2009年11月07日15時09分掲載  無料記事
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経済界のリーダーシップ論を採点 明治時代の渋沢栄一翁に学ぶとき 安原和雄

  経済界で目下、リーダーシップ論が盛んである。経済団体の一つ、経済同友会の「大きな時代変化の中でリーダーシップを考える」はその具体例である。「大きな時代変化」として、あの企業利益至上主義の新自由主義(=市場経済原理主義)路線の破綻を挙げることができる。ただあえてその論議を採点すれば、破綻したはずの企業利益至上主義を克服できないまま、模索が続いているという印象が消えない。 
 明治時代の財界巨頭で、「日本資本主義の父」ともうたわれる渋沢栄一翁は社会的に必要な事業かどうかを第一に重視し、利損(利益と損失)は第二と考え、実践した。今、渋沢翁が生存していれば、利損を第一に考え、右往左往する企業トップの多い現状を慨嘆し、戒めるに違いない。21世紀版リーダーシップ論を発展させるためにも、「日本資本主義の父」の戒めに耳を傾け、学ぶときではないか。 
 
▽経済同友会のリーダーシップ論議 
 
 日本経団連、日本商工会議所と並ぶわが国の代表的な経済団体の一つ、経済同友会(代表幹事・桜井正光リコー会長)はリーダーシップ論議に取り組んでいる。テーマは「大きな時代変化の中でリーダーシップを考える」で、去る2003年度から始めて、08年度の活動は5期目となった。最新の『経済同友』(経済同友会のオピニオン誌・09年10月号)が08年度の活動内容を特集(テーマは「次世代を担うリーダーへ 〜 イノベイティブ・トップリーダーとの対話から、学び・考える」)している。その概要を以下に紹介する。 
 
 講師(一部)の講話(要旨)はつぎの通り。 
*今道友信氏(東大名誉教授)=4つの社会的な徳 
 リーダーがいなければ危機を救うことはできない。平時には必要ないように見えても、危機の時に必要とされる人がリーダーである。自ら立てた理念を求め続け、それを理解して貰うためによく話し合うこと、高い理念や強い使命感、奉仕の心を持つことも大切だ。仲間に感謝し、さらに自らの去る時期も考えなければならない。哲学で言う4つの社会的な徳、「正義」「中庸・賢慮(Prudence)」「勇気」「節制」を自分なりに身に付けてほしい。 
 
*桜井正光氏(経済同友会代表幹事)=変革のためのリーダーシップ 
 まずビジョンを描くことが大切である。ビジョンがあって、将来を予測する。それを原点にして現在とのギャップをつかんでいけば、変革しなければならない要素がおのずと見えてくる。また変革はリスキーなことなので、率先垂範、行動力も大切となる。トップが自ら先頭に立って旗を振り続けない限り、変革は進まない。当然のことながら変革の理由・背景を説明することは必要である。 
 
*小枝 至氏(経済同友会副代表幹事・日産自動車相談役名誉会長)=国際競争の中で 
 国際競争の中で求められることは、会社全体の現状を正確に把握すること、また多様性に対する認識を高めて、日本独自の文化、歴史、言語を理解し、他の文化や考え方に対する評価尺度を持つことが必要になる。さらに日本ブランドの価値を認識してその維持向上に努めること、リーダーが魅力的なビジョン・計画を示すことが必要だ。 
 
*細谷英二氏(りそなホールディングス代表執行役会長=「りそな再生」に学ぶ教訓 
 変化に鈍感な組織は滅びる。「離見の見」― 自分の姿を一歩離れたところでどう見られているかを意識する ― このような視点で自らの戦略を変える気概と行動力がなければ、組織は変わらない。日本の組織の最大の欠陥は、論理的な議論を回避することにある。きちんと議論を戦わせる風土がないと、企業は衰退する。雑音や足を引っ張られることがあっても、誠心誠意やり続ければ、必ずお天道様は見ていてくれる。 
 
*長谷川閑史氏(経済同友会副代表幹事・武田薬品工業社長)=高い倫理観、価値観 
 リーダーに求められる資質とは、「高い倫理観と揺るぎない価値観」だ。企業トップになる人は、会社に対して倫理上、コンプライアンス(法令遵守)上で迷惑をかけることがない、という覚悟を持つこと、その覚悟がない人はトップになるべきではない。また自分なりの価値観を身に付けることが非常に大事だ。それは本人が苦慮し、努力し、本などを読んで自ら育んでいくものだ。常に人の意見を聞き、謙虚に学ぶ姿勢を忘れてはならない。 
 
*中村邦夫氏(パナソニック取締役会長)=大きな地殻変動の兆し 
 今、大きな地殻変動の兆しが見えてきた。脱・石油、エネルギー、環境産業革命だ。環境・ECOにつながっていない企業は消滅し、まだ小さいがECOに集中・特化しているベンチャーは巨大な企業になっていくだろう。経営とはイノベーションであり、大変なことでも変えていかないと、潰れてしまう。若い人には是非チェンジ・リーダーになってほしい。世界の中の日本という観点で、将来を眺めていくと、面白いことが発見できる。 
 
*北城恪太郎氏(前経済同友会代表幹事)=高い志と迅速な意思決定 
 高い倫理観・価値観、高い志がなければリーダーにはなれない。その上で迅速に意思決定をして実行することが大切だ。的確な判断をするには、都合のよい情報ばかりが正しい情報では決してないことを認識する必要がある。問題があれば軌道修正をする勇気がなければ、変化の速い時代には成功しない。そしてこれをやってやろうという情熱(Passion)が大事だ。組織の活性化さらに人材育成もリーダーの重要な役割だ。 
 
 以上の講話のなかから経済界リーダーの必要条件を拾い出してみると、以下のようである。 
・4つの社会的な徳、「正義」「中庸・賢慮」「勇気」「節制」 
・変革のためのビジョン、率先垂範・行動力 
・日本ブランドの価値を認識 
・議論を戦わせる風土 
・高い倫理観と揺るぎない価値観 
・脱・石油、環境産業革命 
・高い志と迅速な意思決定 
 
▽企業の社会貢献と利益の還元を 
 
 瀬戸内海などを足場に現代アートを核にした地域振興支援を積極的に進めている福武總一郎氏(ベネッセ会長)は「企業の社会貢献として利益の還元を」などと以下のように主張している。(毎日新聞09年10月30日付のインタビュー記事・要旨から) 
 
 何のための企業活動か、人にとっての幸せとは何か、真剣に考え、社名も福武書店から「よく生きる」という意味のベネッセに変更した。 
 「あるものを活かし、ないものを創る」発想が必要だ。「あるものを壊して、ないものを創る」― 現在主流のそんな文明史観を覆したい。 
 
 年を取れば取るほど幸せでなければならないのに、現代社会は若者に目を向けすぎだ。人生経験を積んだお年寄りが笑顔でいられるような地域でなければ、人は幸せになれない。また物質的に豊かでも、精神的に豊かでなければ幸せになれない。企業も経済活動で富を生み出すが、それだけでは豊かな社会は築けない。社会的な存在である企業は精神的にも満ち足りた暮らしのために、利益を還元すべきだ。「経済は文化のしもべ」であると言っている。 
 環境問題は子どもたちの未来にかかわる重要なテーマだ。 
 
 祖父がクラレに勤めていて、私の名前は大原孫三郎(注)の長男總一郎さんからもらった。孫三郎は美術館のほか、病院、学校、社会問題研究所などもつくり、企業経営と社会貢献を車の両輪として進めた。最も尊敬する経営者だ。(以上、記事から) 
 
(注・安原)大原 孫三郎(おおはら まごさぶろう、1880 〜1943年)は倉敷紡績、倉敷絹織、倉敷毛織、中国合同銀行(中国銀行の前身)、中国水力電気会社(中国電力の前身)の頭取、社長などを務めた。社会、文化事業にも熱心に取り組み、大原社会問題研究所(現法政大学大原社会問題研究所)、大原美術館などが知られる。1926年設立の倉敷絹織が現在のクラレの前身。 
 
 福武氏が企業経営者の必要条件あるいは不可欠な発想として挙げているのは、以下のようである。同氏にはリーダーシップ論という感覚はないかもしれないが、福武流リーダーシップ論と受け止めたい。 
・人にとっての幸せ 
・「よく生きる」 
・「あるものを活かし、ないものを創る」発想 
・お年寄りが笑顔でいられるような地域づくり 
・社会的存在である企業は利益を還元すべきだ 
・「経済は文化のしもべ」 
・環境問題は子どもたちの未来にかかわる 
・企業経営と社会貢献は車の両輪 
 
▽新自由主義路線にこだわるのか、それとも拒否するのか 
 
 上述の経済同友会のリーダーシップ論と福武氏の考え方とを比較すると、その違いの大きさが際立っている。その背景にあるものは何だろうか。結論から言えば、あの破綻(はたん)したはずの新自由主義(=市場経済原理主義)路線の残影の中で企業経営の在り方を追求するのか、それとも新自由主義路線を拒否する位置で企業経営の方向を模索しつづけるのか、その違いではないか。 
 もちろん前者は経済同友会の面々であり、後者の立場が福武氏だと考える。私が審査員なら軍配はもちろん後者の福武氏に挙げたい。 
 同氏は大原孫三郎について「美術館のほか、病院、学校、社会問題研究所などもつくり、企業経営と社会貢献を車の両輪として進めた。最も尊敬する経営者だ」と言い切っている。今どき、敗戦(1945年)以前の明治憲法下で活躍した企業人・大原孫三郎の「経営者としての社会貢献論」を持ち上げる企業トップも珍しいのではないか。それだけでも評価に値する。 
 
 といっても経済同友会の講師たちが口々に指摘しているリーダーシップ論が間違っているというのではない。正義、変革のビジョン、高い倫理観、高い志 ― などどれも言葉としてはもっともである。立派すぎるともいえる。 
 しかし例えば正義の旗を振りかざしながら悪事を働く事例が歴史上多すぎないだろうか。21世紀初頭の事例ではブッシュ前米大統領のアフガニスタン、イラクへの侵攻作戦もたしか正義の旗を掲げての蛮行ではなかったか。 
 
 正義はもちろんのこと、変革のビジョン、高い倫理観、高い志のいずれもリーダーには不可欠の資質である。問題は、その具体的な中身である。正義とは何を意味するのか、何をどう変革するビジョンなのか、高い倫理観とはどういう行動原理なのか、高い志とは、何を実現しようとする志なのか、その具体的な説明がなければ、ただの作文にすぎない。『経済同友』の特集からは、その具体的中身が伝わってこない。 
 
 福武氏は「企業の社会的貢献」、いいかえれば「企業の社会的責任」(CSR)にこだわっている。その一環として「利益の社会還元」を唱えている。これは社会からいただいた企業利益の一部を社会にお返ししたい、という発想だろう。この発想はまさしく貪欲な利益追求至上主義の新自由主義路線とは異質であり、望ましい経営姿勢である。 
 これに対し、経済同友会のリーダーシップ論からは、「企業の社会的責任」「利益の社会還元」という発想はうかがえない。むしろ企業内リーダーシップの発揮によって、利益を確保し、企業の生き残り、さらなる成長を目指すための「変革のビジョン」「高い志」が見え隠れしている。そうだとすれば、これは新自由主義路線の残影の中での模索というほかないだろう。 
 
▽ 明治の実業家、渋沢栄一翁に学ぶとき 
 
 日本資本主義の父ともいうべき存在で、明治・大正の財界巨頭、渋沢栄一翁(注)の「論語・算盤」説(「道徳経済合一」説、「利義合一」説とも呼ばれる)は有名である。21世紀の企業トップのリーダーシップ論を考える上でも、今こそ、この「論語・算盤」説に学ぶときではないか。その核心となっているのが『論語』の次の名句である。 
 (注)渋沢栄一(1840〜1931年)は、日本最初の銀行「第一国立銀行」(旧第一勧業銀行の前身)を創設し、頭取に就任したほか、引退するまでに500余の企業の設立に関係、さらに東京商工会議所(1878年設立)の初代会頭に就任。教育分野にも関心を抱き、一橋大学の創立と発展に貢献した。著書は『論語講義』(全七巻・講談社学術文庫)、『論語と算盤』(大和出版)など。 
 
◆「君子(くんし)は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩る」 
〈大意〉君子、つまり立派な人は正しいか正しくないかという道義、道理中心に考え、行動するが、小人、つまりつまらない人間は利にさとく損得を中心に考え、行動する。 
◆「利によりて行えば、怨(うら)み多し」 
〈大意〉治者はもちろん、たとえ一個人にしても自己の利益のみを図る者は、他の怨みを取ることが多い。 
◆「不義にして富み、かつ貴(たっと)きは我において浮雲のごとし」 
〈大意〉道義、道理に反して得た富貴はまさに浮雲に等しく、いかえればバブルにほかならない。 
 
 私(安原)は10年ほど前、渋沢栄一記念館(埼玉県深谷市)を訪ね、渋沢の録音講演を聞いたことがある。少し高い調子の声でつぎのように話しているのが印象に残った。 
「経済は道徳とともに進まなければならない・・・」と。 
 
 さて渋沢自身は自らの「論語・算盤」説をどう実践したのか。「君子は義に喩り、小人は利に喩る」に関連して、次のように述べている。 
 (注)「喩」は感得の意。「利」は私慾をいう。 
 
 「今日世に処するに、義に喩った方が利益であるか、利に喩った方が利益であるか、利に喩るのがむしろその人の利益になる場合がある。少なくとも目前の利益は確実なる場合がある」 
 「投機は絶対にせぬ。(中略)(値上がりする株を)買い入れて利益を占めたとすれば、世人より投機者流とみられ、世間の信用を失うようにならぬとも限らぬ。すなわち一時は利益を得ても永い歳月の中には大いに損をすることになる」 
 「余はいつでも事業に対するときには、まず道義上より起こすべき事業か、盛んにすべき事業かどうかを考え、利損は第二位において考えることにしている。もとより利益を度外に置くことは許されぬが、事業は必ず利益を伴うと限ったものではない。利益本意であれば、利益の上がらぬ事業会社の株は売り払うことになり、必要な事業を盛んにすることができなくなる。そう考えて事業を起こし、これに関与し、あるいは株を所有する。ただし株が騰貴するだろうと考えて、株をもったことはない」(『論語講義』(二)p53〜55) 
 
 要するに渋沢は次の諸点を強調している。昨今の利益追求至上主義の虜(とりこ)になっている企業経営者にとっては耳の痛い忠言であろう。特に「事業の利損は第二位に考える」は市場原理主義者らにとって戒めの助言となっている。 
*投機は絶対にせぬこと 
*道義上、つまり社会的に必要な事業を盛んにすることを第一位に考えること 
*事業の利損は第二位に考えること 
*騰貴を目当てに株を持ったことはないこと 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です 
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