2008年11月18日01時17分掲載
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不安定な世界 金融危機は国際安全保障の最大の脅威 ポール・ロジャーズ
過渡期の時に、今の出来事の流れから一歩下がり、それらを理解する幅広い構図を特定し、それらがどこに向かっているのか確認しようとすることは有益であろう。米国でバラク・オバマが当選したことは、そのような機会を提供している。このコラムは、新大統領が引き継ぐ懸案事項の5つの主要な分野を概説している。イラク、アフガニスタン・パキスタン、アルカイダ運動、西側とロシアの間の緊張、世界的景気後退の安全保障上の影響である。ここでの分析はオックスフォード・リサーチ・グループの最新の国際安全保障の月例ブリーフィングでさらに展開されている。
イラク
イラクでの治安状況は2007年から2008年にかけて良くなった。それは、変化しつつある紛争の力学を反映した、混ざり合った理由による。米軍の「増派」戦略は疑いなく効果があった。もっとも、米国のネオコンとその他の支持者が、これを主要ないし、唯一の要素そして指摘することは見当違いである。数百万人が住む場所を追われることになった暴力と不安感の結果、スンニ派社会とシーア派社会の強制的分断も一因となった。過激派のシーア派宗教指導者、ムクタダ・サドルのマハディ軍による停戦とアルカイダに反旗を翻し、米国と便宜上の同盟を結んだスンニ派の「覚醒運動」も一因であった。
いずれにしても、そうした治安上の改善は脆弱なままである。10月の最終週以来のバクダッドやイラクのその他のところでの一連の攻撃は、こうしたことの一つの現れである。さらにより影響力のある兆候は、米軍の司令官がアフガニスタンにいる司令官がどんなに強硬に増強の要請をしても、イラクからアフガニスタンに兵力を向けることに消極的であり続けていることである。
イラクでの米軍の将来を確保するための地位協定についての交渉は困難であることが分かった。バラク・オバマが来年1月20日に就任する前に締結されようとされまいと、新政権はより早い撤退を目指しそうだ。それはヌーリ・マリキ政府との関係を改善するかもしれない。
しかしながら、基本線はそのままであり、それが退陣する政権を方向づけたように新政権の考え方に影響を及ぼすであろう。すなわち、イラクは米国にとって、その石油の埋蔵(米国の4倍近く)とその地政学的位置のために非常に重要である。オバマ政権の最初の2年間にするとした公約は、米国の戦闘部隊の完全な撤退と、残りの部隊の削減で、現在配備されている兵力の20パーセント以下にするというものである。これがもし実行されると、周辺地域で米国に対する見方が穏やかになるかもしれない。そうでないと、イラクは今後何年もイスラム戦士のための戦闘訓練の地帯のままであるかもしれない。
アフガニスタン・パキスタン 困難な領域
イラクでは治安状況が緩和したが、アフガニスタンと西部パキスタンでは大きく悪化した。これは、ばらばらなタリバン民兵を増強させ、アルカイダを助けた。候補者としてオバマは、米軍を増強し、戦争を西部パキスタンに広げて、より強硬であることを約束しており、パキスタン国民の間に疑念をよんでいる。
これが選挙の目的のために国内の聴衆を念頭に置いて練り上げられた立場なのかどうかはっきりしない。政治的理由づけは明らかである。すなわち、不人気な戦争に反対することが一つ。だが、2つの戦争地帯から敗北して撤退する可能性を受け入れることは実際、危険である。とにかく、選挙運動中の公約が守られると、オバマ政権は少なくとも、この問題ではジョージ・W・ブッシュに近くなるであろう。
しかしながら、カナダと英国の多くの軍幹部(それに少なからぬ文官)は、アフガニスタンでの、どのような軍事的勝利の見通しについて非常に疑わしく思っている。何をしようとも、オバマ政権は友好諸国、特にアフガニスタンにはまり込んだ国とは意識して関与するであろう。何よりも、ここで同盟国の圧力により、真剣な見直しにつながるかもしれない。まだ多くの期待することがある。なぜなら、どのような見直しも、同地域での西側の占領の時代は終わったというより幅広い認識の一部でなければならないからである。だが、アフガニスタンでの本当の混乱とパキスタンでの不安定と危険の程度で、考えが変わるかもしれない。
ロシア 開かれたドア
西側とロシアの間の対立の高まりーいくつかの問題の中で、エネルギー・パイプライン、2008年8月のグルジアとの戦争、米国のミサイル防衛の設置―は新大統領とそのチームが重大な懸念を持つ分野であろう。
これはバラク・オバマが変化をもたらすことができる一つの政策分野である。エネルギー価格の急激な下落で、ロシアは経済問題にますます気を取られている。ロシアはまた、南オセチアをめぐってグルジアに介入したことが、グルジアの挑発という明白な証拠にもかかわらず、西側に激しい敵意と恐れを招いたことを承知している。このように、ロシアは緊張を緩和することに関心を持っており、より軟化した態度をとれば、いくつかの西側の国々から賛同が得られるであろう(11月14日の欧州連合とロシアの間の首脳会談は、両者間でその戦争によってほつれた関係を修復する希望の合図である)。
オバマ・チームは特に、ポーランドとチェコ共和国でのミサイル防衛計画を遅らせ、さらに広く、米国の東西欧州との関係において、より意識的に多国間アプローチを発展させれば、関係を改善し得る。冷戦型の緊張の激化を避ける機会は彼の政権の手にある。
世界的秩序 危機
武装紛争と反政府活動についての多くの専門家の間では、そうした安全保障の問題が、社会経済的分断と環境上の制約にどれほど根ざしているか見るためには、型にはまった理解を超える必要があるという認識が広まっている。
11月15日にワシントンでG20の首脳会議に参集するような世界の指導者たちは、こうした洞察力をまだ持ち合わせていない。現在、首脳会議は現在の銀行危機を封じ込め、対処するための対策に集中しそうである。結果は有益かもしれないが、それ自体、より広い世界的苦境にとって、ほとんどか、まったく関係がないものになるであろう。そうした苦境の中では、持続不可能な不平等、社会的緊張、機能不全か不在の統治、それに気候変動が、何百万人の生活を破壊しているか脅かしている。
G20の会議やそれと同等の地域や世界的な会議は、金融危機をそうした大きな規模の問題と関連して見る必要がある。こうしたことは、現在は、根本的経済改革を導入する機会も提供していると認識しはじめる歩みの変化になる。そうした改革は、山積し、絡み合った問題に対して組織的な対応をし始める。
世界では1970年代以来、急激な経済成長があったが、その恩恵のほとんどは約12億人の世界のエリート社会の手に集中していた。主に大西洋社会と西太平洋の国々であり、中国、インド、ブラジルなどの国々の数百万人の新興の特権集団もそうであった。同時に、社会の主流から取り残された人々の多くは、この期間に教育、識字能力、通信での向上を、富の不公正な分配についての認識を高めるために使った。
仮に現在の傾向が続くなら、世界中の最も貧しい社会の間の何億人もの人々が最も苦しむであろう。これは過激で暴力的な社会運動の台頭を招き、国家による強硬で抑圧的反動を次々と招くであろう。インドで激化しているナクサライトの反乱、中国での社会的騒乱の広範な問題は初期の兆候である。この点に関して、遠い将来ではなく、今後12ヶ月の間で最も重要な任務は、現在の経済危機に対して、世界的な社会・経済的格差の拡大に歯止めをかけることに重点を置くようなやり方で対応することである。
例えば、これは世界的な南の国の経済を改善するための貿易改革、債務帳消し、持続可能な開発のための援助投資を必要とするであろう。こうした動きは、急を要する問題として必要とされている。多くの世界の人々の疎外化と苦しみが激化する、より分断された世界システムが確固としたものになることを防ぐためである。
G20首脳会議とそれに関連した会議は選択に直面している。つまり、真の世界的社会から生まれ代表している、想像力に富んだ総合的な対応を発展させることができるか、それとも、世界のエリートを代弁する狭い集団の懸念を反映した個別の対策を産み出すのかである。2008年から2009年にかけて、ワシントンとその他の首都でなされる選択は、世界が今後10年間、少しは平和になるかどうか決めることになるであろう。
*ポール・ロジャーズ 英国ブラッドフォード大学平和学教授 オックスフォード・リサーチ・グループ(ORG)のコンサルタント ORGは1982年に設立されたシンクタンク。独立した非政府組織で、安全保障の問題で肯定的変化をもたらすことを追求している。
オックスフォード・リサーチ・グループ
The Tipping Point?の全文
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原文
(翻訳 鳥居英晴)
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