2009年03月24日11時40分掲載  無料記事
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環境

地球温暖化対策をもっと積極的に 業界の意見広告に環境団体が反論 安原和雄 

  日本経団連など経済・業界団体がわざわざ新聞の1ページ全面を使った意見広告で「日本はすでに世界トップレベルの低炭素社会」などと主張し、現状以上の温暖化防止策は疑問としている。これに対し、環境保護団体が早速「温暖化対策にもっと積極的に取り組むべきだ」という趣旨の反論を行っている。 
 温暖化防止をめぐる論戦は結構だとしても、経済界の姿勢は消極的にすぎないか。政府は温暖化防止の中期目標を6月までに決める方針だが、経済界の姿勢に引きずられるようでは、世界における日本の存在感そのものが問われることになるだろう。目先の利害にとらわれないで、「地球環境の存続」という長期的視点に立つときである。 
 
▽温暖化対策に対する経済団体の意見広告 
 
 09年3月17日付大手紙朝刊に1ページ全面をつぶした意見広告が掲載された。紙面の真ん中に大きな縦見出しで「考えてみませんか? 私たちみんなの負担額」とある。何事か、と目を凝らしてみると、左下に日本経済団体連合会をはじめ日本商工会議所、関西経済連合会、電気事業連合会、日本建設団体連合会、日本自動車工業会、日本鉄鋼連盟、日本電機工業会、石油化学工業会、日本ホテル協会など計58のわが国の主要な経済団体・業界名が列記されている。 
 
 意見広告の要旨を紹介すると、つぎの通り。 
 
先頃、日本政府は、京都議定書に続く2013年以降の地球温暖化対策の新たな取り組みに向けた二酸化炭素(CO2)削減の中期的な目標を6月までに決定することを表明しました。 
 私たちは、石油危機以降、家庭も産業も最大限の省エネルギー努力を推進してきました。その結果、日本はすでに世界トップレベルの低炭素社会となっています。従って裏付けのない過大なCO2削減には国民全体に大きな痛みが伴います。 
 また日本がいくらCO2削減努力をしても、主要CO2排出国の参加がなければ地球温暖化問題は解決しません。次期国際枠組みには主要CO2排出国すべての参加が必須です。 
 
*3%削減でも1世帯あたり105万円の負担。 
 長期エネルギー需給見通し(経済産業省総合資源エネルギー調査会)によれば、2020年のエネルギー起源のCO2排出量を1990年比で3%削減(2005年比13%削減)するためには、約52兆円の社会的負担が必要とされています。これは1世帯あたりにすると約105万円の負担にあたります。 
 
*日本は世界トップレベルの低炭素社会です。 
 国内総生産(GDP)あたりのCO2排出量(2006年、キログラム)を国際比較すると、つぎのようになっています。 
 ロシア4.25、中国2.68、インド1.78、オーストラリア0.82、韓国0.71、カナダ0.64、アメリカ0.51、EU(欧州連合)0.42、そして日本0.24の順で、日本が最も低い排出量となっています。 
 
*主要CO2排出国すべての参加が必須です。 
 京都議定書では、削減義務のない新興国や離脱した米国からの排出量が著しく増加した結果、削減義務を負う国の排出量は世界の3割にとどまっています。米国、中国、インド等の主要排出国が参加しないまま、次期枠組みをつくることは、それらの国が無制限な排出を続けることを国際的、制度的に認め、保証することです。これは地球規模の排出削減の観点からは全く無意味です。 
 
 なお各国別排出量の世界全体(2006年=280億トン)に占める割合をみると、米国、中国が共にそれぞれ20%、インド、日本がそれぞれ4%、EU(15カ国)12%、これ以外の諸国が合わせて40%となっています。 
 
▽意見広告に対する環境保護団体からの反論 
 
 上記の意見広告に対し、環境保護団体・ 世界自然保護基金(WWF)は、3月17日反論の声明を発表した。その内容は以下の通り。 
 
〈CO2排出削減対策に伴う負担増の意見広告に対するWWF声明〉 
 
「考えてみませんか? 私たちみんなの地球の負担を」 
 このまま温暖化が進むと、今世紀後半には地球の平均気温は4度上昇すると予測されています。その結果、海面が上昇、異常気象が頻発し、地球は大きな負担をおい、この日本にも計り知れない悪影響が起きることになります。 
 
 しかし今ならまだその被害を、なんとか許容できるレベルで留めることができるのです。そのためには、全世界が協力して、京都議定書に続く2013年以降の温暖化対策の国際約束をしなければなりません。先進国には2020年までに1990年比で25〜40%の排出削減が、そして主要な途上国にも大規模な排出削減努力が求められています。 
 
 日本政府は、2020年の中期目標を6月に発表することにしています。 
 しかし、日本経済団体連合会を始めとする多数の業界団体が各紙朝刊に掲載した、CO2排出削減対策に伴うコスト負担に関する「考えてみませんか?私たちみんなの負担額」という意見広告は、中期目標達成の「コスト負担が過大になりすぎる」という誤った認識を誘導しています。 
 
1.日本の一世帯当たりの負担が105万円になる? 
(広告では、90年比で3%削減するためには52兆円かかり、世帯数で割ると105万 
円になるとしている) 
 
(ア)52兆円は1年の負担額ではなく、今から2020年までの累積額である。総世帯数で割ると一世帯あたり1年間の負担はざっと7万円である。 
(イ)52兆円は、家庭だけが負担するものではない。国や企業を含めた負担額であり、国内で使われれば内需拡大、雇用増大につながる投資である。 
(ウ)52兆円には、省エネ効果で浮くエネルギーコスト削減分などは含まれていない。国立環境研究所の試算だと4%削減ケースでは、追加費用よりも、エネルギーコスト削減額の方が上回り、日本全体では「負担」でなく「得」になる。 
 
2.日本は世界トップレベルの低炭素社会? 
(ア)1990年にはそうであったが、今は追いつかれてしまっている。 
(イ)GDPあたりのCO2排出量は、指標の選択によっては全く違った数字になる。為替レートではなく、物価の違いを反映する購買力平価で見ると、日本はほぼヨーロッパと同じであり、決してトップレベルというわけではない。 
(ウ)一人当たり排出量では、途上国と大きな差がある。 
 
3.排出削減の努力をコストが高いからと敬遠しても、温暖化を放置した結果、進んでしまう悪影響に対処する費用は、その数倍にのぼると予測される。温暖化の経済分析=スターン・レビュー(注)によると、世界全体で対策費用は世界GDPの1%だが、悪影響に対処する費用は、GDPの5%から20%もかかってくると予測されている。 
(注・安原)スターン・レビューは「気候変動の経済学」ともいわれる報告書。2006年10月、世界銀行の元チーフ・エコノミストで、英国政府気候変動・開発の政府特別顧問、ニコラス・スターン博士がまとめ、06年12月、ナイロビ(ケニア)で開かれた気候変動枠組み条約の締約国会議でも紹介された。 
 
 今は、京都議定書に続く次の国際約束を決める大事なときです。今私たちの世代が決断することが、将来の地球の運命を決めるのです。温暖化対策のコストを避けるために緩い目標で済ませるというなら、温暖化の悪影響のコストはいったい誰が負担するのでしょうか? 
 WWFジャパンは訴えます。大事なのは、地球環境の存続です。その地球の将来がかかった決断の時期に、コスト負担が過大であるという誤った認識を広めて、温暖化対策を渋るのは、誰ですか? 
 
■問い合わせ先:WWFジャパン気候変動プログラム 山岸尚之、小西雅子 
(Tel:03-3769-3509、climatechange@wwf.or.jp) 
 
▽ なぜ経済界は温暖化防止に積極的にならないのか? 
 
以上、経済界の意見広告の内容と、それに反論する環境保護団体・WWFの主張を紹介した。数字などデータの是非をめぐってどちらの主張が正しいかについて私(安原)は客観的かつ公平な判断を下す立場にはない。 
 ただ言えることは温暖化防止をめぐる経済界の主張はいかにも後ろ向き、消極的ではないだろうか。なぜもっと積極的な主張を打ち出せないのか。 
 
 第一に逃げ腰の言い訳にすぎないような印象を与える意見広告をなぜ大げさに掲載する必要があるのか。 
 多くの読者が「もっともな意見広告」と受け止めるだろうか。今回のような意見広告を出して、「してやったり」と思うような企業経営者は質的劣化が著しく、時代が何を求めているかを読みとれないのかといわざるを得ないだろう。 
 小泉元首相流の表現を借りると、「抵抗勢力」である。「時代の流れにブレーキを掛けるような抵抗は止めなさい」という経営者自身の内なる「中立的な観察者」(アダム・スミス著『道徳感情論』から)の忠告が聞こえてこないのか。 
 
 第二にいかにも業界レベルの目先の利害に執着しているという印象が否めない。 
 WWFジャパンが上述の反論で訴えているように「大事なのは、地球環境の存続」なのである。昨今の企業人はとかく短期的な算盤勘定に立って、企業の存続を優先させようとする意識が強すぎる。これも破綻したはずのあの新自由主義路線の残影だろうが、ここでは長期的視野が不可欠である。地球環境の存続なくして、企業の存続もあり得ないことを銘記したい。 
 
 第三に1ページ全面広告なら、温暖化防止のための歴史的宣言の場としてなぜ活用しないのか、不思議である。それとも米国に次ぐ世界第二位の経済大国でありながら、それにふさわしい自負も品性も見識も、もう一つ、リーダーシップも失っているのか。 
 
 意見広告の「主要CO2排出国すべての参加が必須」という主張は、その通りであり、すでにそういう方向に動きつつあるのではないか。ブッシュ大統領時代に京都議定書から離脱した米国は、オバマ大統領の登場によって参加することになっている。 
 一方、「日本は世界トップレベルの低炭素社会」という意見広告の主張にはWWFが反論している。経済界の主張通り、「トップレベル」だとしても、経済界としては「〈世界トップレベルの低炭素社会〉という名誉ある地位をさらに高めるために努力したい」と世界に向けて宣言する絶好の機会ではないのか。好機を生かそうとしない経済界の発想は惰性に流れている。 
 
▽渋沢栄一の「君子の経営」に学び、実践するとき 
 
 ここでは日本資本主義の父ともうたわれる明治・大正時代の財界指導者、渋沢栄一(注)の経営理念に学び、実践することを提案したい。 
 (注)渋沢の生涯(1840〜1931年)は、江戸幕末に生まれ、昭和初年まで生きて、当時としては珍しく91歳という長寿を全うした。初代の東京商工会議所会頭に就任、日本の国際化に尽力、さらに500余のわが国中核企業の設立・経営に関与した。 
 
 渋沢が好んだ論語につぎの言葉がある。 
 「君子(くんし)は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩る」 
 君子、つまり立派な人物は何が正しいかという道義中心に考え、行動するが、小人、つまりつまらない人間は、損得を中心に考え、行動するという意である。 
 
 この論語の名句の精神を汲み上げて渋沢は利優先の「小人の経営」を排し、義に立った「君子の経営」を自ら実践した。といっても利益を無視したわけではない。渋沢の「論語=算盤説」は有名で、義を優先させながらも、論語=義と算盤=利の両立を追求した。今日、義利両立の経営とは、何よりも温暖化防止に優先的かつ積極的に貢献しようと努力する経営であり、それが長期的な利にもつながるだろう。 
 それとも現下の経済界には小人の経営に甘んじる三流の企業人しか存在しないのだろうか。そうだとしたら、まことに不甲斐ないというほかない。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です 
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/ 


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