2009年09月01日15時58分掲載  無料記事
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政治

「集団的自衛権」見直しを提言 武器輸出三原則緩和の報告書に驚く 池田龍夫

  敗戦から64年の日本、内外に変革(チェンジ)の嵐が巻き起こっている。安倍晋三、福田康夫、麻生太郎氏と三代続いた自民党政権の失態が、国民の政治不信を招き、国際的信用を失墜させた罪は大きい。とにかく難問山積、新政権の責任は極めて重い。中でも、安全保障・防衛政策の動向は、国民の命運に直結する重要課題。政府の独善的判断には、厳しい目を注がなければならない。 
 
▽「安保防衛懇」提言が投げかけた波紋 
 
 「核持ち込み密約」を認めた村田良平・元外務次官証言をめぐって議論が沸騰している折、政府の「安全保障と防衛力に関する懇談会」は8月4日、年末に改定される「防衛計画の大綱」に向けた報告書をまとめ、麻生首相に提出した。「集団的自衛権の見直し」など、踏み込んだ提言をしているが、これは北朝鮮弾道ミサイルに対応する日米軍事力強化を狙ったものとみられる。 
 政権交代が取り沙汰されている混乱期に報告書を提出した背景に、「政治的思惑を感じる」との観測も強く否定できまい。この報告書が、2004年報告(小泉純一郎政権時)のように「防衛大綱」に反映されるならば、安保・防衛政策の大転換になる恐れがある。そこで、従来の「報告書」より鮮明になった集団的自衛権や武器輸出三原則の緩和など「新報告書」の重要個所を示して参考に供したい。 
 
▼[日本をとりまく安全保障環境] 
 米国の影響力の変化と国際公共財の不足=米国の絶対的な優位は今後も変わらないが、軍事的負担の増大や経済危機の影響で、米国の関与が縮小するおそれ。これまで米国が主導的に提供してきた国際公共財について、米国に加えて、EU諸国など主要国が共同で提供する必要。北朝鮮は核・ミサイル開発を継続しており、世界の平和と安全に対する脅威。日本にとっては、核・ミサイルに加え、特殊部隊による破壊工作も大きな脅威。北朝鮮の体制は先行き不透明であり、体制崩壊の可能性。 
 
▼[多層協力的安全保障戦略] 
 日本の安全保障を確保するため、①日本自身の努力②同盟国との協力③地域における協力④国際社会との協力という四つのアプローチを「多層的」に用いて、重層的に問題の解決にあたり、日本の安全確保、脅威の発現の防止、国際システムの維持・構築という三つの目標を実現する「多層協力的戦略」が必要。 
 
▼[防衛力の役割] 
 弾道ミサイルへの対応=抑止が最も重要。核抑止については米国に依存。その他の打撃力による抑止は主として米国に期待しつつ日本も作戦上の協働・協力を行なう必要。ミサイル防衛による対処や被害局限も抑止の一環。重層的に構成される抑止を実効的に機能させるためには、日米の連携が重要。現在計画中のミサイル防衛システムの整備を着実に進めつつ、新型迎撃ミサイルの日米共同開発を促進すべき。敵基地攻撃能力を含む抑止力の向上については日米の役割分担を踏まえ、日本として適切な装備体系、運用方法、費用対効果を検討する必要。 
 
▼[安全保障政策に関する指針について] 
 「国防の基本方針」は策定から50年以上修正されず。また、「防衛政策の基本」とされてきた(ア)専守防衛、(イ)他国に脅威を与えるような軍事大国にならない、(ウ)文民統制を確保する、(エ)非核三原則、の四つの方針には「歯止め」としての意義はあったものの、「日本は何をするのか」についての説明としては不十分。「文民統制」や「軍事大国にならない」との方針は引き続き重要だが、安全保障環境の変化によって、世界は従来「専守防衛」で想定していたものではなくなっており、今日の視点から検証すべき。 
 
▼[弾道ミサイル攻撃への対応に関する方針について] 
 日米協力が重要。弾道ミサイル攻撃からの防衛には、報復的抑止力について米国に依存する一方、ミサイル迎撃や被害局限など、自らの役割を果たすべき。北朝鮮の弾道ミサイルは日米共通の脅威で、米国に向かうミサイルの迎撃を可能とするため集団的自衛権に関する解釈を見直すべき。弾道ミサイルへの対処に際し、自衛隊艦船が米艦船を防護できるよう、集団的自衛権に関する解釈の見直しも含めた適切な法制度の整備が必要。 
 
▼[武器輸出三原則等について] 
 欧米諸国は、国際的な分業により先進的な武器技術や装備品を取得しようとしており、日本がこのような枠組に参加できない場合、国際的な技術の発展から取り残されるリスクが高まっている。また、米国からライセンスを受けて国内で生産する装備品等の米国への輸出を可能とすることは、日米協力の深化にもつながる。更にテロ対策に資する装備などの輸出は、日本の安全のためにも必要。武器輸出三原則等を修正、武器輸出を律するための新たな政策方針を定めることが適切。 
 
▽委員の顔ぶれ、〝密室論議〟に疑念残る 
 
 安倍晋三首相は2007年5月、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二元駐米大使)を発足させた。「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍氏長年のテーマで、見直し賛成派の有識者13人(岡崎久彦氏ら)を委員に委嘱。懇談会の大勢は憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を容認すべきだという方向で議論は進んだが、安倍首相は同年9月に政権を投げ出し、後任の福田首相が解釈変更に消極的だったため、政府における集団的自衛権見直し論議は遠のいたかに見えた。 
 
 ところが、福田氏退陣(08・9)後に首相の座についた 麻生氏は09年1月7日、「安全保障と防衛力に関する懇談会」を〝新装開店〟させた。安倍元首相の意図を継承した麻生首相が同種の懇談会を設立した狙いが、新たに委嘱した委員の顔ぶれからも透けて見える。 
 委員は青木節子・慶応大学政策学部教授▽植木(川勝)千可子・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授▽勝俣恒久・東京電力会長▽北岡伸一・東京大学大学院法学政治学研究科教授▽田中明彦・東京大学大学院情報学部教授▽中西寛・京都大学公共政策大学院教授の六人で、座長は川俣氏。 
 このほか専門委員として加藤良三・日本プロ野球組織コミッショナー▽佐藤謙・元防衛事務次官▽竹河内捷治・元防衛庁統合幕僚会議議長の3人が委嘱された。構成メンバー計9人のうち北岡・田中・中西・佐藤の四氏は、「安倍懇談会」に続いての委員。 
 
 青木氏は宇宙法や通信衛星などの研究者、植木氏は国際関係論・安全保障の研究者。北岡氏ら3教授は政府審議会や論壇で活躍している学者。加藤氏はつい最近まで駐米大使の要職にあった。 
 
 「懇談会」は麻生首相直属の諮問機関で、これまで11回開かれているが、非公開のため一般国民への情報は遮断されたまま。「先に結論ありきの懇談会」との批判もうなずけよう。日本国憲法や非核三原則・武器輸出三原則など「国是」変更につながる問題をはじめ、核抑止について様々な議論がある段階で、日米同盟に傾斜しすぎた「懇談会報告」との印象を否めない。 
 
 改憲の論調を掲げる『読売』『産経』は同報告書を評価していたが、他紙の多くが「国民的論議を深めるべきだ」と、集団的自衛権の解釈見直しの動きに警告を発していた。「専守防衛は『戦力不保持』をうたった憲法九条の下で自衛隊を持つにあたって『国際紛争を解決する手段としては武力行使を永久に放棄する』と誓った九条1項を順守するために、戦後の日本が選択した防衛政策の大原則である。法理上はすべての主権国家が保有しているとされる集団的自衛権や、敵基地攻撃能力を政府が封印してきたのも、専守防衛を原則としてきたからにほかならない。 
 
 専守防衛原則の見直しは、その封印を解き、安全保障政策を大転換させることを意味するだけではない。九条解釈を実質的に変更し、平和憲法の変質につながりかねない問題をはらむ」(『西日本』8・11社説)、「政府の憲法解釈は長年にわたる国会論議の積み重ねの結果でもある。国の法体系の根幹である憲法の解釈は法理論上の問題という側面を持つ。安保環境の変化にとどまらず精緻な理論付けが必要だ」(『毎日』8・5社説)などの指摘は尤もで、懇談会報告を鵜呑みにすることは危険きわまりない。 
 
 ただ、「8・30衆院選挙」後に政権の枠組みが変わった場合、安全保障や防衛に関する政府方針も変わるはずだから、今回の報告書が棚上げされるような気がする。いずれにせよ、選挙の洗礼を受けた新政権の下で、国民を守るための「安全保障政策」にじっくり取り組んでもらいたい。 
(いけだ・たつお=ジャーナリスト) 
 
*本稿は新聞通信調査会発行の月刊冊子『メディア展望』09年9月号に掲載された「プレスウォッチング」の転載です。 


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