2009年06月13日20時05分掲載  無料記事
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環境

批判浴びる日本の「中期目標」 環境不熱心国・日本の汚名返上を 安原和雄

  麻生首相が発表した日本の温室効果ガス排出削減に関する中期目標に批判が広がっている。欧州諸国が基準年(1990年)比で20%以上を削減させる中期目標を掲げているのに対し、日本は同年比8%削減といかにも低いからである。経済界の消極的な姿勢の反映であり、このままでは「環境不熱心国・日本」という汚名を着せられることにもなりかねない。そういう汚名をどう返上していくか、そのカギは温室効果ガス排出を大幅に削減し、低炭素社会づくりを急ぐことである。それは新たな機会創出という変革への挑戦でもある。 
 
▽中期目標(90年比)― 日本8%減、ヨーロッパ諸国20%以上減 
 
 麻生首相が6月10日、発表した二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出削減の中期目標は以下の通りである。 
・2020年までに、日本全体の排出量を05年に比べて15%削減する。 
・上記の15%削減は従来基準の1990年比では8%減にとどまる。 
 
 15%削減と8%減という数字の開きはどこから生じるのか。1997年に採択された京都議定書では日本は「08〜12年に90年比で6%減」を約束していた。ところが実際には6%減どころか、約9%の増加となっている。このため基準年を、増えた後の05年に移動させれば、削減幅は見かけでは大きくなる。こういう操作で削減幅を大きく見せているが、他の先進国はどうなっているのか。日本も含めて各国の中期目標(削減幅)、基準年は以下の通り。 
 
日本=15%(基準年2005年)、8%(基準年90年) 
米国=14%(同05年)、4%(同90年) 
欧州連合(EU)・基準年はいずれもみな90年=20%または30%、ドイツ=40%、イギリス=34%、スウェーデン=30%、フランス=20%、ノルウェー=30% 
 
 以上から分かるように日本の基準年は米国式の05年に同調しており、基準年を90年にとれば日米ともに削減幅は一ケタにとどまり、一方、欧州諸国は20%を超えている。 
 
▽日本政府の中期目標をメディアはどう論じたか 
 
 大手メディアは中期目標についてどう論じたか。まず大手紙社説(6月11日付)の見出しを紹介する。 
*日本経済新聞=国際交渉を主導できる中期目標なのか 
*朝日新聞=15%削減 低炭素革命の起爆剤に 
*毎日新聞=中期削減目標 意志と理念が伝わらぬ 
*東京新聞=数値より大切なもの 温暖化対策の中期目標 
*読売新聞=CO2中期目標 多難な国際交渉が待っている 
 
一読した印象では日本経済新聞社説が批判・疑問点を指摘しており、一方、読売新聞社説は麻生太郎首相の立場と経済界の考え方を反映させようと努める社説となっていて、対照的である。そこで2つの社説(要点)を以下に紹介する。 
 
〈日本経済新聞〉 
 麻生太郎首相が決断した2020年までに温暖化ガスの排出を05年比で15%削減するという中期目標でまず問われるのは論拠である。 
 中期目標は排出削減を比較する基準年をこれまで議論されてきた1990年から05年に移し、数値を米欧とそろえてみせている。だが、05年の排出量は欧州が90年比で減っているのに対し日本は約8%増。増加年を基準にして見かけの数値を高め、問題の本質をそらしていないか。 
 
 温暖化防止は将来の子孫に残すべき地球のありようを問うている。科学が予見している地球規模の気候変動と被害を抑える強い意志があるか。それが問題の本質である。目先の利益にとらわれず、将来をにらんで経済や社会を変える。その強い意志を示すのが政治の役割である。 
 中期目標からこの強い意志はほとんど見えてこない。欧州連合(EU)は2100年に産業革命以来の温度上昇を2度以下に抑えるとの理念のもと、20年に90年比20%減の目標を掲げている。EUと理念を共有できず、溝は深まったのではないか。 
 
 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は気温上昇を2〜3度に抑えるには先進国が20年までに排出量を90年比で25〜40%削減する必要があると指摘している。次期枠組み交渉はこれを前提に議論を進めているが、日本の中期目標はそれとの整合性を問われるだろう。 
 
〈読売新聞〉 
 大幅な削減には厳しい排出規制が必要だ。それは経済の停滞や国民の負担増につながる。14%の削減でさえ、国内総生産(GDP)を押し下げ、失業者が11万〜19万人増えるという試算がある。 
 削減率について、首相が「大きいほど良いという精神論を繰り返すのは、国民に対して無責任だ」と指摘したのは的を射ている。 
 
 忘れてはならないのは、公平性の視点である。首相は、「日本だけが不利になることがないように、国際交渉に全力で取り組む」と語った。 
 先進国間で省エネの進展に応じて削減率を割り当てる手法の導入などを訴えていく必要がある。 
 
 大量排出国の中国、インドの参加が、ポスト京都の絶対条件である。しかし、一方で、両国の要求を丸のみして、非現実的な削減率を負うことは避けねばならない。 
 日本の国益を維持しつつ、中国、インドを同じ枠組みに引き入れる。極めて難しい交渉となるだろうが、それができなければ、日本が不利な立場に追いやられた京都議定書の繰り返しとなる。 
 
〈安原の感想〉― 目先の小利にこだわる国益論を排す 
 
 焦点は、「気温上昇を産業革命前に比べて2度に抑えるには先進国が20年までに排出量を90年比で25〜40%削減する必要がある」(IPCC報告)という点である。「次期枠組み交渉はこれを前提に議論を進めているが、日本の中期目標はそれとの整合性を問われる」という日経の指摘はもっともである。「90年比8%の削減」という日本案ではとても整合性があるとは考えにくい。 
 
 一方、読売の社説は、このIPCC報告の主張に反論することに主眼があると読める。「大幅な削減には厳しい排出規制が必要だ。それは経済の停滞や国民の負担増につながる」という指摘一つをみても明らかである。 
 読売は「日本の国益を維持しつつ、・・・」とも述べている。この国益とは何を意味しているのか。地球温暖化が一段と進行すれば、干ばつ、洪水、海面上昇、食料生産低下など計り知れない、しかも後戻りできない被害、災厄が予想されている。それを回避するためにも、CO2排出を大幅に削減し、低炭素社会づくりを急がねばならない。それは新たな機会創出という変革への挑戦でもある。こういう時代の要請に背を向けて、目先の小利にこだわるような国益論を振りかざしているときではない。 
 
▽国際環境NGOの声明(1)― 麻生首相はヒーローになれない 
 
 国際環境NGOの発言・主張は一般紙ではあまり報道されないので、ここで紹介する。 
 
 その一つ、WWF(世界自然保護基金)ジャパンは6月10日、地球温暖化対策に向けた政府の中期目標に対する声明を発表し、《「05年比15%削減」=「90年比8%削減」ではヒーローになれない!》と指摘している。その要旨は以下の通り。 
 
WWFジャパンは他のNGOと共同で、新聞の意見広告などを通じ、麻生首相に温暖化対策の「ヒーロー」になることを訴えてきた。しかし、この削減目標「90年比8%削減」では、国際市民社会のヒーローには、到底なることはできない。理由は、3つある。 
 
その1)温暖化の影響を最小限に食い止めるためには不十分 
 京都議定書の目標は2012年までに90年比「6%削減」であり、2020年までに「8%削減」では、京都議定書以降に明らかになってきた温暖化問題の緊急性に応えているとは言えない。 
 
 京都議定書の「6%削減」については、「森林吸収源による3.8%削減」、「京都メカニズムによる1.6%削減」を計上できるので、実質的には「0.6%削減」でしかなく、そこからすれば進歩という主張も見受けられる。しかし、それは極めて内向きな理屈である。国際公約はあくまで「6%削減」である。それをどのように達成するのかは国内の議論でしかない。議定書採択から12年経った今、「6%削減は厳しい」という言い訳は通用しない。 
 
その2)国際社会の一員としての日本が果たすべき責任を果たしていない 
 この目標では、国際社会の一員としての責任を十分に果たしていない。他の先進国の目標に関する意欲にも悪影響を与え、途上国の削減行動への参加意欲も削ぐ可能性がある。そうなれば、日本政府が度々主張している「全ての国々が参加する枠組み」の達成すら危うくなる。 
 
その3)日本を低炭素社会に変革するためには不十分 
 この目標では、あくまで現状の延長線上にしか2020年を見ていない。経済危機、人口減少など、日本が転換期に来ていることは確かである。いずれにせよ、日本は今の経済社会構造を変革しなければならない。現状の延長線上におかれた目標では、変革は起きるはずがない。 
 
 日本が誇りにしてきたエネルギー効率も、90年以降は改善が滞っているのは統計から見て明らかである。また国際的にも、70年代以降に確保した優位性は失われつつある。今一度、刺激がなければ、いずれ追い抜かれてしまう。 
 
WWFジャパン 自然保護室気候変動プログラム・グループリーダー 山岸尚之のコメント 
 「この中期目標に関するこれまでの議論は、そもそも、何のためにこの目標が必要なのか、という部分が抜けてしまっていた。温暖化対策の費用が高く、いかに難しいかという点は語られたが、温暖化によって、どのような被害が起きるのか、それをどうやって最小限に抑えるのかという観点が希薄だった。特に、日本のように食糧などを海外に頼っている率が高い国にとっては、日本だけでなく、世界全体に対する温暖化の影響をもっと重視すべきだった。京都議定書のホスト国が、次の枠組みへ向けての合意形成にリーダーシップを発揮できないことが残念である」 
 
▽国際環境NGOの声明(2)― 先進国としての責任放棄 
 
もう一つ、FOEJapan(Friends of the Earth Japan)は6月10 日、日本の中期目標の発表に関して《「90 年比ー8%」では先進国としての責任放棄》と題して以下の声明(要旨)を発表した。 
 
 この日本の発表は、京都議定書の次の国際枠組み合意に向けた交渉に大きく水を差すものであり、気候変動の深刻な影響を受ける途上国の人々の怒りを呼ぶものである。日本は、科学の警告に基づき、先進国としての責任を果たす中期目標として、1990 年比25%以上の削減を約束すべきである。 
 国際社会は、人類の生存を脅かす危険な温暖化の影響を回避することを目的として次期枠組み交渉を進めている。IPCC の第4次報告書の警告に基づき、先進国には2020年に少なくとも1990 年比25〜40%の削減が求められることは、交渉のベースとなる認識として確認されている。歴史的排出責任および技術力・経済力のある先進国が、率先した削減を約束することが、新興国、途上国を含む新たな枠組み合意のためには不可欠である。 
 
 しかし今回の中期目標検討作業は、この国際社会の常識を恣意的に無視し、経済界の思惑どおりの低い目標が着地点となるように進められた。シナリオ作成は、20 世紀型の産業構造からの変革なしの前提条件のもとに行われたため、選択肢はいずれも低い目標に留まった。京都議定書の次の目標であるにもかかわらず、これより増加、横ばいの選択肢が含まれていたことは、極めて恥ずべきものであり、本来であれば、30%、40%も選択肢に含めるべきであった。 
 さらに、産業構造変革なしの前提条件から家庭の負担が強調され、温暖化影響への対策コストや長期的な投資回収を含めずに経済へのマイナス影響が大きいと結論づけられていることで、国民を誤った判断に誘導するものであった。 
 
 今回の中期目標の検討は、国内における省エネ等の対策による化石燃料由来の排出削減等に限り、海外における排出枠購入や森林吸収を含まないとしている。その国内対策分が8%ではあまりに低すぎる。欧州がエネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合を2020 年までに20%に拡大することを明言しているように、国内における削減ポテンシャルへの取組みを最優先し、海外でのオフセット(埋め合わせ)を念頭に置くべきではない。国内対策の先延ばしは低炭素経済へのシフトにおいて、日本が他国に比べ大きく遅れをとることを意味し、日本の将来を担う世代にツケを負わせることになる。 
 
 日本政府は、12 月のコペンハーゲン会合に向けて、中期目標を再検討し、大幅に引き上げるべきである。先進国としての責任を放棄したに等しい「90 年比8%削減」では、日本は「世界の笑いもの」どころか「無責任な嫌われもの」になってしまうであろう。 
 
〈安原の感想〉― 国際感覚からの批判 
 
 2つの声明からは国際環境NGOの面々が切歯扼腕(せっしやくわん)している姿が浮かび上がってくる。日本は「世界の笑いもの」どころか「無責任な嫌われもの」になってしまう ― という表現はその一例にすぎない。NGOのメンバーは、ドイツ・ボンで6月12日まで2週間にわたって開かれた「国連・気候変動に関する会議」の周辺に詰めかけており、会議の雰囲気を身近に感じとることができる位置にいる。 
 欧州連合(EU)は、温室効果ガスの削減に積極的であり、特にドイツは「先進国の中の環境先進国」という折紙つきだから、日本とはまるで雰囲気が違うだろう。そこで感じとる「国際感覚」からみれば、日本の中期目標は「我慢できない」、「恥ずかしい」という批判的気分になるのも無理はない。 
 しかし勝負はこれからである。環境問題では無視に近い姿勢だったブッシュ前米大統領とは違って、オバマ現米大統領はグリーン・ニューディールを掲げて積極的である。このままでは環境問題で日本が先進国の中で最後尾をもたもたしているということにもなりかねない。そういう「環境不熱心国・日本」という汚名を甘受するわけにはいかない。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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