2008年03月08日11時50分掲載  無料記事
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山は泣いている

22・ニュージーランド紀行(上) 手付かずの自然に魅せられて 山川陽一

第6章 外国に学ぶ・2 
 
 豊かな水に育まれた深い森、氷河を従えた雪と岩の頂、美しい流れと湖水、光り輝く海、内陸に深く入りこんだフィヨルドの世界。ニュージーランドは自然をこよなく愛する者達にとって、一度は訪れてみたい垂涎の地である。 
 
 登山の世界に思いを馳せると、エベレストの初登頂に成功して英国女王からサーの称号を与えられたかの有名なエドマンド・ヒラリーもニュージーランド国籍の人だし、そういえば、1996年難波康子さんが日本人女性として二人目のエベレスト登頂者になりながら登頂直後からの天候の急変で大量遭難の犠牲者のひとりになってしまったとき属していたパーテイのガイド会社も、ニュージーランド人の尖鋭的な登山家ロブ・ホールが主宰するものだった。ニュージーランド南島のサザンアルプスで技術と精神を磨いて世界に飛び立っていった有名なアルピニストは枚挙に暇がない。 
 
 ニュージーランドは南半球、オーストラリアの南東に浮かぶ島国で、南北に伸びる国土は日本の約70%、北島と南島から成る。人口は360万人、日本の何と35分の1にすぎない。しかもその3分の1の120万人は北島の都市オークランドに集中しており、次が南島のクライストチャーチで36万人だというからびっくりする。ニュージーランドという国を理解するためのすべての原点はこの人口の少なさにある。ほんの一握りの都市部をのぞいては、羊しかいない牧場と豊かな原生林と山岳地帯からなる手付かずの大地が広がる。 
 気候的には1.2月が夏で、観光には一番いい季節である。気温は北島が高く南島が低いのも日本と逆である。 
 
 今回の旅はツアー会社の企画に参加するということで、わたしたち家族3人のほかツアーリーダーを含めて10名の構成であった。 
 
 本来、何もかもおぜん立てされたツアー旅行にのって動くのは自分の好みではない。旅は、自ら計画し、気のあった仲間同士で行きたい。ましてそれが山歩きが主体のものであれば、自分自身で計画し実行するのが本来の姿であると考えている。商業ツアーの参加メンバーを自分で選ぶわけにはいかないから、気の合わないグループの中に入ったらどうしようとか、危険に遭遇したときのグループとしての危険予知能力や対応力が十分あるのだろうか、とかいろいろ考えると不安が付きまとう。 
 
 一方、短期間で効率よく未知の世界を探訪しようと思ったら、研究し厳選されたルートと受入態勢、経験豊かなツアーリーダーの元で行動するツアー旅行が断然有利である。私流にやっていたらとても行けないようなところや、行けたとしても、かつてのヒマラヤ登山のように一握りのエリートクライマーが大登山隊を組織してようやく手が届くところにさえ、いまや手軽に行けるようになったのは、全く商業ツアーならではの功績である。 
 
▽クイーンズタウンとベン・ローモンド山 
 
 クイーンズタウンはワカテイプ湖(Lake Wakatipu)の入江に面した山間の町である。あまりに美しいので女王が住むのにふさわしい町ということでクイーンズタウンと名づけられた。人口約8千人の小さな町だが、夏の間は観光客で3万人以上に膨れ上がる。ダウンタウンの町並みはカナデイアンロッキーの町バンフに似ている。レストランと土産物屋、登山を中心としたアウトドアーの店が軒を連ね、バンジージャンプ、パラグライダー、ジェットボート、釣り、ミルフォードサウンド観光、ミルフォードトラックやルートバーントラックのガイドつきツアーなどのエージェントの看板が目を引く。 
 こんな所に数か月滞在して、ニュージーランドの自然をじっくり探訪してみたいと感じるのは私だけではないだろう。夏のこの時期、平均最高気温が20度Cで最低が8度Cというから快適この上ない。一日の中の温度差が大きいのと、時には雪に見舞われたりすることもあるから日本の夏とは少しばかり状況が違うようだ。現に今回も、旅のはじめにクイーンズタウンのホテルから眺められた山の頂が、2泊3日のルートバーントラックのトレッキングを終えて再びホテルの戻った時は白く雪化粧していた。 
 
 われわれは快晴に恵まれたクイーンズタウンでの一日、足慣らしのために、町の北西にそびえるベン・ローモンド山(Mt Ben Lomond1746M)に登ることになった。クイーンズタウンの大抵の観光客が訪れるゴンドラの終点(812メートル)が登山口になっている。ここからでもワカテイプ湖の景観は十分に美しいが、登山道の木立の中を15分ほど登るとあっさり森林限界をぬけて、前方にベン・ローモンドの山塊、眼下にワカテイプ湖が一望できるプラトーに飛び出す。 
 ここはパラグライダーのスタート台になっており、すでに色とりどりの何組かのパラグライダーが快晴のワカテイプ湖の上空を気持ちよさそうに飛行しており、更にまたひとつまたひとつと飛び立つ準備をしている。人は足があるのにわずか15分のここまでなぜ登らないのか、15分登れば何十倍も価値ある光景を手にすることができるのに、なぜか、恐らく99%の人が、ゴンドラ駅に直結したレストランの展望台から景色を眺めて土産物を買って帰っていってしまう。 
 
 パラグライダーの丘から先は赤茶けた地膚がむき出しの禿山で、目に付く植物はタソックと呼ばれるイネ科の雑草だけである。飛行機で上空から見る限りこの周辺の低山はみんな同じ様相を呈している。日本の感覚でいうと、普通森林限界を超えると這松などの低木帯があり、更に高度をあげると高山植物の咲き乱れる草原に出て、という具合に想像していると全く調子が狂う。気温がそこそこだから耐えられるが、30度を超える炎天下だったら参ってしまうだろう。 
 こんな登りが1時間半も続くと「ベン・ローモンド山頂まで1時間」の標識があり、その少し先が峠(Ben Lomond Saddle)である。峠に立つと反対側に雪をかぶったダーラン山脈やアスパイアリンの連山が遠望でき、登ってきた価値が更に倍加されるのだ。 
 
 峠から左手に道を取ると岩山のきつい登りが続き、いっきに高度をあげて、いい加減あごが上がった頃,螺旋状に道が巻きながら1746メートルの頂上に飛び出した。360度の大展望台。ワカテイプ湖の展望は更に輝きを増し、周囲に展開されるパノラマを鳥瞰しながらコーヒーを沸かし、昼食をとる。 
 
 われわれのほかにこの日登った数パーティも、思い思い記念撮影をし、ランチをとったりして頂上でのひとときを楽しんでいる。 
 
 下りも来た道を引き返し、心いくまでに景観を堪能しながら約2時間半でゴンドラの頂上駅に到着する。展望レストランでニュージーランドが誇る世界のビール、スタインラガーで乾杯。ビールとはこんなにうまいものかと再認識させてくれるワンデーハイクだった。 
(つづく) 


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