2008年06月01日21時15分掲載  無料記事
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検証・メディア

平和に生きる権利 各紙社説に見る61回憲法記念日と混迷する政治 池田龍夫

  どこの国でも憲法は最高法規と位置づけられているが、「日本国憲法」第十章に『最高法規』という一章を設け、憲法の存在理由を繰り返し強調している意義を改めて反芻する必要がある。 
 
 第十章 最高法規 
  第九七条[基本的人権の本質]この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。 
  第九八条[最高法規、条約及び国際法規の遵守]①この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 
   ②日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。 
  第九九条[憲法尊重擁護の義務]天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。 
 
 第十一章(補則)の前、憲法条文締め括りともいえる三つの条文に込められた意義を、憲法施行から61年の今、じっくり再点検して「この国の針路」を明確に定めたいと願っている。 
 
▽「九条は暮らしも支える」 
 
 今年の憲法記念日に際して主要新聞の中で、改憲を主導してきた『読売』が「論議を休止してはならない」、『産経』は「不法な暴力座視するな 海賊抑止の国際連携参加を」、『日経』も「憲法改正で二院制を抜本的に見直そう」と題する社説を掲げ〝改憲姿勢〟を崩していないものの、迫力不足の感を否めない。一方、『朝日』『毎日』のほか『東京(中日)』などブロック紙・県紙の大部分が護憲または護憲的論権を主張。特に九条改正反対は根強い。「現行憲法を守ろう」との世論が高まっており、『読売』4月初めの世論調査でも「改正しないほうがいい」が、15年ぶりに改憲派を上回った点が注目される。 
 
 憲法記念日前後の県紙が、筆鋒鋭く憲法問題を論じていたのが際立ったので、社説の一部を紹介しながら考察を試みたい。 
 
 『信濃毎日新聞』は5月2日から3日間連続で憲法社説を掲載。(上)では「九条は暮らしも支える」と題して「九条の歯止めがなければ、東西冷戦が厳しさを増す中で、日本は米軍からより大きな軍事的役割を求められていたはずだ。…日本人が享受してきた安全で豊かな暮らしは多分に、憲法に支えられている。…憲法は平和を旨とする日本の基本政策の、いわば〝保証書〟にもなっている」と述べ、(中)「生存権を確かにしたい」では、第二五条に規定した「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」の行使と、年金・医療制度などの弱者いじめへの異議申し立てを呼びかけている。 
 (下)「表現の自由の曲がり角」では、「集会、結社、及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と謳った第二一条を侵害する事件多発への憂慮を表明。映画「靖国」の上映中止騒動やイラク派遣反対のビラ配り有罪判決などの〝言論妨害〟の風潮を指摘、併せて国民の自主規制ムードに警告を発していた。「表現の自由」は基本的人権の支柱になるもの。この自由が侵害されたら市民生活が脅かされるわけで、特に一項を設けて論じた同紙の問題意識に共感した。 
 
 『沖縄タイムス』は3日(上)「9条を〝国際公共財〟に」、4日(下)「貧困と格差が尊厳奪う」連続で憲法社説を掲げた。 
(上)の記述は鋭く、「イラク攻撃は国連憲章違反の疑いが濃厚である。米国でも『誤った戦争』だとの評価が定着しつつある。問題は『毒を食らわば皿まで』の姿勢に終始する日本の外交・安全保障政策だ。イラク国内の戦闘地域と非戦闘地域の区別を問われ、小泉純一郎首相は『自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ』と答えた。航空自衛隊によるイラクでの空輸活動は憲法九条に違反するとの名古屋高裁の判決に対し、田母神俊雄航空幕僚長はちゃかすように答えた。『私が(隊員の)心境を代弁すれば〝そんなの関係ねえ〟という状況だ』。この発言からは憲法九九条の『憲法尊重擁護義務』を守ろうとする姿勢が全く感じられない。戦前の歴史をひもとくまでもなく、指揮官が平気でこのような物言いをし始めるのは危険である。ここに見られるのは憲法九条に対する根深いシニズム(冷笑主義)だ。…憲法前文と九条に盛り込まれた平和主義と国際協調主義は、戦争体験に深く根ざした条項であり、沖縄の歴史体験からしても、これを捨て去ることはできない」と指摘していた。 
 
▽「衆参ねじれ」と国会審議の改善策 
 
 朝日「現実を変える手段として」、毎日「事なかれに決別を」、東京「なぜ?を大切に」も九条や生存権に論及して、憲法を現実に生かす道を論じていたが、毎日の「ねじれ国会」に関する指摘は尤もなので、この問題をもう少し掘り下げて考えてみたい。 
 
 憲法第五九条[法律の議決、衆議院の優越]は、法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。②衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。③前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。④参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる」と規定している。 
 
 「ねじれ国会の非効率性だけを言うのは一方的だ。〝ねじれ〟になる前の自民党はどうだったのか。強行採決を連発する多数の横暴だったと言えるだろう。〝ねじれ〟以降、自民党は話し合い路線の模索に転じ、福田康夫首相は道路特定財源の一般財源化を約束するに至った。〝ねじれ〟なしでは起こり得なかったことである。カラオケ機を買うなど、年金や道路財源のデタラメな運営も〝ねじれ国会〟の圧力があって明らかになったことだ。……憲法が両院不一致の場合の打開策としている両院協議会は、いま、ほとんど機能していない。両院それぞれ議決した側から十人ずつ委員を選ぶ仕組みだから、打開策がまとまりにくい。委員選出の弾力化など、その活性化に早急に取り組んでもらいたい」(毎日5・3社説)との指摘に共感する。 
 
 第五九条①②③④各項を活用する努力を怠って、〝みなし条項〟のみ乱用することが、国会混乱の元凶ではないか。ところが、読売社説は「政府・与党は、憲法第五九条に基づき、インド洋での海上自衛隊の給油活動再開のための新テロ特別措置法とガソリン税を復活させるための税制関連法を可決、成立させた。この際可決は、憲法上、何の問題もない」とコメントし、野党にだけ責任を転嫁する主張は、政権与党寄りの偏った見方であり、容認し難い。日経は、衆参ねじれ現象を見直すための改憲を求めているが、昨年の参院選での〝野党過半数〟の民意を無視した、短絡的な主張と言わざるを得ない。 
 
 「憲法は政府・公権力の勝手な振る舞いを抑え、私たちの自由と権利を守り幸福を実現する砦です。憲法を擁護するのは公務員の義務(第九九条)です。国民には「自由と権利を不断の努力で保持する」責任(第一二条)、いわば砦を守る責任があります。その責任を果たすために、一人ひとりが憲法と現実との関係に厳しく目を光らせ、『なぜ?』と問い続けたいものです」(東京5・3社説) 
 「憲法は国民の権利を定めた基本法だ。その重みをいま一度噛み締めたい。人々の暮らしをどう守るのか、みなが縮こまらない社会にするにはどうしたらいいか。現実と憲法の溝の深さにたじろいではいけない。憲法は現実を改革し、住みよい社会をつくる手段なのだ。その視点があってこそ、本物の憲法論議が生まれる」(朝日5・3社説) 
 
 ――憲法の理念を〝武器〟に、平和と幸福を追求していく国民の努力が肝要で、事なかれ主義に陥らないよう心すべきである。  (いけだ・たつお=ジャーナリスト) 
 
*本稿は、「新聞通信調査会報」08年6月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です 


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