利を奪われ、無期限に監禁され、拷問を受けることもありえる。実際に、政府機関が隠し持つ「テロリスト名簿」には弁護士や活動家の名前が記入されている。
世界中でもっとも厳しく、もっとも自由に大胆に、アメリカ政権を批判しているのはアメリカ市民である。独創的で機知に富んだ活動がある。ユーモアだって忘れない。いま市民運動は、頑迷な米議会を飛び越えて、直に米軍の兵士に呼びかけている【6】。「気を付け!」で始まる嘆願書は、統合参謀本部の司令官たちと米軍の将兵すべて向かって、こう訴える。
イランを攻撃しないでください。
イランに先制攻撃を仕掛けるのは法律違反です。
イランに先制攻撃を仕掛けるのは犯罪行為です。
歴史に例を見ない画期的な活動戦略だが、ワタダ中尉の戦いに見るように、兵士と市民の連帯はむしろ自然なことだ。次の戦争を阻止するために仕掛けられた市民の先制攻撃が、どこまで力を持つか分からない。しかし、チェイニーが率いるネオコンたちの戦略に怒りを覚えている将軍たちは少なくない。
伝統的に軍人は、最高司令官である大統領や軍のトップを公に批判することはない。退役軍人でさえ、表立って反戦を訴えることは難しい。現役の将校ならなおさらだ。それでも、ワタダ中尉に兵士たちからメールが届く。アメリカ本土だけでなく、世界中にある軍事基地からメールが届く。階級を超えて、部隊を越えて、中尉を励ますメールが次つぎと着信する。陸軍の電子メール・サービスも反戦の役に立っている。
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【1】Mike Barber, "Federal judge delays Watada trial:Lawyers call a 2nd court-martial double jeopardy," Seattle
Post-Intelligencer (Oct. 5, 2007).
http://seattlepi.nwsource.com/local/334509_watada06.html
【2】Jeff Paterson, "Lt. Watada Mistrial Clear Victory,"(Feb. 12, 2007).
http://www.lewrockwell.com/orig8/paterson1.html
この記事は池田真理が翻訳してTUPから配信されている。
TUP速報656号 ワタダ中尉軍法会議の真相 第1部
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/709
TUP速報658号 ワタダ中尉軍法会議の真相 第2部
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/711
【3】2006年8月12日、活動グループ「平和を求める退役軍人 Veterans for Peace」の集会でワタダが行ったスピーチより。
スピーチを書き起こしたものが次の記事にある。Dahr Jamail,
"Ehren Watada," truthout | Perspective (Aug. 14, 2006).
http://www.truthout.org/cgi-bin/artman/exec/view.cgi/63/21805
【4】2006年9月16日、エイミー・グッドマンによるインタビューより。Amy Goodman, "Conduct Unbecoming an Officer and a Gentlemen: Lieutenant Ehren Watada Charged Again for Refusing to Deploy to Iraq," Democracy Now! (Sept. 19, 2006).
http://www.democracynow.org/article.pl?sid=06/09/19/1348217
【5】2007年1月27日発表のドキュメンタリー・ビデオ「抵抗者ワタダ Watada, Resister」より。このビデオは YouTubeでも公開されている。
http://www.youtube.com/watch?v=PTjV8p4bAME
次の記事に発言の抜粋がある。Jeremy Brecher & Brendan Smith,"Will the Watada Mistrial Spark an End to the War?" TheNation (Feb. 9, 2007).
http://www.thenation.com/doc/20070226/brechersmith
【6】Sign Petition Against Attacking Iran.
http://www.afterdowningstreet.org/iran
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