2009年11月27日15時36分掲載  無料記事
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世界経済

タックスヘイブン、規制という名の合法化が進んでいる  稲垣豊

  今回の金融恐慌の背後に、資本の自由な移動を支えるタックスヘイブンの存在があることはよく知られている。2009年9月25日に米・ピッツバーグで行われた第三回G20サミットの首脳声明では、並み居る他の金融規制の課題を抑えて、このタックスヘイブン(G20では「非協力的な国・地域(NCJs)」と呼んでいる)規制に関する声明が群を抜いている。曰く「非協力的な国・地域(NCJs)と闘うという我々のコミットメントは、目覚しい成果を上げた」。しかし、この「目覚しい成果」が、まさに自画自賛の代物でしかないということをここで明らかにしておきたい。声明の中でもっとも誇らしげに自画自賛しているタックスヘイブン規制ですら、全くのデタラメどころか、むしろタックスヘイブンの公認であることから、他の金融規制についても、その効果は極めて疑わしいといわざるを得ない。 
 
■税情報の交換条約:TIEA 
 
  G20のいうタックスヘイブン規制とは、タックスヘイブンに対して租税情報交換条約(Tax Information Exchange Agreement:TIEA)を締結させる(または約束させる)ということである。 
 
  租税情報交換というのは、簡単に言えば、租税回避に係わる疑わしい取引などがあった場合に、課税国の求めに応じてタックスヘイブンの国が情報提供をすることである。G20サミットの論理では、悪さをしてもTIEAによって情報が提供されるので、租税回避のインセンティブは下がる、というものである。 
 
  OECDは2009年4月2日にいわゆるタックスヘイブンのブラックリストを発表した。TIEA締結の意向を示していない国・地域を「ブラックリスト」、TIEA締結を約束した国・地域を「グレーリスト」、TIEA締結済みや情報交換に応じる国・地域は「ホワイトリスト」に分類されていた。 
 
2009年4月2日リスト 
ホワイトリスト 40カ国・地域 
グレーリスト  38カ国・地域 
ブラックリスト 4カ国・地域 
 
  これが11月13日には次のようになった(対象国が拡大している) 
 
2009年11月13日 
ホワイトリスト 59カ国・地域 
グレーリスト  27カ国・地域 
ブラックリスト 0カ国・地域 
 
  G20ビッツバーグサミットの首脳宣言は、これを以って「目覚しい成果」であると述べている。実際に日本もG20サミットでの動きを受けて、タックスヘイブンであるバミューダとの情報交換を主体とした租税条約に関する交渉が進められ、6月には基本合意に達している。(プレスリリース) 
 
■対抗措置 
 
  また、G20ピッツバーグ首脳声明は次のように述べてタックスヘイブンへの対抗措置を匂わせている。 
 
「我々は2010年3月からタックス・ヘイブンに対する対抗措置を使用する用意をする。」 
 
  実際、フランスでは、フランス銀行協会がタックスヘイブンから銀行の子会社や支店を閉鎖することを明らかにしている。対象は来年の3月時点でグレーリストに記載されている国や地域としている。 
 
  その他、来年3月からどのような具体的措置がとられるのかは、分からないが、OECD「有害な税の競争報告書」(1998年)にあげられた以下のような措置が考えられる。 
 
・国内法及び執行に関する勧告(CFCなどタックスヘイブン対策税制の導入、資本参加免税等国外所得の免税制度の制限、国外活動に関する情報申告制度の充実、ルーリングに関する条件の公開、移転価格ガイドラインの遵守、銀行情報へのアクセス) 
・租税条約に関する勧告(情報交換規定の活用、条約便益の利用資格の確認と制限、国内法の租税回避規定とOECDモデル条約の原則の適合、タックスヘイブン国・地域との租税条約の廃止) 
・共同調査、協調トレーニングプログラム等の実施 
・他国の税に関する請求への協力 
・タックスヘイブン国・地域への支払の控除制限 
・有害な税の競争に加担する国の居住者への支払に対する源泉税の賦課� 
・「居住地」の定義の見なおし 
・税以外の措置(経済援助) 
 
(参考)「有害」な優遇税制の行方(JETRO ユーロトレンド 2002.5:PDFファイル) 
 
  日本の場合は、欧米ほどのドラスティックな対策を取る可能性は高いとはいえないだろう。前述のバミューダとのTIEA基本合意を皮切りに、他のタックスヘイブンとのTIEA締結に向けての交渉が進む可能性がある。また従来より導入されている国際課税の改定などを、「対抗措置」とする可能性が高い。 
 
(参考)国際課税に関する資料(財務省) 
 
■骨抜き条約TIEA 
 
  ここでも書いたが、OECDがタックスヘイブンの問題に取り組み始めた1998年時点では、タックスヘイブンに当たるか否かの判断基準は四つあげられていた。(1)実効税率がゼロか名目的であること、(2)効果的な情報交換の欠如、(3)透明性の欠如、(4)実質的活動がないこと、である。これが2001年のOECD報告書では、(2)と(3)のみを判断基準とすることとなり、実効税率がゼロであっても、ペーパーカンパニーであろうと、それはタックスヘイブン国の主権ということで、問われないことになった。 
 
  TIEAはそのような流れの中で2002年にOECDのモデルTIEAが策定された。また、このOECDモデルTIEAは、それまでアメリカが他のタックスヘイブンとのあいだで結んできた情報交換条約と瓜二つであるが、エンロンやワールドコム事件で、タックスヘイブンが利用されたこと、また今回のサブプライムローン危機を未然に防げなかったことなど、タックスヘイブンに対する強力な規制には極めて不十分といわざるを得ない。 
 
  このOECDモデルTIEAはすでに時代遅れのものである、と米上院委員会で金融専門家も証言している。そして欠陥のあるOECDモデルTIEAの制定に、2001年から2003年までブッシュ政権の下で財務長官を務めたポール・オニールが大きな責任を負っていることも証言している。2001年5月にポール・オニール財務長官は、「違法な企業活動を起訴するために必要かつ限定された情報を交換し合うことに限られるのであれば、財務省はOECDイニチアチブを支持する」と発言したという。(タックス・ジャスティス・ネットワークのブログより) 
 
■税情報の自動交換 
 
  タックスヘイブンの閉鎖などを求めて活動しているイギリスのタックス・ジャスティス・ネットワークやattacフランスなどは、税情報の交換が当局の恣意的な必要性に左右されるアメリカ−OECDモデルの情報交換条約ではなく、自動的に税情報が交換されるモデルを提唱している。OECD自身も、税情報の自動交換に関する作業マニュアルなどを策定し、すでにそれを実施している国もある。にもかかわらずOECDがタックスヘイブンに要求している情報交換の方法は、OECDモデルのTIEAすなわち税情報が自動的には交換されないものなのである。 
 
  OECDが策定している自動交換のマニュアルには、交換されうる情報として以下のようなものをあげている。 
 
·一つの州から他の州への居住地の変更 
·不動産の所有権とそれからの所得 
·配当 
·利子 
·使用料 
·キャピタルゲイン 
·給料、賃金など雇用の報酬 
·役員報酬およびそれに類似の支払い 
·芸術やスポーツから得た所得、年金およびそれに類似の報酬、公務員の給料、賃金などの報酬、ギャンブル収入などのその他の所得、付加価値税(VAT)/売上税、物品税などの間接税や社会保障の支払いといったその他の項目 
·手数料およびそれに類似の支払い 
(「租税目的のための情報交換規定の実施に関するOECDマニュアル」より) 
 
  税情報の自動交換は、タックスヘイブン規制の最低限の条件である。 
 
■危機から利益をむさぼる者たち 
 
  だが、それだけでは十分ではないだろう。attacフランスは、タックスヘイブン規制を求めた報告書 『ピッツバーグG20:タックスヘイブンは消滅途上? いや、怪しいものだ』(フランス語)のなかで、こう述べている。 
 
「ATTACの提案は、これまでの現状とはまったく別の見地に立つ。あの回避地は協力的で、あっちの回避地は非協力的だといった判断を下すといったものではない。」 
 
  OECDやG20は、骨抜きTIEAを締結しさえすれば「協力的なタックスヘイブンである」と認定し、それらのタックスヘイブンを世界経済の一員として公然と承認するにまでなった。2010年3月から対抗措置を取る? 骨抜きTIEA条約の締結によってすべてのタックスヘイブンが「非協力的」から「協力的」になった今、対抗措置を取る対象など存在しないではないか。にもかかわらずG20は何を偉そうに「目覚しい成果を挙げた」とか「タックス・ヘイブンに対する対抗措置を使用する用意をする」などと言っているのだ。 
 
  G20サミットにおける議論は、今年の夏にATTACインターナショナルが公表した声明の中で述べられている事態そのものである。 
 
「金融市場の規制緩和によって、社会的および環境上の惨禍がもたらされ、民主主義が損なわれたことは明らかである。私たちの敵対者は総じて、この10年を拒絶と目を背けることに費やしてきた。明らかな危機を回避する努力を怠り、可能な場合はいつでもそこから利益をむさぼりさえした。それに対して、私たちは迫り来る危機を見すえ、それらを回避する道を提案した」(ATTACの最初の10年 1998〜2008年) 
 
「危機こそ最大のチャンス」という言葉があちらこちらで叫ばれた。タックスヘイブンをめぐる戦いを始め、IMF体制や気候変動、その他その他・・・・・・。金融危機はまさに私たちの敵対者にとって利益をむさぼるチャンスにされようとしている。そしてそのツケは貧しい人々に押し付けられている。そんなデタラメは許さない。G20を信じるな。そして、搾取も戦争もないもうひとつの世界を目指すたたかいに走り出そう」 
 
 
(資料)生き残り図るタックスヘイブン 金融危機で欧米が圧力 
配信元:産経新聞 2009/09/21 19:46更新 
 
(資料)G20ピッツバーグサミット首脳声明 
(国際金融規制体制の強化) 
15.非協力的な国・地域(NCJs)と闘うという我々のコミットメントは、目覚しい成果を上げた。我々は、タックス・ヘイブン、資金洗浄、汚職、テロ資金供与及び健全性基準への対応に関するモメンタムを維持することにコミットしている。我々は、途上国の参加も含め、透明性及び情報交換に関するグローバルフォーラムの拡大を歓迎し、ピア・レビューの効果的なプログラム遂行への合意を歓迎する。このフォーラムの取組の主たる焦点は、税の透明性と情報交換を改善することによって、各国がそれぞれの課税ベースを守るために税法を完全に執行できるようにすることである。また、我々は2010年3月からタックス・ヘイブンに対する対抗措置を使用する用意をする。我々は、資金洗浄とテロ資金供与に対する闘いにおける、金融活動作業部会(FATF)の取組による進展を歓迎し、FATFに対し、リスクの高い国・地域のリストを2010年2月までに公表することを求める。我々は、FSBに対し、2009年11月に、国際協力と情報交換に関し、NCJsへの対処の進捗を報告し、2010年2月までにピア・レビューの手続を開始することを求める。 


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