2008年06月23日17時33分掲載  無料記事
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山は泣いている

31・風力発電を考える 森林破壊への配慮が課題─伊那市の場合 山川陽一

第8章 開発か自然か・3 
 
 中央高速道を伊那インターで降りると、三峰川(みぶがわ)の流れを隔てて鹿嶺高原(かれいこうげん)が大きな裾を引いて横たわり、その奥に入笠山が遠望できる。入笠山の山頂に立てば、南アルプス、八ヶ岳、富士山の大展望が拡がる。一昨年、この入笠山、鹿嶺高原一帯に、高さ100メートル、発電能力1000KW/Hの巨大風車60基が立ち並ぶ風力発電基地の建設計画が持ち上がった。 
 この風車を立てるのに、1基あたり10トン積みダンプ720台分もの掘削残土が出るという。その建設には、機材、部材、排出土砂の運搬のため、ダンプや大型トレーラーを通すための道路の新設が必要で、大きな山地森林破壊を伴う。完成後の山岳景観は一変するだろう。風の通り道は鳥の通う道と言われ、バードストライクと呼ばれる鳥類の衝突も大いに心配された。 
 
 風力発電と太陽光発電は、地球温暖化ガスを排出しないクリーンな新エネルギーであり、しかも資源的に枯渇の心配がないことから、国のエネルギー政策上、大きな期待が掛けられている。特に、風力発電は、コスト的にも太陽光発電に比べて一歩先んじていることから、近年、欧米に続いて日本でも注目されてきており、国からの大きな補助金も出ることから建設が加速される勢いである。 
 
 クリーンで枯渇の心配のない夢のエネルギーということになれば、まさにいいこと尽くめに見えるが、実は、二つの大きな問題がある。 
 
 第一に、風力発電も太陽光発電もお天気任せということで、発電時と未発電時の落差が極端に大きい。発電された電力は蓄電技術が低い現在、大量に貯めておくことが出来ない。売電受け入れ先の電力会社にとって、総発電量に占める風力・太陽光発電の比率が大きくなればなるほど、安定供給のコントロールが難しく、無条件の受け入れが困難になる。 
 
 もうひとつの問題は、規模の拡大に伴って環境に及ぼす影響が無視出来なくなるということである。歴史的に、水力発電のための大規模なダム開発が大きな自然破壊につながってきたように、風力発電についても、適地を求めて海岸線から山間地へ、小規模から大規模へ移行しつつある今日、自然環境へ及ぼす影響がクローズアップされてきている。特に、海岸や平野部に比べて山岳地帯における環境への影響は格段に大きい。 
 
 地球環境にやさしいクリーンエネルギー、エコエネルギーと呼ばれれば耳に心地いいが、一方で大きな環境破壊を伴うとすれば本末転倒である。かつて、国民的財産である尾瀬や上高地にもダム水没の危機があったが、先人の身を賭した努力で自然が守られてきた。あの黒部の大渓谷の壮大な景観は、黒四ダムを頭に数個のダムの建設によって無残に切り裂かれ、今では書物でしか往時の姿を知る術がない。 
 
 入笠山の計画については、地元伊那市が、開発よりも自然環境の重視に姿勢を明確にして一件落着したが、これからも同様の問題が全国各地で発生するだろう。 
 
 失われた自然は二度と戻らない。後世に残すべきものが何かを冷静に考え、見極めがついたら行動の人でありたいと思っている。(つづく) 
(やまかわ よういち=日本山岳会理事・自然保護委員会担当) 


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