2007年11月01日10時28分掲載
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山は泣いている
7・がんばれ!北山の森 持続可能な新しい山仕事のビジネスモデルを模索 山川陽一
第3章 日本の森を考える
▽時流に抗して広葉樹を残す
安曇野に在住しているGさんの紹介で、わたしが東京の森づくりの会の仲間と北山の森を訪ねたのは3年前の新緑の頃だった。広葉樹と針葉樹が混生しているこの美しい森は、わたしたちがこれから目指そうとしている森の方向を示すものとして、これ以上ない教材であった。以来この森が気に入って、冬になると、わたしはGさんご夫妻を誘って、3年前森を案内してくれたIさんをガイドに頼んでスノーシューハイクを楽しむようになった。スギやヒノキだけの暗い森ではスノーシューハイクも楽しくないが、すっかり葉を落としたブナやコナラ、ミズナラ、クリ、カラマツなどが混在する明るい森の中を、だれも踏んでいない雪を踏んで歩くのはとても気持ちがいい。
樹間を抜けると、眼下に木崎湖が見下ろせ、その向こうに鹿島槍のスキー場、さらに奥には北アルプスの鋭鋒鹿島槍ヶ岳と爺岳が聳えている。
Gさんは北アルプスに登山の折度々訪れた安曇野の地が気に入って、この地に居を構えて農作物を作るようになり、地元の人たちとすっかり仲良しになった。若い頃はすごいクライマーだったらしいIさんも元はといえば東京の人であるが、かなり前に穂高町に移り住んで登山や山仕事などにかかわりのある趣味とも仕事ともつかないいろいろなことをやっている。彼の本職が何なのか聞いた事はないが、毎日好きな山を眺めながらのあんな生活はいいなと思う。
北山の森は国道148号を松本から大町に向かう道中の木崎湖に面した東側の山で、ここに林業家荒山さんの所有する250ヘクタールの民有林がある。
戦後材木需要の高まりとともに広葉樹の森が次々に伐採され、全国の森林が拡大造林の名の下に、成長が早く材として経済価値が高いと考えられていたスギ、ヒノキなどに全面的に置き換わっていく中で、この山の主は、押し寄せる時流に逆らって広葉樹を大幅に残した施行を行ってきた。
世の中全体が右を目指す中で、俺は左を行くぞということは大変なことである。時流に乗り遅れたわけではなく、自らの考えで流れに棹差してわが道を行く英断は、胸のうちに余程の勝算と信念がなければできることではない。裕福な山持ちが遊ばせている森を切らないで放置していたのとはわけが違う。
わたしはこの数年、日本の森について考え続けている。
戦後の復興期と引き続く高度経済成長時代に盛り上がった材木需要は、日本の森の姿と人々の森への関わり方を根底から変えてしまった。それまでの山村の生業は、いわゆる山仕事と呼ばれるものであった。森は建築用材や家具材の供給の場であると同時に、薪炭林としての役割や山菜やキノコの生産の場でもあった。それらをセットにしたものが山仕事と呼ばれるものだった。だから、村人は山を丸坊主にして自分の首を絞めるような伐採の仕方はしなかった。需要もバランスしたものであったと思う。
そこには、森を糧に今日を生き、次代に引き継いでいく再生産のサイクルが確立されていたと言える。
それが、あるときを境に一気に材木需要が増え、その需要に応えるため国主導で大量伐採が始まったときから、すべてのバランスが崩れていく。日本の社会が急激に構造変化していく中で影響を受けたのは林業だけではないが、とりわけ林業への影響はひどいものがあった。
木というものは、最低でも50年たたないと木材として商品にならないのに、森に在る木を一気に全部切ってしまえば、その瞬間の現金収入は大きいが後が続かない。その後にいくら成長の早いスギ・ヒノキを植林しても、農業と違って今の収入にはならない。村人はもう山仕事では食っていけないから、国有林の専業従事者になって働くか、現金収入を求めて村を出る。追い討ちをかけたのが、木材輸入の完全自由化政策で、安価な外材の大量流入が林業を一途に衰退へと追い込んでいく。全国の国有林も民有林も、いまや植林されたスギ・ヒノキで埋まっているが、手を入れる人手も金もないまま森が泣いている。
こんな外的条件の中で北山の森の苦闘は続くが、オーナーの先見の明で残された広葉樹と一定量の針葉樹のバランスが取れた山を舞台にして、いま持続可能な新しい山仕事のビジネスモデルを探して、いろいろな実験が行われている。これが、男のロマンで終わらないことを祈りたい。
(北山の森の照会先)
*地平線倶楽部 諌山憲俊 0263-83-5446
*山仕事創造舎 香山由人 0261-26-2580
(やまかわ よういち=日本山岳会理事・自然保護委員会担当)
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