2008年04月06日15時58分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200804061558240
サブプライム問題と米帝国の終末 「リベラル21」での論議から 安原和雄
アメリカのサブプライム・ローン問題は結局のところ何を意味するのか。不動産バブル崩壊から始まった今回のサブプライム・ローン(信用力の低い個人向け住宅融資)の破綻は単に信用・金融の破綻にとどまらない。マネーゲーム型資本主義、新自由主義経済路線の行き詰まりとその病根をあらわにし、世界的な株安、ドルの大幅安(1ドル=100円の大台割れ)を招いた。そのうえ覇権主義をめざす「アメリカの時代」、「アメリカ帝国」そのものの「終わり」という展望にまで広がってきている。
以上の視点に立って、ネット・メディア「リベラル21」で展開された論議を紹介する。
まず「リベラル21」(注1)に掲載された半澤健市さん(注2)のサブプライム・ローン問題に関する分析、問題提起に対し、私(安原)がコメントを加えた。それに対する回答として半澤さんが独自の見解を述べ、再び私がコメントとして意見を寄せて、意見交換という形の論議となった。以下にその内容を紹介し、最後に〈安原の感想〉をつけ加える。
(注1)「リベラル21」は、何を目指しているのか。ホームページの冒頭につぎのように書いてある。「私たちは護憲・軍縮・共生を掲げてインターネット上に市民のメディア、リベラル21を創った」と。要するに「護憲・軍縮・共生」をスローガンとするネット・メディアである。
(注2)半澤健市さんは元金融機関勤務。著書に『財界人の戦争認識―村田省蔵の大東亜戦争』(博士論文、07年3月刊)がある。その要点は「財界人の戦争・平和観を追う 侵略戦争を認識した村田省蔵」というタイトルでブログ「安原和雄の仏教経済塾」(07年6月16日掲載)に紹介されている。
▽半澤健市 ― サブプライム問題の射程(8)― ベア・スターンズ救済の100時間(08年3月24日付)
[上記の射程(8)から分かるように半澤さんは、それ以前にすでに「リベラル21」で(7)まで論じている。それを全部紹介すれば長文となるので、(7)までは割愛する]
半澤健市
1930年代の大恐慌にも生き残り、85年の歴史をもつ老舗投資銀行ベア・スターンズはどのように破綻したのか、時系列的に追ってゆくことにする。それを「ベア・スターンズ(以下ベア社)救済の100時間」と名付ける。米英の経済新聞を読んだ。邦字紙に出ていないことを選んで100時間を再構成してみたい。
〈ベア社破綻への道行〉(要旨)
すでに昨年の子会社破綻からベア社への危惧はうわさされてはいたが、こんな形で破綻することを予想していた人は業界にもいなかったであろう。
・3月13日(木)
「ウォールストリート・ジャーナル」紙がベア社の取引先が警戒感を強めていると報道。ベア社経営陣は、資金繰り不安説の否定、各方面からの問い合わせ、融資銀行からの増担保要求、などの対応に追われる。同日午後、顧客の資金引揚などで状況は極度に悪化し事実上の「取付」状態となる。午後4時半、ベア社のアラン・シュワルツ最高経営責任者(CEO)は破綻と判断する。
〈救済の100時間の開始〉
・3月13日午後6時過ぎ、ベア社のシュワルツは、「JPモルガン・チェース銀行」(以下モルガン)のCEOジェームズ・ダイモンに電話して救済の可能性を打診する。ダイモンは直ちに2人の投資銀行部門責任者のスチーブン・クラーク(休暇中のカリブ海から帰国)とウィリアム・ウインターズをトップとするベア社買収チームを組成した。
・午後7時半。
FED(連邦準備銀行)幹部も事態の緊急性と早急な対策の必要性を認識する。しかし投資銀行(証券会社)への資金供給は、ベア社を含む「プライマリーディーラー」20社に対してすでに短期金融市場参入を許していたが、その内容は業者間取引である。投資銀行はFEDとの直接取引は原則不可能である。業者間取引に必要な良質な担保がベア社にはすでにない。
1932年の連邦準備法では、FEDは商業銀行との直接取引は可能だが、投資銀行のようなノンバンクとは不可能だ。ただし7人の理事中5人の同意で直接取引は可能という例外規定があった。この規定は1930年代の大恐慌以降は発動されたことがなかった。この例外規定の発動を求めて、ベア社とSEC(米証券取引委員会=証券取引の監視機構)がFEDに対しベア社の資金繰り状況を説明する。
〈FEDによる徹夜の監査〉
FEDはそれを受けて徹夜でベア社の監査を行った。夜が明ける。
・3月14日(金)午前5時。
ニューヨーク連銀総裁ガイトナー、FED議長バーナンキ、財務長官ポールソン、財務副長官スチールが会合する。その結果、午前7時にFEDはベア社への直接貸出を決定、財務長官ポールソンはブッシュ大統領(在ニューヨーク)に事情を説明する。FED理事会は2名が空席、1名は海外出張中であったが特例により4名の賛成で決議した。
・午前9時。
NY連銀ガイトナー、財務長官ポールソン、SEC市場規制部長シリー、モルガン銀行ダイモン、ベア社シュワルツが、ニューヨーク・メロン銀行、ウォール街の主要証券会社を招集する。そしてポールソンが関係者の役割と努力を説明し理解を要請する。この救済策が伝えられたが、当日のベア社株価は57ドルから27ドルへ下落した。私が日本の衛星放送で株価暴落の様子を見ていたのはこの時、日本時間の15日午前である。
〈モルガンによるベア社の買収〉
・3月13日(木)夜にモルガンのベア社買収チームはスタートしていた。
・3月14日(金)には、不良債権化するリスクの多いベア社保有の住宅金融関連資産の査定方法を検討する。
・3月15日(土)午前8時、ニューヨーク市中心街パークアベニューのモルガン本社の8階の幹部専用フロアにある役員室へ、40人の行員が、秘密裏に招集された。ここは「臨時の戦闘準備室」となった。投資銀行業務担当の役員ブラックとウィンターズ両名の指示で、彼らは十数班に編成された。ベア社の実態を調査査定するためである。通りを距てたベア本社に乗りこんだ。帳簿やデータをひっくり返してくまなく調査した。モルガン側の動員数は200人に達した。
・15日夜、モルガンは、ほぼ買収の結論に達して投資家への説明策の作成し始める。買取株価は、同日引値27ドルのほぼ半値、二桁の数字を想定していた。
〈査定困難な不動産関連資産〉
しかしベア社保有資産の査定は最終結論が出なかった。ダイモンと部下行員は8階の部屋中を歩き回って新情報の収集につとめる。 そしてモルガンは、大胆にもFEDに対して買収により発生するリスクを限定する方策を求める。ベア社保有の証券に対して数百億ドル単位の保証をしてくれというのである。虫がいい話である。これが実現すれば中央銀行としては前例のない行動となる。
・3月16日(日)朝。
モルガンではまだ結論がでていない。ダイモンはFEDに対してリスクが大きすぎる、買収からは手を引きたい。別の選択肢を考えたらどうか、と半ば脅しにでている。政権は、個別銀行の破綻に関心ないが金融市場の安定性には関心がある、「ベア社は大きすぎて潰せない」、破綻は広範な悪影響を与える、とブッシュ政権高官はいったという。FEDが政権の支持のもとで買収資金融資を決断したのは市場安定のためである。
財務省幹部によれば、ポールソン財務長官が最初にベア社に危機感をもったのは13日(木)午後であった。ポールソンは、直ちにバーナンキ、ガイトナーとベア社の処置に関する協議を開始する。彼らはアジア市場が3月17日(月)に開くまでに問題解決したいと考えた。それまでにベア社に買手がつかず倒産したら世界市場は混乱すると思ったのである。しかしニューヨーク時間の午後3時にはまだ結論がでない。
3月17日の東京市場開始まであと5時間である。次第に空気は政府保証へと流れていった。午後7時過ぎ、銀行側と政府・連銀側との交渉は遂に合意に達した。アジア市場開始まで1時間はなかった。ダイモンは直ちに融資の実行を指示した。ポールソン、ガイトナーにも知らせた。ベア社への市場の圧力の強さは「神のみぞ知る」とダイモンはいった。ダイモンはモルガンがもっていないベア社の有望業務を救済した上、ベア本社社屋までを安く手に入れたのである。ベア・スターンズ救済の100時間はこのようにして終わった。
〈この緊迫した救済劇をどうみるか〉
ベア・スターンズ買収劇は資金繰り不能で破産寸前の大手投資銀行を救い、世界的なパニックを防いだといえるかも知れない。この決断と行動力の速さを示した米国金融当局と業界を評価すべきなのか。それともブッシュ政権の屋台骨を揺るがす金融危機を感じてなり振り構わぬ手当に出ただけとみるべきなのか。救済後の一週間、株式市場は当面安定の方向に向かっているように感じられる。
しかしサブプライム問題の本質は、資産価格低下に発する不況だとすれば、バランスシートの不良債権がなくならない限り不況からの回復はない。ベア・スターンズ救済劇は、パニックを伴う長期不況の予兆的事件に過ぎない。私にはそのように思われる。
(本稿は「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」、「ウォールストリート・ジャーナル」、「フィナンシャル・タイムズ」のプリント版、電子版の最近10日間ほどの紙面を読んで再構成しました)。
〈補記・安原〉
以上の救済劇について毎日新聞(4月3日付)はつぎのように報じた。
米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は2日の上下両院合同経済委員会で、「ベア社が資金調達できず破綻すれば、脆弱な金融市場への影響は避けられないと判断した。(破綻すれば)ベア社1社の問題では済まない恐れがあった」と述べた。金融市場の現状についても「信用不安の芽は残っており、緊張が続いている」と警戒を続ける姿勢を示した ― と。
▽安原のコメント(Ⅰ)― アメリカにみる経済の破綻とドルの大幅安
半澤さんの以上の記事に対し、私(安原)は「リベラル21」に以下のコメント(3月24日付)を寄せた。
ベア社(ベア・スターンズ証券)の「100時間に及ぶ救済劇」に対する丹念な追跡を興味深く読みました。
問題は末尾の〈救済劇をどうみるか〉の評価です。特に最後の数行の「サブプライム問題の本質は、資産価格低下に発する不況だとすれば、バランスシートの不良債権がなくならない限り不況からの回復はない。ベア・スターンズ救済劇は、パニックを伴う長期不況の予兆的事件に過ぎない。私にはそのように思われる」という診断には同感です。
実はベア社救済劇終了後の3月中旬、ある研究会(私もメンバーの一人)でこのサブプライム・ローン問題がテーマに取り上げられました。
報告者の主張の要点は以下の通りです。
(1)2007年夏に明確化したサブプライム・ローンの破綻は、不動産バブル崩壊の域にとどまらず、いきなり世界的な金融問題として浮上した。
(2)最近の事態は金融問題から経済問題へと懸念が広がりつつある。
具体的にはつぎのような懸念がある。
・金融機関のバランスシート調整が発生
サブプライム・ローンによる損失で金融機関の自己資本が減少し、自己資本比率維持などのため貸し出し抑制(貸し渋り)が発生 → 米国景気の鈍化 → 世界景気への悪影響、という連鎖が生じている。
・不動産価格低下による個人消費の停滞
・世界的な株安(先行き不安の強まりの反映)
(3)国際的に高まる経済・金融分野のリスク
・米ドルの信認の低下と円高
研究会では以上をめぐって意見交換が行われましたが、考えてみるべき問題は、米国の不動産バブル崩壊を端緒とする今回のサブプライム・ローン問題は、日本が経験した1990年代初頭のバブル崩壊と同質の破綻なのか、それとは異質の破綻なのか、です。
前者だとすれば、日本の90年代の「失われた10年の経験」に、学べばよいともいえますが、後者の異質の破綻だとすれば、その打開策は容易ではありません。私は後者に近い捉え方です。
研究会の席上で以下の3点を概略指摘しました。
(1)米国における「貧困のビジネス化」の行き詰まり
サブプライム・ローンはそもそも低所得者を相手とするビジネスで、詐欺的手段(もっとも当事者はその意識はなかったかもしれないが)でローンを貸し付け、焦げ付いた。このような貧困者を相手にビジネスを仕掛けなければならないほどアメリカ経済は新たなフロンティアと未来性を失っており、そのビジネスが破綻した。だからもはやつぎの新たなビジネスが考えにくくなっている。
(2)マネーゲーム型資本主義の行き詰まり
アメリカ経済は1980年代以降、実物経済よりもマネー経済に重点がシフトしていた。日本経済もその模倣に走っているが、複雑な証券化(当事者もその実態をつかめないほど)を梃子とするマネーゲームの行き詰まりを示唆しているのではないか。
(3)ドルの下落=アメリカ帝国そのものの信認低下
アメリカが1980年代に「双子の赤字」(財政と経常収支の赤字)を背景に世界最大の債務国家に転落してからすでに20年以上も経過している。にもかかわらず軍事力を乱暴に振り回す「帝国」(対外的な債権国家であることが最低必要条件)としての面子を保持しようとしている。
これが何とか可能になっているのは、中国や日本が巨額のドル建て外貨準備の運用先として米国債を購入して、資金を米国へ環流させているからである。しかしドルが急落すれば、この資金循環も破綻する。
今回のサブプライム・ローン問題は、以上の3つの行き詰まり、破綻を表面化させつつある、というのが私の診断です。アメリカ型資本主義経済に巣くう病は深刻です。もはや全治は不可能ではないでしょうか。
▽半澤健市 ― サブプライム問題の射程(9)― 安原和雄さんへの「お答え」(08年3月30日付)
私(安原)のコメントに対し、半澤さんから「リベラル21」で以下のような見解が返ってきた。
「サブプライム問題の射程(8) ベア・スターンズ救済の100時間」へのコメント拝読しました。私なりの「お答え」をいたします。
「サブプライム問題」はどこまで拡がるのか。これは大きな問題の発端に過ぎず世界の金融市場、さらには世界経済の全般的危機に至る発端ではないのか。そういう問題意識を私も安原さんと共有いたします。
安原さんの問題提起は次の4点であると理解しました。
(1)サブプライム問題は90年代の日本のバブル崩壊とどう違うか。
(2)サブプライム問題は投資機会を失った「貧困ビジネス」の行き詰まりではないか。
(3)サブプライム問題は不健全なマネー経済の行き詰まりではないか。
(4)サブプライム問題に起因するドル下落は、債務国に転落したアメリカ経済が外資と過剰消費で支えられてきたシステムの行き詰まりではないか。
以下は私の「お答え」です。
(1)バブルの形成と崩壊の本質は同じと思いますが、日本は国内問題だったのに比べ債権者が海外に散らばっている点が決定的に異なります。公的資金投入政策でも合意を取りつける当事者の数が異なります。
(2)投資機会を失ったとは思いません。バブルは対象を選ばず、どこにでも起きると思います。オランダのチューリップ恐慌に始まり人間は後で考えると信じられないバカな「投資行動」を繰り返しています。
(3)必ずしもそうは思いません。なぜならマネー経済の拠ってきたる所以やマネーと実態との適正な比率がいまだに解明されたと思えないからです。
(4)お説のように80年代に米国が債務国に転じて以来、定性的にはいつ「アメリカの時代」が終焉しても説明はできると思います。問題は、ベクトルよりも「何時」「どのような速度で」起こるかです。債務超過のツケは最後には国内貯蓄と外国から受けとる利子配当などに依存しますが、国民の本源的貯蓄も底をついてきているようであり、今度はいよいよ「終わりの始まり」であるような気がします。
ところで私が今度の救済劇で感じたことは二つあります。
一つは「自由放任の終焉」ということです。
1926年のケインズ論考に発するこの思想は30年代から半世紀の間、世界経済を支配したのち、80年代に「新自由主義」によって取って代わられました。それから30年経過すると、永遠と見えた「新自由主義」イデオロギーも年貢の納め時が来たようです。「新自由主義者」または「市場原理主義者」の奉ずる原理を一言でいえば、「市場に任せれば全てはうまくいく」ということでしょう。
しかし顧みれば、その間の主要な金融危機の決定的な救済者は「市場原理」ではなく「国家」や「業界組織」や「国際機関」でした。84年のコンチネンタル・イリノイの破綻、80年代末から始まった貯蓄貸付組合(S&L)危機、97年のアジア通貨危機、98年のヘッジファンドLTCMの危機。いずれも「経済外的強制」の手が深刻なシステミックリスクを回避しました。今回も同じです。
ここまで書いたら、Financial TimesにThe market no longer has all the answers. by Michael Skapinker, March 24という記事を見つけました。「いまや市場は全能の解決者に非ず」とでも訳せましょう。私と共通する問題意識のように読みました。
二つは「証券と銀行」の分離の再構築の必要性です。
30年代大恐慌の教訓は「証券と銀行」の分離でした。グラス・スティーガル法や証券取引法の制定です。預金と貸出は商業銀行で、市場からの資金吸収と配分は投資銀行(証券会社)にという棲み分けです。これに対応した公的機関が確立しました。業界棲み分けによるリスクの回避という有効な政策も、「新自由主義」の繁栄と並行して「なし崩し」に垣根がなくなりました。そのうえ理学部数学科を出た人間でないと理解不能な金融工学が現れ、錬金術のような金融派生商品derivativesというものが発明されました。金融リスクは百鬼夜行の世界のなかにバラ撒かれました。
今度の救済劇で明らかになったことは、イエール大学のルービニ教授の考察による「影の金融システム領域」shadow financial systemの存在であり、連邦政府・連邦準備制度・通貨監督官・証券取引委員会というアメリカの誇る金融制度の行政・監督機構の監視の眼を逃れるシステムの跳梁跋扈です。しかもそれが世界大に膨張しているという現実です。メディアにもいくらかこの論議が現れています。しかし金融世界は制御不能になった、簡単にはコントロールできないという悲観論も生じています。
いずれにせよ、この二つは今後数年、世界金融システムを論ずるときの最重要のテーマになると思います。
▽安原のコメント(Ⅱ)― アメリカ帝国の終わりと日米安保体制
半澤さんの以上の記事に対し、私(安原)は「リベラル21」に以下のコメント(4月1日付)を書いた。
丁寧な「お答え」に感謝します。大筋では同感です。しかも後半の「自由放任の終焉」と「証券と銀行の分離の再構築」には教えられるところ多大なものがあります。ただ若干の感想を述べてみます。ここでは(4)の「アメリカの時代の終焉」に関連する話に限定します。
この「終焉」について半澤さんはつぎのように指摘しています。
問題は、ベクトルよりも「何時」「どのような速度で」起こるかです。(中略)今度はいよいよ「終わりの始まり」のような気がします ― と。
「終わりの始まり」なのか、それとも「終わりの終わり」つまり土壇場に追いつめられているのか、は判断の難しいところです。ちょうど第2の関東大震災の可能性があるとしても、それが「いつ」なのか、と同じテーマで、これは現場感覚で判断するしかないように思います。しかし可能性があれば、事前にどう備えるかが課題となります。
アメリカの場合、多くの人が指摘しているようにドルの急落(あるいは暴落?)という形をとるでしょうから、その対策は、1兆ドル(約100兆円)を超える日本の外貨準備のほとんどをドル建て米国債で運用している現状をどうするかです。
そのままにしておいてドル急落で兆円単位の巨額の差損に泣きの涙で甘んじるか、それとも運用先の多様化を選択し、少しでもリスクの分散を図るか、どちらかです。いまの自民・公明政権では残念ながら前者の選択しかないように思います。いいかえれば泥船のような脆弱な日米運命共同体に国民は組み込まれていることになります。
なぜこういう仕組みになっているのか、これは「釈迦に説法」ですが、日米安保体制のゆえです。安保体制は軍事同盟であると同時に経済同盟です。軍事同盟であることは周知のことですが、経済同盟は日米安保条約第2条(経済的協力の促進)の「締約国は、その国際経済政策における食い違いを除くことに努め、両国の間の経済的協力を促進する」という規定によって性格づけられています。日本政府が機会あるごとに「日米同盟堅持」を強調することには、以上のような経済同盟としての含意もあると私は理解しています。
日米安保体制といえども、決して聖域ではありません。不都合であれば、国民の意思によって終了させる以外に妙策はありません。念のため言い添えれば、安保条約第10条(有効期限)に「条約は、終了させる意思を相手国に通告した後1年で終了する」とあります。
さて私はあえて「アメリカ帝国」という表現を使っています。これはアメリカが日本をはじめ海外に軍事基地を張りめぐらし、世界の軍事費の半分以上をアメリカ1国で占めており、しかも覇権主義と先制攻撃論に基づいて現実に軍事力を行使しているという、際限のない暴力と無駄と浪費を繰り返す世界で唯一の負の特質を持つ国家だからです。それがアメリカのさまざまな行き詰まりの背景となっているというのが私の基本的な捉え方です。
「かつてのローマ帝国が滅びたようにアメリカも崩壊の過程に入っている」旨を演説で指摘したのは、今から30年以上も前の1971年、当時のニクソン米大統領でした。同じ共和党でありながら現在のブッシュ米大統領は世界から笑顔を消し去ることに熱心です。
〈安原の感想〉
上記の末尾の「世界から笑顔を消し去ることに熱心です」に若干つけ加えるとすれば、以下のようです。
「いや、熱心すぎます。そのことがアメリカ帝国の瓦解を早めること、つまり墓穴を自ら掘りつつあることに大統領は気づいていないのでしょうか」
それにしてもここで想い出さざるを得ないのは、米国の奴隷制度廃止運動家、フレディック・ダグラスのつぎの言です。
「権力は闘争なくしては何一つ譲歩しない」
権力とは政治権力と経済権力の複合体と理解する必要があります。アメリカ主導で、日本では小泉政権以来顕著となってきた新自由主義路線も貧困層・格差の拡大、人間の尊厳の軽視・破壊などが進み、行き詰まり、破綻を示しています。しかしだからといってそれが自動的に修正、瓦解していくわけではありません。そこには選挙権を持つ国民の明確な意思表明と行使が不可欠です
さてそれではどうするか。サブプライム・ローンの破綻は、単に信用・金融問題に限らず、こういう視点をも眼前に突きつけているように感じます。
〈参考〉以下の2つの関連記事がブログ「安原和雄の仏教経済塾」に掲載されています。
*「国家破産に瀕するアメリカ帝国 軍事ケインズ主義の成れの果て」(08年3月13日付)
*「日米安保体制は時代遅れだ アメリカからの内部告発」(07年5月18日付)
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。