2007年11月24日10時46分掲載  無料記事
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山は泣いている

10・白神にブナ森を戻そう 再生事業の成果を示す幼木に感激 山川陽一

  朝、家を出るときから雨模様のどんよりした曇り空である。予報も南から北まで全部雨マーク。大宮からの新幹線に乗り込んでしばらくすると、案の定、車窓を銀糸が音を立てて走り始めた。それなのに、まるで恋人に逢いにでも行くように、心が弾んでいるのはなぜだろう。もともと梅雨時期に雨を承知で出かけていくのだから、失望することはさらさらないのだが、それにしてもハイな気持ちになっている。普通の山行きだったら、残念さが先に立つのに、今年もあのみずみずしいブナたちに逢えるという喜びが、私の心を明るくしてくれているのだ。 
 
▽スギ優勢の光景に変化 
 
 降り注ぐ初夏の陽光を残らず受け止めようと、空が見えないくらい覆いかぶさったブナの葉のひさしの下を、透過光の輝きを浴びながら歩くのは楽しいものであるが、雨の中を、しっとりと湿った分厚い落葉の層を踏んで歩くのは、更に気持ちがいい。ブナの森には雨が似合う。 
 
 わたしが、日本山岳会の青森支部が主催して行っている白神山地ブナ林再生事業に参加して今年で9年になる。白神山地のブナの木を切り出すことを目的に計画された青秋林道の建設が中止され、その核心部が世界自然遺産に登録された後、林道建設反対の運動に中心的役割を果たしてきた山の仲間が中心になって、スギの植林地に変わってしまった赤石川源流域の櫛石平一帯をブナ林に戻そうというボランティア活動を始めたのが9年前のことであった。 
 ここ赤石川源流の櫛石山のふもとは、かつて、広い白神山地の中でも有数の見事なブナ原生林であったが、拡大造林の名の下にブナが皆伐され、その跡にスギの植林が行われ、そのために世界遺産の区域指定から外れてしまった象徴的場所である。 
 
 今、この作業地に立って目を見張ったことは、9年前、一面を埋め尽くしていた暗いスギの植栽地が、いまやすっかり明るさを取り戻した緑色の中に、スギが遠慮がちに点在している風景に変わっていることであった。年2回の楽しみ半分のボランティア活動であるが、9年の継続が山の姿を大きく変えた。今はまだ、ホウノキ、ミズキ、イタヤカエデ、ウダイカンバ、トチノキ、キハダなどの先行植物群が目立っているが、よく見ると下層にはブナの幼木が確実に入り込んでいる。あとは、自然の遷移にゆだねていけば、徐々に勢力図を書きかえながら、百年後、二百年後には、間違いなくブナが優勢の立派な森が再生されているに違いない。 
 
 今年も最終日に、有志でクマゲラの森まで遠出した。梅雨時特有の蒸した日差しの中を、滴る汗にあえぎながら作業地を抜け、ブナの原生林に踏み入ると、もうそこは別世界だった。天然のクーラーの効いた緑一色の世界がわたしたちを迎える。明らかに空気が変わる。胸いっぱいに深呼吸する。特段にこれだという際立った山の景色があるわけではない。ただ緑の海が広がっているだけであるが、人為の加わらない自然が人には必要なのだと実感させてくれる空間がそこにあった。 
 
(やまかわ よういち=日本山岳会理事・自然保護委員会担当) 


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