2008年04月06日15時48分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200804061548480

山は泣いている

25・カムチャツカにて 日本の1・3倍の土地の9割が自然保護区 山川陽一

第6章 外国に学ぶ・5 
 
▽重要資源の開発以外は自然は手つかずに 
 
 小さな日本に閉じこもっていると、発想も小さくなってしまう気がする。本当は、地球規模の大きな観点で考えなければならない問題なのに、身の回りの小さな事象だけに目が向いてしまう。時に、海外に飛び出して、その中に身をおいて、そこから日本を見つめ、地球環境全体に思いを馳せることが必要である。 
 
 その昔、2万年前の最終氷河期、陸地に蓄えられた水分によって海面は現在よりはるかに低かった時代、日本列島はユーラシア大陸から延びる大きな半島の一部であったと言われる。当然、当事のカムチャツカ半島は、千島列島を経て北海道と陸続きであったはずである。 
 総面積約47万平方キロ、カムチャツカ半島は日本の1.3倍の広大な陸地の中に、わずかに33万人の人が定住している。つい数年前までは44万人で、1平方キロに約1人といわれていたが、近年のロシア経済の立ち直りと共に内陸への移動が続いて、今の人口になった。そのうちの1万人がコリヤーク人、イテリメン人などの原住民族で、あとはロシアからの移住者で占められる。 
 地図を開くと、半島の中央を南北に背骨のように中央山脈が貫き、東側に東部山脈が横たわって、ふたつの山脈の間を一本の国道が走っている。街中を除けば、この広大な大地にこれ以外に舗装された道路はない。だから、山を登りに行くにも、釣りに行くにも、花を見に行くにも、まずは交通手段を考える必要がある。わずかに開拓された林道や水の枯れた川原を道にしてそこを全輪駆動車で走破するか、ボートで川を遡るか、ヘリコプターでピンポイントに目的地に降り立つか、ということになる。 
 
 散在する火山群は、最高峰のクリュチェフスカヤ山(4750メートル)を筆頭に160座を数える。州都ペトロパブロフスクの空港に降り立つと、眼前に、大小いくつもの富士山を連ねたような火山群がわれわれを出迎えてくれる。少し車を走らせると、槍ヶ岳あり、穂高岳あり、氷河をいただいた涸沢のカールあり、そして北海道のたおやかな山並みありという感じで、山の姿にまるで日本にいるような親近感を覚える。そんな山々から続く森と草原、そこから血管のように派出する無数の川。海と川を行き来する大型魚、森と草原に生きる動物たち。 
 
 気候は夏季3ヶ月を除くと雪に閉ざされる寒冷の世界である。見渡す限りの緑の海は、ハンノキ、ヤナギ、カンバ類が主体の森と草原で、植生は単純である。その間を悠然と川が蛇行して流れる。短い夏の間に、すべての植物は大急ぎで葉を茂らせ、花を咲かせ、実をつける。日本でいう高山植物が平地からあるのもカムチャツカで、それこそいたるところに、日本では、山地や高山帯でしか見ることが出来ない高山植物が咲き乱れる。 
 ヤナギラン、クルマユリ、ヒオウギアヤメ、ガンコウラン、コケモモ、ゴゼンタチバナ、エゾツツジ、ミヤマキンバイ、クモマグサ、チョウノスケソウ等など、大半が日本名を持ったもので、カムチャツカの固有種はごくわずかである。このことからも、かつてこの地が日本と陸続きであったことが証明される。日本の山の高山植物が氷河時代の遺物と言われる所以でもある。 
 絶滅危惧種として問題になっているアツモリソウなども大群落を作っている。日本では、花の踏みつけや盗掘が大きな問題であるが、この地の野山を歩いていると、あまりの豊富さに、盗掘などという邪気は起きようがない。写真を撮るため少しばかりトレールを踏み外しても、誰も気に留めない。 
 
 トイレも、特定のキャンプ地以外はまったくないから、野生動物のしきたりに従って、青空の下で用を済ます。それもごく自然の行為で誰も問題にしないし、実際のところ問題でもない。問題があるとすれば、一歩藪に踏み込んだとたんに猛烈な蚊の集団に襲いかかられることだろうか。一緒に行った女性たちは一様に丸出しのお尻を刺された。ボクもオシッコの最中に、尖端にとまられて、たたくことも振り払うことも、引っ込めることも出来ないで、往生した。 
 
 まあ、それだけ自然が豊かだという証明だろう。日本の経験でも、白神山地の奥地のキャンプで、蚊の大軍に襲われて一睡もできない夜があった。 
 
 植物は、樹木も草花も、大半が、気候のせいで矮小化しているが、哺乳動物や魚たちは一様に大型化している。それは多分、広大な自然の中で十分な餌にありつけることと、人間による乱獲がないことなのだろう。ヒグマは、北海道のものより一回り大きく成獣で3メートルを超えるし、サケやマス、イワナ、イトウたちも一様に巨大である。 
 
 この自然の豊かさの原因は一体何なのか。その根底に気候の厳しさと人口の少なさがあるが、もっと根源的には、カムチャツカの90%が国による自然保護区に指定されていることに行き着く。ロシアの重要な資源である金銀の採掘と漁業を除いては、基本的に自然に手をつけることは許されない。狩猟も魚釣りもすべてライセンスが必要で、一定のルールに基づいて行われている。 
 
 一緒に行ったメンバーの中に、いまやロシアは金持ち国家になったのだからスグにでも道を舗装してほしいと訴えているひとがいたが、そのような人は別のところに行ってもらえばいい。日本の経験で言えば、立派な自動車道路が出来たとたんに、観光施設が整備され、観光客が激増して、自然が一気に喪失する。すべての自然破壊は、一本の舗装された自動車道の建設から始まる。 
 
 見渡す限り、地平線の彼方まで、一片の人造物も見当たらない緑の森と草原、その中をおもむくままに悠然と流れる川、頂上に続く一筋の踏み跡が道しるべであり登山道でもある山岳。そんな中を、過去から今日、そして未来へ、時が流れ、世代交代を繰り返している植物や動物たち。次世代に引き継がれるべき原生の自然の姿をこの地に見た。 
(つづく) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。