2009年04月02日06時42分掲載  無料記事
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世界経済

ルポ:約5000人余が英金融街で抗議デモ 警察による「囲い込み」で参加者が立ち往生も

 ロンドンで2日から開催されるG20金融サミットを前に、金融街シティー付近で、1日、約5000人余の市民が抗議デモに参加した。昨年秋から本格化した金融危機の影響で、大手数行が国有化、あるいは実質国有化に至り、失業者数も上昇している。リスクの高いビジネスを行った銀行に対する国民の怒りは強く、英中央銀行前に集まったデモ参加者は欲の権化としての銀行家を皮肉った仮装をしたり、資本主義そのものを批判するメッセージを繰り返すなどをして存在感を示した。警察が参加者を取り囲み、中銀近辺から出られないようにしたため、参加者とのもみ合いとなる場面もあった。(ロンドン=小林恭子) 
 
 英中央銀行付近にデモ参加者が結集したの、1日、正午頃。昼少し前に地下鉄バンク(銀行)駅に着き、改札を出て、入り口に向かうエレベーターに乗った。電車に乗ろうとする男性が改札に向かって走ってきた。「早く、早く!」と駅員がその男性に声をかける。「早くしないと、閉まってしまうよ」、と。 
 
 「閉まる」?おかしいなと思った。漠とした不安を感じながら、路上に出て、後ろを振り返ると、駅員が地下鉄入り口の鉄格子を閉めているところだった。駅が使えなくなるのかなと思い、変な感じがしたが、外の明るい太陽の光を見ると、すぐに忘れてしまった。 
 
 既にロンドン・ブリッジなど近辺から練り歩いてきた参加者が中銀前の広場のようになっているところにかなり集まってきていた。ジャーナリスト、カメラマンも相当いて、当初はメディア関係者の数の方が多いのではと思ったりした。 
 
 複数の新聞で、1日のデモでは「無政府主義者が金融街シティーをめちゃくちゃにする」といった内容の記事が出ていた。どこからデモが始まり、どういう経路を通るかも地図つきで紹介されていた。シティーに勤める人は、スーツを着て出勤すれば銀行員と間違われて攻撃を受ける可能性があるため、「なるべく目立たない格好で」通勤するように言われていたという。中銀に近い場所に店舗がある小売業は、ほとんどがこの日は閉店状態となった。デモの開催者の何人かが、「オフィス・ビルの窓を割る」とテレビで宣言していたため、「何か怖いことが起きる」というイメージができあがっていた。 
 
 しかし、実際のところ、昼の時点では、デモは非常に平和的だった。参加者は、時々「資本主義はいらない」、「銀行家は出て行け」などという掛け声をかけあい、歓声を上げながらも、大きな揉め事もなく、練り歩いていた。警察官が遠巻きに囲んでいたが、監視するだけだった。中銀のスタッフと見られる人々が、中銀のバルコニーから、デモの様子を見ている時もあった。デモが白熱化するにつれて、中銀スタッフの姿は消え、警察のカメラ担当者がデモ参加者の姿をバルコニーから撮影していた。 
 
 平日だったせいか、参加者には若者が多く、座ってゆっくりとサンドイッチを食べたり、グループで踊ったりし、一種のピクニックのような趣さえあった。 
 
 顔を真っ白く塗り、山高帽をかぶったトニーさんは、死人のようにも見え、一瞬ぎょっとしてしまう。「欲が私たちの社会を殺す」と書いたプラカードを首から提げていた。「銀行は好き勝手なことばかりやっている。リスクの大きなビジネスをやって、税金を使って助けてもらっている」、「何故銀行ばかり助けるのか」、「公正な社会にしてほしい」。来る金融サミットに期待するものは「ない。何も変わらない」―。 
 
 死んだカナリアを運んでいるグループがいた。このカナリアの名前は「カナリー・ワーフ」。大手投資銀行などがオフィスを持つ場所だ。カナリアは危機が迫った時、先に死ぬ、という意味もある。 
 
 「ばか者を罰せよ」と書いたプラカードを持った男性がいた。白髪混じりの男性に、「年金生活者ですか」と聞いた。「仕事はあるが、今日は休んできた」、とリチャードさん。ロンドンから電車で3時間のところに住んでいるという。「大手銀ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(現在、国有化)の元トップが巨額年金をもらうことを誰も止めることが出来ないなんて、嘆かわしい。私たちの税金が間違いを起こした銀行を救うために使われている。頭にきた」。リチャードさんもサミットに期待はしていない。「でも、ここで声を上げるべきだと思った。声を上げても政府は聞いてくれなくても」。 
 
 午後からは反戦運動団体がトラファルガー広場でデモを行うことになっていた。午後のデモにも行くつもりかと聞くと、「帰りの電車が長いし、これが終わったら、家に帰るよ」と言って、少し笑った。プラカードを右手で抱え続け、じっと同じ場所に立っている。 
 
 ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの元トップ、フレッド・グッドウィン氏(銀行破たんに大きな責任を持つとされる)が受け取る巨額年金に関しては、英国内でも怒りの声が強い。銀行が国有化された時点で、何故政府は、辞めるグッドウィン氏が巨額年金を受け取ることに気づかなかったのだろう?実質、国民の税金がグッドウィン氏に流れることになった。政府は裁判に訴えてでも、年金額の縮小に動くとしていたが、雇用関連の専門家に言わせると、一旦契約で決まったものは、「まず変更は無理」。グッドウィン氏は、政府からの有言・無言の圧力に対し、「びた一文も返さない」と宣言している。 
 
 私は、リチャードさんに言ってみた。「法律上は、年金を縮小できないかもしれないけれど、願わくば、グッドウィン氏自身が自分から返すと言うのは可能ではないか」、と。「銀行が国有化されたのだから、税金からもらうわけにはいかないだろう」。 
 
 リチャードさんは、「そういうことは英国では起きない。自分から返すなんて・・。日本ではあり得るかもしれないけどね」。 
 
 午後の反戦団体のデモ場所に出かけようとした私は、バンク駅に行き、すべての入り口が閉まっていることに気づいた。歩いて次の駅に行こうとしたら、どの道も警察官の列でふさがれていた。これが12時40分頃だった。警察官は2列に並び、四方八方の道全部をふさいでいるのだ。 
 
 何故道をふさいでいるのか、いつまでこの状態が続くのか、警察は答えない。外に出ようとした市民たちが警察官らと押し問答になった。「道の混雑を防ぐためだそうだよ」と誰かが言う。それにしても、何の事前連絡もない。一方的だ。日本のメディアのカメラマンや記者も手持ち無沙汰に待っている様子だった。 
 
 時が経つに連れて、参加者たちは警察官に向かって、食べ物を投げたり、罵声を上げるようになった。 
 
 午後2時ごろ、私は200−300メートル以上離れていたが、中銀の近くにあるロイヤル・バンク・オブ・スコットランドのビルに、数人が攻撃をしかけた。窓ガラスを割り、ビルの中に入ったことを、後でテレビのニュースで知った。 
 
 デモ参加者たちは、広場近辺に閉じ込められたままとなった。「トイレに行きたい」、「お腹がすいた」−そんな声を上げる人も多くなった。「こんなことをしていいんだろうか?違法行為ではないか?」―そう思い、怒りがわいてきた。 
 
 大手テレビのチャンネル4の記者が、「これは一種の一斉逮捕だよな」と言っているのが聞こえてきた。とにかくどこにも行けないのだから。 
 
 頭上をヘリコプターが旋回する。昼からずっとヘリコプターは旋回していたが、午後になって、ずい分低い場所まで降りてきた。カメラでこちらの姿を撮っているのは明らかだった。 
 
 やっと一部の道路にすきまが出来た頃には、3時半を回っていた。一部参加者はその後も広場に残り、警察と押し合いをしていた。デモ参加者は約5000人で(警察予測)、約20人が逮捕されたことを、帰宅した後のテレビのニュースで知った。やれやれだったが、2005年のロンドン・テロのようなことが(もし誰かが計画していたとすれば)、防げた、とは言えるかもしれない。3時間以上拘束されていれば、どんな計画も狂ってしまうだろうから。しかし、他に道はなかったのだろうかー?世界から要人が続々とやってくるロンドン。異様に厳しい警護体制となる狂った日々は明日夜まで続くのだ。 
(「ニューズ・マグ」、同時掲載) 


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