2007年11月17日18時23分掲載  無料記事
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山は泣いている

9・なぜ漁民が広葉樹の森づくりに立ち上がったのか 山川陽一

  「漁民は山を見ていた。海から真剣に山を見ていた。海から見える山は、漁民にとって命であった。」気仙沼の牡蠣養殖の漁師畠山重篤さんの書いた『森は海の恋人』はこんな書き出しで始まっている。海の環境を守るには海に注ぐ川、そして上流の森を大切にしなければならないことに気づき、1989年より気仙沼湾に注ぐ大川上流の室根山に漁民による広葉樹の森づくりを開始する。その運動はやがて山村の人たちの心を動かし、山と海の民が一体になった活動に発展していく。 
 
▽海の収穫を支える山のちから 
 
 森が海の海草や魚貝類の収穫に大きな関わりを持っていることは、かなり古くから経験的に知られていたが、それを科学的に解明したのは北海道大学水産学部の松永勝彦教授であった。沿岸の海には、植物プランクトンや海藻の生育に重要な働きをするフルボ酸鉄という物質が浮遊しているが、実は、このフルボ酸鉄は、森の木の葉が堆積して腐葉土を作る過程で生成されるフルボ酸という物質に、土中の鉄分が結合してできるのだという。 
 昔は魚付き林と呼ばれる森が各地にあって、そこから湧出する沢水がフルボ酸鉄を沿岸の海に供給していたが、海岸がコンクリート護岸で蔽い尽くされて、今はそれを供給するのは川しかなくなってしまった。川の水に溶け込んで海まで運ばれたフルボ酸鉄が、海草を育て、植物プランクトンを増殖させ、その植物プランクトンを食べて貝類や小魚が成育する。森が海の収穫に大きな関わりを持っていると言われる所以である。 
 
 白神山地を源流とする赤石川が日本海に注いでいる青森県鯵ヶ沢の住民たちが、秋田・青森両県にまたがる白神山地を縦断する青秋林道開発計画の反対に立ち上がったのも、白神山地のブナ林が伐採されれば赤石川の河口の海で生計を立てている漁民にとって死活問題であることを経験的に知っていたからに他ならない。ひところ「秋田名物八森ハタハタ」と唄われたハタハタの漁獲量が激減したのも、乱獲のほかに、根本的には秋田側の白神山地のブナ林を丸坊主にしてしまった影響が大きいと分析されている。 
 
 森が「緑のダム」と呼ばれるのは、山に降った雨を腐葉土の堆積した根元に溜め込み、地下系を通して川に供給し続けるメカニズムがそこにあるからだ。スギ・ヒノキの人工林、とりわけ間伐などの手入れが不十分なまま放置されたスギ・ヒノキの林床は、保水力が弱い。大雨が降れば一気に出水し土石流や洪水を引き起こす。日照りが続けば干ばつの原因を作る。その対策として砂防堰堤やダムが作られる。 
 広葉樹の森は、落葉が堆積して腐葉土を形成し、降った雨をいったん根元で受け止め、そのあと日照りが続いても小出しに水を供給し続ける。その水がやがて海にたどり着き、海草を育て、魚貝類を育てている。 
 
 「治山治水」という言葉があるが、その言葉の裏には人が自然をコントロールできるという過信があるような気がしてならない。今や日本中の川がダムと砂防堰堤で埋め尽くされているが、そこに堆積した土砂をどうするのか、いずれ堆砂で埋まってしまったあとのダムはどうなるのか。解が見えない。自然を人力で押さえ込むのではなく、自然の力を生かしながら利用する発想が求められている。 
 
(やまかわ よういち=日本山岳会理事・自然保護委員会担当) 
 
畠山重篤『森は海の恋人』(北斗出版) 
松永勝彦『森が消えれば海も死ぬ』(講談社ブルーバックス) 
佐藤昌明『白神山地─森は甦るか』(緑風出版) 


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