2008年02月22日11時51分掲載
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いのちの外国依存は危険だ! 食と安全保障の自立を求めて 安原和雄
中国製ギョーザによる中毒事件、沖縄での米兵による少女性暴行事件、そして海上自衛隊イージス艦が漁船に衝突し、漁師の父子2人が行方不明になった事件―大きな衝撃を与えたこの3つは、関連のない別々の事件のように見えるが、実は深部ではつながっている。その背景にある共通項は、何にもまして大切な日本人のいのちを外国に頼るという自立性を失った依存型政治経済構造である。
具体的には国民のいのちの源(みなもと)である食料の大半を外国からの輸入に依存し、同時にいのちの安全を米軍主導の日米安保体制に依存している。この歪(ゆが)められた危険な構造に着目し、食と安全保障の自立をどう実現していくのか、いいかえれば「いのちの安全保障」を国民の手に取り戻すことができるのか、を問う時である。
▽中国製ギョーザの中毒事件と毎日新聞「記者の目」
ギョーザの中毒事件に関連する記事では中村秀明記者(毎日新聞大阪経済部)の「記者の目」(08年2月14日付)が光っている。つぎのような見出しで書いている。その要旨を紹介しよう。
消費者は甘やかされる存在なのか
保護より自覚促すべきだ
生産者と連携し良品を
福田康夫首相が打ち出す「消費者行政の一元化」を具体的に検討する有識者会議が初会合を開いた。消費者行政を一本化するという。私は基本的な発想に疑問を感じる。いま必要なのは、消費者をますます無責任で無防備な存在にしてしまう「保護」ではなく、役割と影響力を「自覚」させることだ、と思うからだ。
80年代の半ば、「消費者ニーズ」という言葉が大手を振り始めると、おかしくなった。消費者は学ばなくなったし、買うという行為以外で働きかけなくなった。生産者の側に、ニーズをくみ取ることが求められ、できないのは努力が足りないとされたからだ。生産者はニーズを「安い」「便利」「手軽」に単純化し、消費者を「神様」「王様」とおだて、わがままを増長させた。
減反を進めてもコメが余り、食料自給率が40%を切った理由は、「日本人の食生活の変化」「経済の国際化」と言われる。
中国製ギョーザの農薬混入は怖い話だが、1500キロ離れた外国の工場で半年以上も前に製造され、冷凍保存した食品を口にすること自体、無理がすぎるというものだ。
福田首相は「生産者重視の行政を消費者重視に転換する」との主張を繰り返している。生産者とは大企業経営者か、それとも農家、漁師、近所の商店主、町工場の経営者なのか。彼等は敵なのだろうか。
むしろ今ほど、消費者と生産者とが手を結ぶことが求められている時代はない。
〈安原のコメント〉― 低すぎる日本の食料自給率
福田首相の「消費者行政の一元化、消費者重視への転換」という方針だけでは解決策にならないという「記者の目」の批判は当然として、特に注目すべき指摘はつぎの3点である。
*食料自給率が40%を切ったこと
*外国の工場で製造された食品を口にすること自体、無理すぎること
*消費者と生産者とが手を結ぶ必要があること
なかでも日本の食料自給率の低水準に着目したい。主要先進国の食料自給率(カロリーベース、2003年)をみよう。
高い順に並べると、オーストラリア237%、カナダ145%、アメリカ128%、フランス122%で、この4カ国は余剰食料の輸出国である。一方、自給率100%以下はスペイン89%、ドイツ、スウェーデン各84%、英国70%、イタリア62%、オランダ58%、スイス49%、日本39%(ただし2006年)で、これら諸国は不足食料の輸入国である。
それにしても日本の39%という低水準は異常である。このことは食料、つまりいのちの源の6割強を海外に依存してわけで、日本は国民のいのちとその糧道を外国の手で抑えられていることを意味する。
▽米兵暴行事件に対する女性団体による抗議文
沖縄での米兵暴行事件(2月10日発生)に対する抗議の声は地方議会や市民平和団体などの間に広がりつつある。ここではその一つ、女性団体による以下のような抗議文(要旨)を紹介する。これは「みどりのテーブル」(環境政党を目指している組織で、昨年の参院選東京選挙区で当選した川田龍平氏を支援した)の情報交換ML(2月14日付)で入手した。一般のマスメディアには載っていない。
在沖米兵による女子中学生性暴力事件に抗議し■
公正な事件解決と根本的防止策を要求します。■
内閣総理大臣 福田康夫 様ほか
アメリカ合衆国大統領 ジョージ・W・ブッシュ 様ほか
私たちは、昨年の沖縄、広島における性暴力事件に続いて、2月10日、またもや米軍人による悪質な性暴力事件が繰り返されたことに、やりきれない怒りを覚えている。
もうたくさんである。これ以上、女性・少女の人権と地域の安全を無視したまま、日米軍事同盟を強化する在日米軍再編を私たちは容認できない。私たちは、再び被害を招いた日米両政府に抗議し、次の2点を要求する。
1.当事件の解決にあたっては、性暴力という犯罪の性質を適切に考慮しながら、 公正な捜査と処罰がなされることを確保すること。
適切な知識と経験をもつ専門家による暴力を受けた少女の心身のケアと、家族への適切なサポートがなされること、公正な捜査と加害者への厳重な処罰、被害者への真摯な謝罪と補償が行われること、また被害者のプライバシーに配慮しつつ、透明性と説明責任が確保されることを求める。
2.基地周辺における性犯罪その他の暴力を防止するために必要なあらゆる措置を、地域政府・住民・女性団体・市民団体との協議の上でとること。
高村外務大臣は、今回の事件について「国民感情からみて、日米同盟に決してよいことではないので、影響をできるだけ小さく抑えるようにしたい」と、なお女性の人権よりも日米軍事同盟を優先する発言を行っている。しかし、軍事同盟こそが女性の安全を危うくしている。私たちは、日本政府が今後の再発防止のために、日米地位協定(注・安原)の再交渉や行動計画策定を含め、必要なあらゆる措置をとること、基地周辺地域の自治体・住民、および市民団体や女性団体と十分な協議を行うことを要求する。
〈よびかけ団体〉
アジア女性資料センター(TEL:03-3780-5245 FAX:03-3463-9752)
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
ふぇみん婦人民主クラブ
(注・安原)日米地位協定は日米安全保障条約第6条(基地の許与)に基づき、米軍が使用する日本国内での施設、区域並びに日本における米軍の地位に関する協定。在日米軍は現在約3万7000人。面積では日本の0.6%にすぎない沖縄に米軍施設(=米軍基地)の70%以上が密集している。米兵の犯罪容疑者の身柄拘束は、この日米地位協定によって米側に有利に運ばれるケースが多い。1995年の沖縄での米海兵隊員による小学生少女への暴行事件では8万5000人の県民抗議総決起大会が開かれ、日米軍事同盟批判の動きが盛り上がった。
なお米軍基地で働く日本人の給料や米軍人の住宅建築費など本来米国が負担すべきものを日本が代わって負担する「思いやり予算」があり、08年度には約2080億円計上している。
〈安原のコメント〉― 軍事同盟こそが安全を危うくする
上記抗議文の中で「女性・少女の人権と地域の安全を無視したまま、日米軍事同盟を強化する在日米軍再編は容認できない」、「軍事同盟こそが女性の安全を危うくしている」 ― と軍事同盟に言及した文言に注目したい。今回は少女に対する暴行事件であるため、「女性や少女」に限定した表現になっているのはやむを得ないとしても、正しくは、つぎのような趣旨に言い直すべきではないだろうか。
「軍事同盟こそが人権、特に女性の人権を無視し、広く人間の尊厳を損ない、地域、日本さらに世界の安全をも危うくしている。このような日米軍事同盟を強化する在日米軍再編は容認できない」と。
後を絶たない米兵の犯罪の根因は軍事同盟そのものにあり、「綱紀粛正」、「再発防止」(高村正彦外相の発言)などという小手先の対応策が有効とは考えられない。
▽海上自衛隊イージス艦の衝突で漁船の父子が行方不明
2月19日未明、千葉県南房総市沖合の太平洋で海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」(注)が漁船と衝突し、漁師の父子2人が行方不明となった。22日現在、行方不明のままである。自衛艦が引き起こした民間船の大破・沈没事故は、潜水艦「なだしお」の衝突で遊漁船の釣り客ら30人が犠牲になった大惨事(88年7月)以来である。
(注)海上自衛隊で5隻目の最新鋭のイージス艦で、米国で開発された。イージスとはギリシャ神話に出てくる「万能の盾」のこと。高性能レーダーを装備、敵の航空機やミサイルをを探知し、同時に10個以上の目標を迎撃できる機能を備えているとされる。ヘリコプター1機を搭載できる。調達価格は1400億円。
大手6紙の社説(2月20日付)はこの事件をどう論じたかをみよう。見出しを紹介する。
読売新聞=漁船との衝突も回避できぬとは
朝日新聞=イージス衝突 なぜ避けられなかったか
毎日新聞=イージス艦衝突 どこを見張っていたのか
日経新聞=「なだしお」の反省はどこへ
産経新聞=イージス艦衝突 海自は緊張感欠いている
東京新聞=イージス艦 あってはならぬ事故だ
以上のように一様に批判的だが、ここでは毎日新聞社説のつぎの指摘に注目したい。
それにしても、数百キロも離れた複数の空中標的を同時に探知、追跡できる高性能レーダーと情報処理能力を備えたイージス艦が、なぜ目の前の漁船と衝突するような初歩的な事故を起こしてしまったのか、疑問はつきない。
海自によると、イージス艦の高性能レーダーは対空専用のため、周辺海域に対しては他の艦船と同様の水上レーダーを使用していて、小さな漁船だと捕捉できないこともある―と。
〈安原のコメント〉― いのちを守るための「最新鋭」ではない
毎日社説のこの指摘は今回の事故の核心の一つを衝いている。最新鋭イージス艦の高性能レーダーは敵機やミサイルなどに対する防空専用だという点を見逃してはならない。有り体にいえば、海上を走る小さな漁船はイージス艦としては眼中にないということだろう。
「最新鋭」とは、戦争のための兵器として最新鋭 ― もっとも実戦でどの程度有効なのかは、実戦経験はないのだから不明だが ―なのであり、国民一人ひとりのいのちを守るうえで最新鋭の能力があるのではない。今回の衝突事件で「国民の生命、財産を守るのが任務の自衛隊なのに、いったいどういうことか」という批判の声が高まっているが、それは自衛隊に対しては、期待はずれに終わるだろう。
もともと軍隊には「一人ひとりのいのちを守る」という意識は希薄である。軍事力、兵器なるものは本来そういう特質をもっていることを今回の痛ましい事故に学ぶ必要があるのではないか。
▽「いのちの安全保障」を国民の手に(1)― 自給率向上と「食の自立」
相前後して発生した3つの事件が投げかけたテーマは「いのちの安全保障」を国民の手に取り戻すために何ができるか、であると考える。私は数年来、従来の「軍事力中心の安全保障」に代わる「いのちの安全保障」という新しい安全保障観を唱えてきた。その一つの柱として「食の自立」を挙げたい。「食」すなわち「いのちの源」の海外への依存度を大幅に削減する「食の自立」であり、そのための自給率向上が必要である。
農水省の発表(2月15日)によると、国内の製粉会社に売り渡す輸入小麦(主要5銘柄)の価格を4月に一律30%引き上げる。国際価格の高騰を背景に平均輸入価格が大幅に上昇したためで、小麦粉、パン、めん類、ビスケットなど小麦を使用した製品の値上げに波及するのは必至の情勢である。
輸入食料は国産物よりも割安が利点とされてきたが、輸入品の値上げで、その利点も薄らいでくる。地球温暖化などを背景に食料不足が世界規模で生じる懸念も高まっており、食料自給率が異常な低水準に落ち込んでいるうえに、世界最大の食料輸入国でもある日本が一番大きな打撃を受ける。
食料自給率の低水準は、自然現象ではない。「割安の食料を海外から輸入するのは当然」という歴代保守政権の安易な食料輸入自由化政策とそれを合理化してきた現代経済学者たちによる人為的な政策結果であり、その責任が問われることにもなるだろう。
食の自立のためには何が求められるのか。庶民の智恵に学ぶときである。
毎日新聞(08年2月15日付)は「便利の落とし穴 中国製ギョーザの警告」、「日本の食に危機感」と題する「読者の反響特集」を組んだ。その一つ、「安さ追求改めよう」と題する投書(福岡市、57歳の女性)の趣旨を紹介しよう。この投書は以下のように今後の望ましい食の自立のあり方を提案している。
私は今は冷凍食品の利用は皆無で、自分で調理したものを食べるのが一番落ち着き、満足する。一円でも安い物に走るという態度も、考え直すべき時が来ていると思う。
〈私が掲げる理想〉
*国民が食べる食料は自国で作る
*地産地消を推進する
*料理に手間を掛けることを良しとする
*安全な食品には相応の代価を払う
投書が唱えている国内産を第一とする地産地消(生産者と消費者とが連携し、地域で生産した食をできるだけその地域で消費すること)をさらにどう広げるか、が大きな課題として浮上してきた。ただ「偽」ばやりの日本であり、国産なら万全というわけではない。とはいえ食の生産者 ― いのちの源の生産者という自覚を持つこと ― と、食の消費者 ― 動植物のいのちをいただいて自らのいのちを持続していることに感謝の心を抱くこと ― とが手を結び合い、再出発するときであろう。
これは「いのちの連携」を旗印とする食と農業の新たな門出を意味する。さらにいま勢い盛んなグローバリゼーション(地球規模化)からローカリゼーション(地域重視)への転換を目指す試みでもあることを指摘したい。
▽「いのちの安全保障」を国民の手に(2)― 非武装へ、さらに米軍基地撤去を
「いのちの安全保障」という新しい安全保障観の一つの柱が上述の「食の自立」であり、もう一つが日本非武装のすすめ、米軍基地の撤去である。そのためには日米安保体制(=日米軍事同盟)の破棄、すなわち日米安保からの自立を中長期的展望に収める必要がある。
こういう構想には平和憲法9条(軍備及び交戦権の否認)の改悪を目指すグループあるいは「日米安保=軍事同盟」至上主義者たちが拒絶反応を示すだろうことは十分承知している。しかしつぎの理由から従来の「軍事力中心の安全保障」観はすでに有効性を失っており、時代感覚からずれていると考える。そのうえ現在進行中の以下のような軍事優先の展開に「いのちを守る」という視点はどこにもうかがえない。
*米国主導のイラク侵略・攻撃・占領の挫折からも分かるように軍事力は解決能力を失っているだけではなく、世界を混乱、殺戮、破壊に追い込んでいる。
*軍備増強と軍事力行使は巨大な税金や資源エネルギーの浪費であり、地球環境の悪化を招く。しかも米国型軍産複合体にとって莫大な利益の源泉になっており、その一方で貧富の格差を広げ、いのち・人権を無視し、国民の間に大きな亀裂を生んでいる。
*日米安保体制(=軍事同盟)は日本を守るためではなく、むしろ米国の先制攻撃戦争の出撃拠点であり、その中心的役割を担っているのが沖縄米軍基地である。
*在日米軍の再編成、米日軍事の一体化の進展とともに自衛隊は米軍を補完する性格を強めている。同時に日米安保は従来の「周辺事態」にとどまらず、「世界の安保」へと地球規模に行動範囲を広げつつある。その口実が「弾道ミサイル防衛=MD」、「対テロ戦争」であり、その重要な役割を担っているのが海上自衛隊のイージス艦である。
▽「いのちの安全保障」を国民の手に(3)― カントの平和論に学ぶこと
ドイツの哲学者カント(1724〜1804年)の著作『永遠平和のために』(綜合社から07年に新訳が出版された)が最近話題を集めており、そこに学ぶことは多い。この著作最大の眼目は「常備軍はいずれ、いっさい全廃されるべきだ」という主張にある。カントはその理由をつぎのように書いている。
「常備軍はつねに武装して出撃する準備をととのえており、それによってたえず他国を戦争の脅威にさらしている。おのずと、どの国も限りなく軍事力を競って軍事費が増大の一途をたどり、ついには(中略)常備軍そのものが先制攻撃を仕掛ける原因となってしまう」と。
これは先制攻撃論に立つ米国の現ブッシュ政権そのものの姿とはいえないか。日本は米軍への基地許与によって米国流の先制攻撃体制に組み込まれている限り、いのちも人権も平和も守ることはできない。先制攻撃のための日米安保体制と米軍基地そのものを日本列島上に許容する理由はもはやないとみるべきだろう。
だからといって日本が独自の核武装を含む強大な軍事力を保有するという「悪しき自立」の選択は間違っている。これは世界の中で孤立する道であり、それとは逆にむしろ非武装によって平和憲法9条の理念、「軍備及び交戦権の否認」を生かし、日米安保破棄と米軍基地撤去による自立への選択こそ望ましい。「憲法9条は世界の宝」という声が世界に広がりつつあることを認識する時である。
軍隊を廃止し、国内では環境保全に熱心で、しかも平和・人権尊重の教育に徹し、対外的には積極的な平和外交を展開し、「子供たちは戦闘機も戦車もみたことがない」ことを誇りとしている中米の小国コスタリカの非武装・中立路線に大いに学ぶときである。コスタリカの軍隊廃止は、カントの常備軍廃止論と日本国憲法9条の理念の実践である。この小国は世界の最先端を堂々と闊歩している。
これに比べると、軍事力に執着し、いのちや人権を踏み潰しながら、暴走を繰り返す大国、米日(経済規模では米国が世界第1位、日本第2位)の姿は醜悪でさえある。
〈参考資料〉
・「常備軍は廃止されるべきだ! カントの平和論を今読み解く」(ブログ「安原和雄の仏教経済塾」に2007年12月6日付で掲載)
・「〈いのちの安全保障〉を提唱する ― 軍事力神話の時代は終わった」(足利工業大学研究誌『東洋文化』第25号、06年1月刊)
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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