2008年10月16日11時01分掲載  無料記事
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社会的束縛はイヤ! 親を捨て海外移住を目指すサウジアラビアの若者たちが増加

  サウジアラビアを筆頭に世界の最大原油庫とも言える湾岸諸国の富は、近隣の貧困アラブ、アジア、アフリカ諸国の労働者を吸引し続けている。そのため、自国民は今や、少数民族と化しているのが現状だ。(齊藤力二朗) 
 
 例えば、最近クウェートの内務省が発表した統計によると、クウェートの人口が百万人であるのに対し、メード、調理人、庭師、農夫、運転手などの家庭内で働く外国人労働者数(一般外国人労働者を除く)が、本年8月の段階で50万人を超えるほど、憂慮すべき異常な高率で増殖し続けているという。 
 
 世界のムスリム(イスラーム教徒)に義務として課せられるのが、所謂イスラームの五行である。その一つであるハッジ(サウジアラビアにあるイスラームの聖都のメッカ巡礼)は、多くのムスリムが生涯一度は完遂をしたいと夢見ている。 
 そのサウジアラビアの将来を背負うべき青年男女の国外流出が静かに進行しているという。その最大の理由が、彼らが日常受けている社会的な迫害だ。 
 
 メッカ、メディーナというイスラームの二大聖地を擁するこの国は全国民がムスリムとされ、5千人の宗教警察が黒いマントを羽織り市内を巡回し市民の行動に厳しい睨みを利かす。一日五回の礼拝時間になると、店舗を閉店させ人々をモスクに誘う。またラマダーン(断食月)の日中の飲食に目を光らし、密造酒や密輸を取り締まり、親族同士以外の男女の同席、密会を摘発すべくレストランやコーヒー・ショップを立ち入り検査し、車中の男女の関係を確認するために停車を命じるなど、仕事には事欠かない。 
 
 他に息抜きをするにも、「不健全」なウェブ・サイトはすべてブロックされ、大衆娯楽の代表である映画館すら皆無では、車を猛発進させ路上や砂漠を爆走するくらいしかない。そのため、交通事故の発生率は異常に高い。 
 
 特に女性は、学業では男子学生よりも優秀でありながら、就職機会は限定されている。女性の車の運転が禁じられているから、公共交通機関が未発達の同国では職場に通うのも大変だ。またほぼ全ての行動には、夫や父親など保護者(親権者)の許可が必要である。留学するにも親族男性の同伴が条件だから、留学期間中だけの一時的見せ掛け契約結婚が起きるほどだ。 
 
 同国の王族が所有するアル・ワタン紙(2008-9-24)が掲載したサウジアラビア人評論家、アミーラ・カシュガリー女史が記した評論、「何故若者は移住を考えるのか?」を以下に紹介しよう。 
 
 以前サウジアラビアの雑誌が実施した調査には、若者たちを移住に駆り立てる理由に触れている。ある若者は理由をこう語る。「僕の生活は決まりきっていて退屈だ。喜びを感じられる唯一の時間は、サウジアラビアを離れる瞬間だ。国外での生活は変化があり楽しめる。そこには望む全てのものが得られる。娯楽・歓楽施設も公共図書館もある。より重要なのは、国外で生活することは、人をして生命を愛させること。しかし、懐具合が悪いので、今すぐ希望するスペインには出掛けられない」 
 
 別の若者はこう語る。「何処の国でも人が束縛され自由を奪われたと感じたら、いずれその場所を離れるだろう。サウジアラビアでは、社会が若者に、過酷な慣習・伝統を押し付ける。社会は先祖が体験した同じ方法で若者を生活させたいのだ。禁忌項目は日々増えているように感じる。国外移住という考えが3年前から私の頭をよぎるが、怖くてなかなか実行には踏み込めない。移住地で新たに根を張るのは容易ではなく、移住は後戻りできず、決定するには勇気が要る」 
 
 3番目の若者は、「今の仕事より好条件の仕事が見つかれば当然移住を考えるが、外国語が出来ないし、子供の教育問題があるからアラブ諸国、中でもアラブ首長国連邦が望みだ」と語る。 
 
 社会研究家のムハンマド・ドウサリー氏が行った「移住を考えさせる理由」に関するサウジアラビア青年への聞き取り調査によると、金銭的理由、すなわちより好条件の就職理由の割合は僅か4%に過ぎない。ところが、「西欧諸国での自由を求め、開放的な生活スタイルに惹かれて」が46%と首位を占めている。 
 
 サウジアラビアからの移住実行者・希望者数の公式統計は無い。しかし、アラブ全体に関して国連開発基金が2003年に発表した人材開発レポートは、1995-1996年にアラブの諸大学を卒業した30万人の25%が国外に移住したと指摘している。この頭脳流出によるアラブ諸国の損害額を年間15億ドルと同レポートは見積もる。 
 
 若者には締め付けこそが解決策だとの考えで対応し続けると、行き着く先は必ずや、カタツムリのように殻に閉じこもるか、過激行動に走るか二つに一つだ。 
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 この評論には33の読者の書込みがされている。その一例を紹介しよう。 
★ 灼熱の真っ昼間あるショッピング・モールの外で我が国の若者たちが屯しているのを目撃した。彼らはモール入場を禁止されているからだ【注:セクハラなど:モール内での不祥事が絶えないので、門番が男性だけの入場を禁止している】。中に入ると、給料や販売手数料を得ている諸国の男性店員たち(サウジアラビア人を除く)が女性用下着まで販売していた。彼らは冷房のきいた中で我々の女性たちと目を合わせ会話を楽しんでいた。 
 
★ 理由は分からないが、私も移住への想いが頭から離れず苦しんでいる一人だ。ちなみに、私は小学校の教頭で経済的には悪くは無い。 
 
 まだ男性の移住が主流だが、最近女性によるアラブやヨーロッパ諸国への移住が目立つ。アメリカのヒューストンだけで千人程度のサウジ人が国籍取得している。また永住許可で全米で生活している。 
 
 ロンドンで発行するサウジアラビア資本のアシャルク・アルアウサト紙によると、国外への移住や国籍取得を呼掛ける少なからぬ宣伝がサウジ国内の新聞に掲載されるようになった。 
 
 アル・ワタン紙(2007.9.10)は次のように警告する。 
 サウジアラビア人の国外移住はもはや個人移住ではなく、集団移住と言える。サウジは周辺地域の中でも最大の労働市場なのであるから、移住の誘引は仕事を求めてでは無く、社会的迫害だ。 
 
 同紙(2008・2・10)はこう書いた。 
 独身の青年男女は社会的差別に苦しんでいる。彼らは一般の生活から隔離されている。彼らは信頼されずライ病患者のように扱われる。そのため学業や仕事のために実家を離れても、住居を探すのにも苦労する。彼らの行動は良からぬものと決め付けられ、ショッピング・モールの門番に追い払われる。彼ら全てが時間つぶしやナンパのために入店したいわけではないのに。 
 親に対する反抗ではなく、(社会からの)冷たい差別から逃れるために、彼ら若者は老いた我々を捨てて去ってゆく。 
 
 前述の一連の記事を執筆者に送ってくれたサウジアラビアのある女子大生も執筆者にこう書いた。 
「最後の一節に深く胸を打たれました。我々は親だけを置き去りにして出てゆくとは、何と恐ろしいこと。親たちも村落から都市に移り住んだのです。そして今、その子供たちは他国へ移住しようとしています」。「他の湾岸諸国に移住できるのは富裕層だけ。同級生の女友達も卒業後アラブ首長国に移住します。移住と言う伝染病が蔓延して、私の兄も卒業後に移住するのではと心配しています。一族の若者たちは学業のために世界中に散らばっていますが、再びこの地で生活することを受け入れるとは思えません。すると、一体誰がここに残るの?」 
 
 世界最大の原油輸出国である巨艦、サウジアラビアは何処に向かうのであろうか? 
 
*本稿は拓殖大学イスラーム研究所の雑誌からの引用です。 


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