2008年03月31日17時51分掲載
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橋本勝21世紀風刺画日記
第93回:国民をマインドコントロールしてこそ軍
沖縄戦での「集団自決」をめぐる訴訟で、集団自決には軍が深く関与しているという判決が出た。原告の元隊長らの訴えが退けられ、被告の「沖縄ノート」の著者大江健三郎氏側の勝訴となった。当然の判決だとは思うのだが、本当は被告席に座るべきは元隊長さんの方ではないかとも思う。先の戦争で唯一国内で戦場となった沖縄戦は、多くの沖縄住民に無残な犠牲を強いた。しかも本来国民を守るはずの軍によるものであることに問題がある。
沖縄での日本軍の行為は、戦争犯罪ということで裁かれるべきものなのである。この裁判では取り上げられていないが、米軍に追われ逃げ込んだ壕から、住民を追い出したり、泣く赤ん坊を殺害したり、たいした根拠もなく住民をスパイ容疑で処刑したりと日本軍の犯した罪は、集団自決の強要にとどまらない。
今回の裁判で集団自決の命令など出していないと訴えた原告の元隊長さんは現在91歳、とても元気だ。だが本来ならば訴えるべき原告とは、集団自決でその人生を断ち切られた人々(女性や子供たちが多い)ではないか。無残な形で死なねばならなかった人たち、しかもわが子を殺すという罪を、犯さねばならなかった親たちの無念の思い……。
彼らが訴える相手は決してこの元隊長さんだけではない、侵略戦争を始め,続行した日本軍のおエライさんたち、政治家たちなどの権力者たちである。その無謀な戦いに引きずりこむため国は様々策を使い、国民の精神を縛り付けた。たとえば「生きて虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓を一般の国民の心にもうえこんだ。そんな玉砕精神を沖縄の住民に押し付けたことが集団自決をうみだしたのだ。この元隊長(当時は20歳代の若者)も巨大な戦争の歯車にうめこまれた犠牲者だともいえる。
国家が「殺し、殺される」の戦争を遂行するには国民の精神のマインドコントロールは欠かせない。軍の強制なくしてはありえない「集団自決」の持つマインドコントロールの問題は、先の戦争での日本軍にとどまらず、すべての戦争にいえることではないか。それはブッシュ・アメリカが「テロとの戦い」に突き進んだ時の、アメリカ国民にもいえる。
将来日本が戦争する国になったときも、国は当然国民をマインドコントロールしているだろう。いやまさに日本国民はそんなマインドコントロールにかかりつつあるのかもしれない。(橋本勝)
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