2008年12月20日09時55分掲載  無料記事
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「こころの傷は今も。社会的弔いを」 東京大空襲訴訟第8回口頭弁論、野田正彰氏らが陳述

  東京大空襲訴訟の8回目の口頭弁論が18日、東京地裁103号で行われた。大空襲の被害について、災害被災者の心理的状況に詳しい精神科医の野田正彰氏と原告4名の陳述があった。野田氏らは、戦後60年以上たっても被災者のこころの傷は癒されておらず、国の謝罪や補償が必要であると訴えた。(加藤〈karibu〉宣子) 
 
 野田氏は、戦災者の自宅を訪問し、医師として面接を行ってきた。その結果にもとづいて、疎開などで自分の知らないところで親が死んだりしたケースと戦災の極限的体験とは少し違うもので、人生が大きく変わっていることを話した。記憶にはムラがあり、抜けていたり、鮮明に覚えていたりする。夢にも出てきたりする。一番酷いケースは忘却する。戦争は国家がやるものだが、「自分の運が悪かった」などと思う。 
 「被災者はひたむきに生きてきており、晩年になってなにもしていないと自責の念を感じている。社会が弔いをしたとき、その自責の念が薄まる」と語った。 
 
 戦災孤児の金田茉莉さんは、自身がまとめた『東京大空襲と戦争孤児』という本について話した。今後はのんびりと過ごしたいと思っていたが、生き残されたものの義務であり使命でもあると思って裁判に原告として関わっていると述べた。 
 
 内田みちこさんは、空襲の警戒警報で防空壕に飛び込んだが、下半身は外に出たままで、焼夷弾で吹き飛び、父に背負われて空襲の中を逃げた。その後の人生についても語り、今でも日常的に下半身に傷の影響があるが、医療保障をもらおうとも思わなかった。 
 
 同様に、大けがを負った平田さんや戸田さんも証言されたが、共通なのは「国に謝罪をして欲しい、今後2度と戦争をしないで欲しい」ということだ。戸田さんは「国からの謝罪と補償がもらえれば、ようやく戦後の区切りがつく」と話した。 


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