2008年07月12日21時04分掲載
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G8
地球との共生能力失ったG8 あくまでこだわる市場原理主義 安原和雄
08年7月9日閉幕した北海道洞爺湖サミットが残した課題は何か。焦点だった地球温暖化対策のための中期目標について数値を含めた具体策は打ち出せなかった。地球温暖化対策はすでに外交交渉の駆け引きの次元を超えている。その成否は地球と自然と人類の生存そのものが問われる未曾有の課題となっている。残念ながら今回のG8サミットは、地球との共生能力を失った姿をさらけ出したといえるのではないか。その背景には市場原理主義にあくまでこだわるという頑迷な姿勢がある。市場原理主義からの転換以外に未来は開けない。
▽肝心の中期の温室効果ガス削減目標数値はどこへ?
北海道洞爺湖サミットでは、焦点の地球温暖化対策について何が決まり、何が決まらなかったのか。2日目の8日、主要8カ国(G8)首脳会議で採択した「G8首脳宣言」、最終日の9日、主要経済国会合(MEM=G8に新興8カ国が加わり、地球温暖化対策を話し合う会合)がまとめた「MEM首脳会合宣言」、さらに「議長総括」などから、要点を引き出すと、以下のようである。
*2050年までに世界の温室効果ガス排出量を半減させる長期目標について。
G8(日米英独仏伊加露の主要8カ国)は「半減目標」を明記したが、新興8カ国(中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、インドネシア、韓国、オーストラリアの8カ国)は「長期目標を共有する」という表現で、数値は掲げていない。この16カ国で全世界の温室効果ガス排出量の約8割を占める。
決して各国の足並みが揃っているわけではない。例えば中国、インド、メキシコ、ブラジル、南アフリカの5カ国首脳は8日、「先進国は50年までに80〜95%削減すべきだ」という宣言を出した。自国の排出量が多く、温暖化を進めた先進国こそが削減の責任を果たすべきだという考えからである。
*2020年までの排出量削減の中期目標について。
G8首脳宣言は「野心的な中期の国別総量目標を実施する」と明記したが、数値目標は盛り込まなかった。一方、新興8カ国の場合、「国ごとに適切な削減行動を遂行する」という表現にとどまり、具体性はない。
〈安原のコメント〉― 福田首相の責任
20年までの中期目標について数値をどう織り込むかが今回サミットの最大焦点となっていた。なぜなら40年も先の長期目標として「半減」を目指しても、10年先の中期目標に具体的な数値を掲げない限り、長期目標はただの夢物語にすぎないからである。
積極的だったのはEU(欧州連合)で、事前に長期目標では「半減」を超える60〜80%削減、中期目標では30%削減を明らかにしていた。しかし結果としてはそれが牽引力にはならなかった。肝心の中期目標の数値はどこかへ消え失せた。議長国、日本の福田首相が同盟国、アメリカの消極的な姿勢に配慮しすぎたためである。これは日本国内の経済界などの消極的な姿勢に応える道ともいえる。
ブッシュ米大統領は01年就任以来、軍事力中心の単独行動主義に走り、世界に混乱と破壊をもたらしただけではない。地球温暖化防止のための京都議定書(1997年採択)からも後に離脱し、環境破壊の推進役を担ってきた感が深い。その大統領の道理に反する我執ともいうべき単独行動主義に同調する福田首相の責任は小さくない。
▽WWF緊急声明 ― リーダーシップが欠けたG8首脳陣
私(安原)は今から30年前のボン・サミット(1978年、西ドイツ)に福田首相の父、赳夫首相の同行記者として赴き、取材した。さらに翌79年、大平正芳首相が議長役を務めた東京サミットでも取材にかかわった。当時と今日とはサミットも今昔の感が深いが、昨今の特徴として3つ挙げることができる。まず過剰警備、つぎにNGO(非政府組織)やNPO(非営利組織)などの積極的な参加、もう一つは市場原理主義の横行である。
この3つは相互に関連している。市場原理主義の横行とともに市民、民衆の希望や期待から離れたサミットとなり、だからこそ過剰警備を首脳陣が求めるようになった。またサミット首脳陣との溝を埋めること、あるいは市民、民衆からの主張、要求を提示するためにNGOなどの民間組織が重要な役割を演じるようになった。
今回の洞爺湖サミットも、その例外ではなかった。多くのNGOなどがサミット周辺に集まったが、その一つ、WWF(=World Wide Fund for Nature・世界自然保護基金、100を超える国々で活動する世界最大の自然保護NGO)の緊急声明(9日)を参考までに以下に紹介する。「排出削減に対し、G8首脳陣のリーダーシップが欠けている」などを力説している。
■WWF緊急声明
■主要経済国首脳会合は、全く時間の無駄だった
9日の主要経済国首脳会合(Major Economies Meeting: 以下MEMと記す)は、前日のG8サミットにおいて、排出削減に対するG8首脳陣のリーダーシップが欠けた結果、全く意味を失った。ブッシュ大統領は、新興経済国に強い気候変動対策を要求しているが、その実現のためには、まず先進国側が、強力なコミットメントを示すことが大前提であるとWWFは考える。しかし、昨(8)日のG8の気候変動に関するコミュニケは、富裕国に必要とされる大胆な政策を全く示すことができないまま終了した。
WWFグローバル気候変動イニシアチブのディレクターであるキム・カーステンセンは次のように述べている。「MEMは、全く成果がなく、中身のない結果で終了した。G8首脳陣が、途上国に対して多くのことを要求しながら、先進国自身はろくに対策をとる気がないわけであるから、当然の因果である。G8首脳陣は、過去にすでに発表した気候変動に関する合意を焼きなおして、まるで新たな合意であるがごとく見せ、世界を欺こうとした。今はG8側が行動を起こす番であり、インドや中国は、富裕国が野心的な目標を持つよう正しい主張をしている」
WWFは、8日札幌でブラジル、中国、インド、メキシコ、南アフリカ共和国のG5カ国が共同で発表した「気候変動に関する国内対策を強化する」という建設的な提案を歓迎する。その代わりにG5カ国は、先進工業国が温室効果ガスの排出量を2050年までに80〜95%削減することを求めており、その長期目標を達成する上で必要なエネルギー変革を促すために、2020年までに25〜40%の範囲での中期目標が必要であると主張している。
富裕国側が、人と自然が生き残れるかどうかが、彼らの肩にかかっているということを忘れて、交渉戦術に埋没している一方、途上国側は、温暖化の脅威を理解し、前向きに行動する強い意志を示している。昨(8)日のG5カ国の声明は、ここ数ヵ月の間にこれらの国々がそれぞれ発表した有望な政策提案を強調するものである。「途上国側が示している前向きな動きを、先進国はこれ以上無視することはできない」とカーステンセンは付け加える。
洞爺湖ではほとんど進展はなかったが、WWFは、途上国が今後も協力的な志を持って、積極的に対策に取り組み続けることを強く望む。このMEMは直ちに終了させ、8月に予定されているガーナ・アクラ、及び年末のポーランド・ポズナンにおける気候変動に関する国連会合において、国際交渉を前進させるべきであると、WWFは考える。MEMは、G8のプロセス、及び気候変動の次期枠組交渉を前進させるどころか、混乱させただけであり、全くの時間の無駄であることが証明された。
「MEMは、ブッシュ政権が、米国内にはめぼしい気候変動政策が全くないことから、目をそらさせるために、アメリカが主宰したものである。新興途上国を指差して、排出が急増していることを非難したところで、国際交渉は全く進まない。アメリカが、歴史的に大きな排出責任を負っており、一人当たりの排出量が世界で最も高いことから目をそらさせようとするのは、恥知らずな行為である」とキム・カーステンセンは強調する。
以上の緊急声明は9日、WWFジャパンからのメールによって入手した。
▽市場原理主義をどう封じ込めるかが緊急課題
8日採択された「G8首脳宣言」に何が書かれているかによって、今回のサミットの真の狙いを理解できる。外務省ホームページに掲載されている膨大な「宣言」の全文を読んだ。その結果、多くのメディアが伝えているサミットのイメージとはいささか異質の姿が浮かび上がってきた。それは日米と欧州との間に違いはあるにせよ、G8首脳陣が目指しているのが「あくまでこだわる市場原理主義」とでも評すべき路線である。これをどう批判的に受け止めるかが今回サミットの最大の焦点ともいえるだろう。
まずいくつかの指摘を宣言から抽出する。
・グローバリゼーション及び開放的な市場は大きな機会を提供する。これらの機会を市民の利益及び世界の成長のために活用することに強くコミットしている。
・国際的な貿易及び投資に対するあらゆる形態の保護主義的な圧力に抵抗する。
・開放的な貿易及び投資政策は、経済を強化する。いかなる外国投資の規制も国家安全保障上の懸念に限定されたものであるべきだ。
・世界経済にリスクをもたらしている原油価格の急激な上昇に強い懸念を有する。供給面では短期的には生産量及び精製能力が増強されるべきだ。中期的には投資拡大のための努力が必要で、産油国は必要な生産能力の増強に資する透明性、安定的な投資環境を保障すべきだ。
・最も効率的な資源配分のメカニズムとして開放的な天然資源市場の重要性を確認する。(首脳宣言の「世界経済」から)
・排出量取引、税制上の規制、料金あるいは税金等の市場メカニズムは価格シグナルを提供し、民間部門に経済的インセンティブを与える潜在力を有する。各国の事情に従って促進する。(首脳宣言の「環境・気候変動」から)
・民間主導の成長の促進を含む一連の開発政策の主要原則に基礎を置く。
・成長と活力の継続に必要な民間資本の流入を増大させ、発展への前進を不可逆的なものにするために、アフリカ諸国が自らの投資環境を改善することを奨励する。(首脳宣言の「開発・アフリカ」から)
・食料安全保障には、食料及び農業のための堅固な世界市場及び貿易システムも必要だ。輸出規制を撤廃すること、さらに開放的で効率的な農産物及び食料市場の発展を促進する。
(「世界の食料安全保障に関するG8首脳声明」から)
〈安原のコメント〉― 地球、自然、人類が生き残る道
学生向けの現代経済学教科書を無理矢理読まされたような読後感が残る。グローバリゼーション及び開放的な市場をすすめれば、効率的な資源配分のメカニズムが見事に働いて、民間企業主導の成長促進が達成される。「万事めでたし、めでたし」という希望に満ちた世界が出現されるという理屈である。自由な市場メカニズムにゆだねていれば、「万事OK」という市場原理主義賛美論といえる。
しかし現実は極楽ではなく、地獄と化している。例えば食料価格の異常な高騰によって暴動が各地で起こっている。宣言ではさすがに原油価格の急騰には「強い懸念」を表明している。ではどういう新手の対策を打ち出すのかといえば、要請の強かった「投機マネーの規制」には見向きもしないで、産油国の生産能力増強のための投資拡大のすすめである。供給力を増やせば、それでOKという単純な需給バランス論である。原油の需要をまかなうだけの供給力を簡単には増やせない「ピークオイル」、つまり原油が枯渇し始めるという難問が控えていることには無関心なのか。G8の優秀な経済官僚達の作文とはいえ、いささかお目出度いのではないか。これでは地球との共生能力を失ったG8というほかないだろう。
市場原理主義を封じ込めて、その路線からの大転換を図る以外に打開策は難しい。打開策のキーワードは食料では自給率を高めるための食料主権の確立、石油・温暖化では脱「石油」路線への転換、さらに軍事力中心主義からの転換も緊急課題である。もはや市場原理主義からの決別以外に地球と自然と人類が生き残ることはできない。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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