2009年01月01日15時21分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200901011521064

《田母神論文と自衛隊の現状》  狙いは制服組の「軍部」化  小西誠

  戦前の日本の侵略戦争を丸ごと肯定し、日本帝国の軍事行動を賞賛する論文を発表した田母神俊雄防衛省航空幕僚長。彼は直ちに更迭されるが、彼のこの行動の意味、何故いまこのような論文を彼があえて発表したのか、についてはほとんど明らかにされないまま、いまや前幕僚長はマスコミの寵児になろうとしている。いま自衛隊内部で何が起こっているのか、元反戦自衛官で、現在米兵・自衛官人権ホットラインを主宰し、かつ軍事問題の専門家として活動する小西誠さんは、田母神論文の背後にあるのは自衛隊の歴史に連綿として流れる「旧軍」思想を受け継ぐ制服組のよる政治的決起であると読み解く。(ベリタ編集部:大野和興) 
 
◆「軍部」化にむかう制服組 
 
  田母神論文は、コミンテルン陰謀説などをみても稚拙でお粗末なものである。政府・防衛省は田母神に完全に屈している。懲戒処分もできず更迭だけだ。確かに、自衛官に「言論の自由」はある。だが、田母神の言う「自衛官の言論の自由」とは、例の論文を見ても明らかなとおり「航空幕僚長の地位」を利用した制服組による明らかな政治活動・行動である(空華の組織的関与は政治行動そのもの)。 
 
 
  昨年参議院選に立候補したヒゲの隊長佐藤正久元陛目一佐の献金者名簿に、田母神など現役幕僚長の名前がズラーと並んでいる。これもまた、自衛官は選挙権行使(投票)以外の政治活動をしてはならないという自衛隊法に違反するものだ。 
 
  懲戒免職ができなかったのは、制服組が実力を持つ集団として台頭しているからである。これは1969年の私への懲戒免職・逮捕・起訴や、以後の10名の反戦派自衛官に対 
する懲戒免職処分などと比較しても際だっている。 
 
  今年8月には、防衛省の「参事官」制度の廃止が決定されている。これは、次期通常国会に提出の予定だ。防衛省設置法第7条には、「防衛省に防衛参事官を置く」とされており、官房長及び局長のポストに「背広組」からなる9人の防衛参事官が配置される形になっている。この「参事官」が防衛大臣を補佐する、いわゆる「文民統制」の実体である。 
 
  しかし、この戦後自衛隊形成の根幹である「文民統制」を事実上廃止し、新たに背広組(文官)、制服組(武官)からなる共同の「防衛会議」を創設し、それが防衛大臣を補佐する形に変えようとしている。これでは、軍事専門家である制服組の意見が全て通って 
しまう。シビリアンコントロールの形骸化だ。 
 
  これは、最近始まった出来事ではない。90年代からの自衛隊の実動化・実戦化の中で動き始めた、制服組の台頭=「軍部」化をめざす動きの一環と断定してよい。 
 
◆旧軍を継承した自衛隊 
 
  11月19日の朝日新聞社説は、次のように書いている。「戦後の日本は、軍部の独走が国を破滅させた過去を反省し、その上に立って平和国家としての歩みを進めてきた。自衛隊という形で再び実力組織を持つことになった際も、厳格な文民統制の下に置くこと、そして旧日本軍とは隔絶された新しい組織とすることが大原則であった」と。 
 
  これは自衛隊の内情を全く理解していない。自衛隊は、旧軍を母体として創られてきた。私が現役だった頃はもちろん、1980年前後までは自衛隊幹部の大半が旧軍出身者であり、旧軍幹部の思想によって自衛隊は建設されてきた。その継承=連続性を最も示しているのが、「兵営」である。自衛隊の「兵営生活」とは、隊員の「精神教育」であり、「営内生活」である。この「精神教育」というのは、世界の軍隊に類例のない旧軍の思想であり、教育である・死生観(武士道中心)・愛国心・反共教育などが軸となっている。 
 
  隊員の「営内生活」も、旧日本車を継承し、「中隊長はお父さん、班長はお兄さん」という、擬制的家族主義の下、自衛官は24時間隔絶された空間(兵営)に居住し常に管理される。どこの隊でも月一回必ず月間服務点検がある。令状も無くこんなことが行われ 
るのは、憲法が営内では停止されているということだ。 
 
  また、旧軍と同様、私的制裁」も当たり前のように行われていて、1発5万円で 
示談になり、表沙汰にはならない。こういう私的制裁・暴力で兵士を管理・統制する「旧軍の伝統」が自衛隊にも継承されており、目本国憲法の人権条項は自衛隊内では、停止状態にある。 
 
◆自衛官たちの自殺の原因 
 
  自衛隊では現在も年間百人前後の自殺者があるが、原因の過半数は「その他不明」となっている。しかし、本当は上層部は原因を知っていながら触れたからない。最大の原因が私的制裁であり「いじめ」であるからだ。 
 
  つまり、組織が問われるからだ。この数年間で「米兵自衛官人権ホットライン」には、自衛官とその家族から数百件の相談があった。一目に2〜3件集中することもあった。それらの相談内容からも明らであるが、自衛官たちの自殺原因の第一は暴力、いじめ。第二には、自衛隊の実戦化に関係している。 
 
◆対テロ戦略に向けた再編 
 
  自衛隊はいま、戦後最大と言われる再編過程にあり、9・11以前から開始されている。2000年に「自衛隊の治安出動に開する訓令」などが改訂され、警察との共同訓練が開始された。共同演習は、いまも全国の自衛隊と警察の間で続けられている(2008年11号20目、警視庁と陸自1師団との「共同実動訓練」が練馬駐屯地で行われた)。 
 
  冷戦時代の自衛隊は、第7師団を中心に北海道に戦車部隊を重点配置するという対ソ戦賠だったが、その戦車や火砲などの4割が削減され人員も3割が削減されつつある。部隊 
の全国的移動も進んでいる。例えば、市ヶ谷の第32普通科連隊を大宮に移転し埼玉県を対象にした治安部隊、朝霞の第31普通科連隊を武山に移動し神奈川県対象の治安部隊へと再編成、また対テロ専門の中央即応集団が2008年3月に創られ、3200人体制で発足、等々である。また各地に市街戦訓練施設の建設、サマワでの全陸自部隊の実戦化などが進められてきた。 
 
  自衛隊がめざしているのは、全世界の地域紛争・対テロ作戦を日米共同でやるということである。2006年に石破茂が防衛政策検討小委員会に提出した「国際平和協力法案」 
を見ると、米軍のやっている作戦に、国連決議がなくても同盟国の要請に従って参加することになっている。これは、いわゆる恒久派兵法であり、憲法を完全に無視した法案である。 
 
◆旧軍的自衛隊体制の崩壊 
 
   自衛官の自殺・事故・不祥事などの増大は、派兵の時代の中で「自衛隊員の危機」が進行しているということ、これは自衛隊の崩壊的危機である。この自衛隊の危機を歴史的に見ると、先進国ではもはや戦争と軍隊は存立し得なくなっていることを示す。 
 
  人権・人命意識の発達した社会では、戦争を続けることができないのである。アメリカでは帰還兵とその家族が反戦運動に加わっている。ベトナム戦争時と比較しても、家族ぐるみで運動に参加するのが特徴となっている。例えば、日本でもネットの「2ちやんねる」に、現職自衛官の投稿が多数ある。 
 
  最近、現職の海上自衛官により初めて執筆された『KYな海上自衛隊』(社会批評社刊)でも明らかであるが、自衛官を兵営内へ隔離しておく体制がインターネット社会で崩壊してしまっているのである。実は崩壊しているのは、旧軍的自衛隊体制の方なのである。これは内乱鎮圧に自衛隊を使うことができないことを意味している。 
 
  田母神論文は、自衛隊内政治教育からも逸脱するほどに突飛な内容であるが、それは派兵の時代の中で、自衛隊の現状に対するあせりであるだけでなく、その突破を懸けた制服組の一部の政治的行動・政治的決起である。こういう自衛隊と対決し、私たちは、新テロ特措法に反対し、恒久派兵法に対決する反戦運動を創造して行かなくてはならない。 
 
(元反戦自衛官、米兵・自衛官人権ホットライン) 
 
(初出:『コモンズ』第6号) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。