2008年10月27日15時35分掲載
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山は泣いている
46・眺望の百名山へ ブーム去り、新しい山行きの楽しさを 山川陽一
第10章 登山の大衆化がもたらしたもの・5
さしもの百名山ブームも翳りが見え始めて、最近は、すこし山に落ち着きが戻ってきた。尾瀬に例をとると、ピーク時の1996年度(平成8年度)には65万人を数えた入山者が、2005年度(平成17年度)は32万に半減した。 尾瀬ほどではないにしても、他の有名山岳領域についても漸減傾向にあるようだ。日本全体の登山人口はどうであろうか。公式のデータが無いので、感覚的にしか語ることが出来ないが、どうやら異常なブーム現象は過ぎ去ったと考えてもよさそうである。
しかし、人間の側からではなく、自然の側に立って考えてみると、ほんの少しばかり翳りが見えた程度ではまったく不本意であろう。それでは、どの程度が適正なのかということになるが、認知された測定方法が確立されているわけではない。自然へのインパクトがゼロの原生的状態と現状100までの間で、生物多様性の維持という科学的観点から検討していくということになるのだろう。
いずれにしても、ピーク時にあわせて収容能力を増やしてきた山小屋や観光業界にとってはつらいことであるが、すこし長い目で見れば、良質な自然環境が保障されてこそ、その中で商売もさせてもらえると考えるべきである。それを無視して近視眼的行動を続ければ、自然に見放され、最後は人にも見放される。
総論はさておいて、入山者をコントロールするには具体的にどうしたらいいのだろうか。煮詰まったものをもっているわけではないが、いま私の頭の中に整理されないまま雑多に駆け巡っているものを、思い出すまま書き出してみようと思う。
*山と観光地は違う
そこが観光地や遊園地ならば、「集客力を如何にして高めるか」が第一命題でいい。しかし、山での第一命題は「自然環境の保全」でなければならない。よく「保護か利用か」と言われるが、その関係は対等ではなく、あくまで自然環境の保全を優先して考える中で、どれだけ人間が利用させてもらえるかという謙虚な発想に立つべきであろう。そのためには、まず、第一に、関係者が人間優先・商売優先の観光地的発想から脱却すること。それが出来ないと、この問題は不毛の議論に終始してしまうだろう。
*何かピークカットのいい方法はないか
入山をコントロールする方法として総量抑制とピークカットの二つのアプローチがある。ただこれは、二者択一ではなく、ピークカットの対策が結果的に総量抑制にもつながるのがベストだと思う。郵送申し込みによる定員制というやり方があるが、これでは、いかにもお役所的である。手付かずにある原生の自然の保存が最優先課題である特定地域の制度としてはあり得ても、すでに大衆化している場所に適用するにはかなり無理がありそうだ。
もっと間接的な方法で、結果として期待する効果が得られるやり方は考えられないだろうか。例えば、旅行社で募集するパック旅行などは、A‐Eなどのランクがあって、繁忙期の料金や土日祝日およびその前日の料金は高額に設定されている。同じ考えを、入山料や山小屋の料金に持ち込んでもおかしいことではない。人気商品には適用されないバーゲンセールのやり方も、大いに参考になる。それによって、一極集中の山崩しがなされるならば、すべてを最大ピーク時にあわせて準備してきた不効率から脱却でき、サービス向上にもつながる。
来るものは拒まずの考え方が、諸々の設備の肥大化を招いてきた。いまや、山小屋も原則完全予約制に移行する時期に来ているのではないか。
*セカンドルートのすすめ
年間200万人が訪れるといわれる東京の高尾山に例をとってみよう。こんな高尾山でも、メインルートをはずせば静かな山歩きが楽しめる場所がたくさんある。どんな山でも同じで、目抜き通りだけを選ばないで、バラエティに富んだセカンドルートを歩くことをお薦めしたい。受け入れ側も、意識して分散に誘導する施策を打つことが大事である。メインルートについては、車乗り入れのターミナルを手前に下げることや、他のコースへのシャトルバスの運行を考えてもいい。
*眺望の百名山へ
過去のわたしの山行きを振り返ってみると、徳本峠から眺めた穂高・明神の連峰、伝付峠からの赤石岳、白毛門から朝日岳に至る稜線上から眺めた谷川岳東面の大岩壁、毛勝、猫叉から仰ぎ見る剣岳など、対岸の尾根や峠から名山と呼ばれる山々を眺めたときの感激が鮮明に蘇ってくる。
隣の山に登って眺める百名山も悪く無い。
一度登らぬバカ二度登るバカと揶揄される富士山でも、今はほとんど利用する人がいない五合目までの豊かな樹間を抜けて行く登山道の美しさは忘れられない。
せっせと有名山のピークハントをするだけでなく、こんな山行きは楽しいものである。
(つづく)
(やまかわ よういち=日本山岳会理事・自然保護委員会担当)
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