2009年07月02日10時02分掲載  無料記事
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検証・メディア

許せない政府高官のウソ 漆間氏の暴言、谷内氏の三・五島案 池田龍夫

  政府高官の発言が物議を醸し、国会に参考人招致されるケースが最近二件相次いだ。いずれも政治的な重要問題であり、マスコミ報道の在り方も含めて考察したい。 
 
▽「西松事件捜査、自民党の立件はない」 
 
 小沢一郎民主党代表(当時)の公設第一秘書・大久保隆規氏が、政治資金規正法違反(虚偽記載)容疑で東京地検に逮捕された3月3日から2日後の5日、内閣記者会とのオフレコ懇談で政府高官の衝撃的な発言が飛び出した。6日朝刊各紙は、同高官が西松建設の違法献金事件について「自民党側は立件できないと思う。(民主党に比べ)あの金額で違法性の認識を出すのは難しい」と述べたと、一斉に報じた。 
 
 この発言は、本来検察の捜査に関与する立場にない政府高官が捜査情報や証拠を知っていたのではないかとの疑念を抱かせ、検察への間接的な圧力とも受け取れる暴言だ。事の重大性に気づいた同高官は6日「あくまで一般論であり、違法性は難しいという観点からの発言であって、報道のようなとらえ方は記者がしたもので自分の本意ではない」と匿名のまま釈明する始末。 
 当初、記者会の一部からの「実名報道」要請を拒んでいた政府は、自民党をはじめ国民からの批判が高まったため実名公表を決め、河村建夫内閣官房長官が8日「政府高官とは、官邸の警察マター担当の漆間巌官房副長官であり、記者の質問に対して行った答弁」と、初めて実名を公表した。 
 
 シャッポを脱いだ漆間副長官は9日、参院予算委員会で政府参考人として答弁し、記者会見も行って「問題の発言は一般論として捜査に関する観測を述べたものである。特定の政党を挙げて発言した記憶はなく、記者との間には記憶の齟齬がある」と釈明した。「言った」「言わない」の食い違いを究明することが必要なため、漆間氏が同予算委で述べた重要個所を引用する。 
 
 「3月5日夕刻に行われた記者懇は、オフレコだった。私も記者もメモを取らないし、録音もしないルールだ。同席した秘書官3人にも確かめており、私の記憶の限りでお話ししたい。私は三点を述べた。この種の事件では一般論として違法性の認識を立証することは難しい。二点目は、金額の多寡は違法性の認識を立証するうえで大きな要素となる。請求書があるということは傍証の一つと思うが、それだけで立件できるかは疑問だ。三点目は、検察が逮捕し以上、本人が否認しても起訴に持ち込めるだけの証拠を持っているだろう。 
 今回の事件について私は情報を持っておらず、特定の政党あるいは特定の政党の議員につき検察の捜査が及ぶか及ばないかを申し上げた記憶はない。私の発言を記者がどう認識したかは、私には分からない。真意が伝わらない形で報道され、多くの皆さんにご迷惑をおかけした。一般論として述べたが、そういうことまで言う必要はなかったと反省している」。 
 
 その後の記者会見でも、「先の記者懇談で自民党に捜査が及ぶことがあるかと質問したが…」との追及に対し、漆間氏は「そういう問いがあったという記憶がない」との弁明に終始した。 
 
 麻生太郎首相も午前の参院予算委で「誤報」と強弁していたが、午後の質疑では「漆間副長官の記憶と記者の受け止め方にズレがあったというのが正確だと思っている」と修正するなど〝言い逃れ〟に過ぎない答弁にはあきれた。漆間氏は元警察庁長官であり、権力者としての驕りがもたらした暴言と言わざるを得ないのである。 
 
 ところで、当日のオフレコ懇談には記者会加盟社の20人近くが参加していたようで、メモを取らない約束の会見とはいえ、各紙の一報は「自民党議員の立件はないだろう」と、ほぼ同じ表現で伝えていた。従って、「記憶がない」との漆間弁明を容認できない筈で、記者会としての正式見解をまとめて厳重抗議すべきではなかったか。「記憶のズレ」との政府側釈明に堂々と反論せず、漆間氏の責任追及が不発に終わったことが情けない。記者クラブ制度の閉鎖性・独善性を指摘する声が強まっている折、「権力の監視」に当たるメディア各社に明快な報道姿勢の確立を要望したい。 
 
▽「北方四島」総面積折半の妥協案 
 
 前外務事務次官の谷内正太郎政府代表が言及した「北方領土三・五島返還案」が、5月のプーチン・ロシア首相来日を控え、論議を巻き起こした。 
 
 毎日新聞のインタビューが投じた一石で、4月17日朝刊に掲載された。一面本記を受けてオピニオン面(九面)に詳報しており、当面の外交政策全般につき記者の質問に答えたものだが、注目を浴びた北方領土に関する谷内氏の見解をそっくり転載する。 
 
 「サハリンでの日露首脳会談(09・2・18)では『新たな、独創的で型にはまらないアプローチ』という考えを確認した。日本側が四島(歯舞、色丹、国後、択捉)、あるいは二島(歯舞、色丹)、ロシア側が〝ゼロ回答〟というのでは両国民の納得できる結果は出てこないと思う。エネルギー、環境、北東シベリアの開発といった大きな戦略的構図を作り出し、その中で北方四島の問題を位置づけなければいけない。それが『型にはまらない』アプローチだ。返還後の北方四島は、非軍事的な地域にすることを日露間で合意するという案もありうる。 
 私は三・五島でもいいのではないかと考えている。北方四島を両国のつまずきの石にしないという意思が大事だ。二島では全体の七%にすぎない。択捉島の面積がすごく大きく、面積を折半すると三島プラス択捉の二〇~二五%ぐらいになる。折半すると(三・五島は)実質は四島返還になるんですよ」。 
 
 北方四島の帰属問題は戦後日本外交の大きなトゲとなっており、日露歩み寄りの展望はいぜん開けていない。そんな折に飛び出した「三・五島返還案」。この注目すべき〝打開案〟を、谷内政府代表が表明したことを伝えた毎日新聞特ダネに、多くの読者は瞠目した。政府代表の発言だけに、モヤモヤした「四島返還」返還交渉の難しさも含めて丁寧に説明することこそ麻生政権の責務と思うが、先の漆間発言の隠ぺい工作と同様、「そんな発言はしていない」との強弁に終始した。これでは「誤報」の謗りは免れず、毎日新聞へのとんでもない誹謗中傷ではないか。 
 
 谷内氏は現役外交官の重鎮で、外務次官退官後も麻生政権の政府代表として日本外交の要になっている。4月21日の参院予算委員会で、緊急議題として取り上げたのは当然だ。ところが、麻生首相は「四島の(日本への)帰属が確認されれば、実際の返還時期等は柔軟に対応する」と述べただけで、「谷内案」を切って捨てた。 
 谷内氏が「三・五島」の持論を表明したのは紛れもない事実なのに、同予算委で参考人として証言した彼は「『個人的に三・五島でいいのではないかと思っている』というたぐいの発言は一切していない」と述べ、「全体の流れの中で誤解を与える部分があったかもしれないという反省もある」と釈明したが、首相・外相らの圧力に屈して〝前言を翻した〟ことは明白である。 
 
 毎日新聞側がインタビュー録音を忠実に再現したことは疑う余地のない事だが、政府がまたまた説明責任を果たさぬまま発言を封じてしまった。この点、『毎日』一社だけに矮小化してならない重大問題との認識が肝要だ。国会審議に委ねて経過報告だけで〝打ち止め〟にしてはならず、メディア界全体の一大事として真相究明に努めて「国民の知る権利」に応えて欲しい。 
 
 谷内氏は2月にサハリンであった麻生首相とメドベージェフ大統領との会談には同席したが、5月12日東京での麻生・プーチン両国首相会談には姿を見せなかったと伝えられている。谷内氏が〝自粛〟したのだろうか? この会談では、領土問題の話し合いは進まず、七月のG8サミット以降に持ち越された。 
 
 政府高官二人の〝本音〟発言が引き起こした騒動を振り返って問題点を探ったが、日本政治のバラバラで無責任な実態に改めて驚愕させられた。政治家のウソ、官僚のとんでもない発言が社会を混乱させ、国民のための行政を停滞させている。日本郵政社長人事をめぐって鳩山邦夫総務相が更迭された(6・12)問題もまた永田町政治の縄張り争いをさらけ出す醜態だった。 
 政治の劣化は目を覆いたくなる危機状況なのに、修復する努力をせずに、自らの失政を隠すため、政治権力の独善と虚言の乱発はひど過ぎる。目前に迫った総選挙は、国民の一票一票が日本政治の針路変更につながる重大局面だ。 
(いけだ・たつお=ジャーナリスト) 
 
*本稿は新聞通信調査会発行の月刊冊子『メディア展望』09年7月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です。 


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