2010年03月11日14時25分掲載  無料記事
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文化

【パリの散歩道】(3) パリジェンヌの孤独を描くヴィルジニー・ブリエンさん  村上良太

  世界中の女性が憧れるパリ。しかし、そこで生きるのは中々厳しいようです。フランス人の女性画家ヴィルジニー・ブリエンさん(Virginie Brien 1973-)は一見、雑誌エルやフィガロに登場しそうなパリジェンヌです。しかし、その絵には孤独、断絶、涙、身を引き裂くような心の葛藤が・・・。果たしてパリジェンヌの心の奥は? 
 
  「孤独」と題された作品があります。四角い箱の中に閉じ込められた4人の女。全員黒服を着て、頭は天井から降りてくる紐でつながれています。これがパリジェンヌの心象風景なのか?連作ではやがてこの箱は閉ざされ、箱の中から涙が流れ落ちます。外の冬の大気から硬く殻を閉じて身を守り、箱同士の横のつながりはありません。あるのは天と地を結ぶ縦の紐だけです。 
 
  「都会の中ではみんな孤独です。絵の女性たちの状況はすべての人に当てはまります。 
  バーやレストランで仲間に囲まれ、ワインを飲み交わしていても、心の底に寂しさがあります。美術館や画廊、映画館や劇場などで様々な催しが行われていても、その真っ只中にいても、孤独感が埋められる事はないのです」 
 
  アンヌ=マリー・ラジエ=ピンという名前の若い女性の社会心理学者がブリエンさんの作品に共感し、インタビューを行って書き上げた文章があります。二人は話がはずみ、ともに涙を流しあったそうです。 
 
  「画家は言う。<「孤独」と題された絵は内面と外界の二つの世界を描いています。内面は硬く殻に閉ざされています。みんな自分を守るため中に閉じこもっているのです>。 
  他者を求め、自分の気持ちを表に出すためには、垂直の関係から水平の関係にシフトしなくてはならないのだ。」(ラジエ=ピンさんのテキストから) 
 
  「裂け目」と題された連作では母親になりたい願望となれない苦しみが表現されています。 
  受精卵を思わせる丸い形状には細い糸がついており、いつなんどき途切れるかわかりません。 
  この卵が次第に人の形を取りはじめ、周囲の人間達に囲まれ、善悪に引き裂かれながら真の人間になっていく経緯を描いています。 
  ブリエンさんの絵にはゴッホの星月夜もモネの草原の陽光や睡蓮のまどろみもありません。 
 
  「かつてフランスが持っていたエレガンスや上品さ、礼儀正しさは失われてしまいました。 
  もし時間を遡れるならそうした香りのあった20世紀初頭か、1920年代から30年代のパリに戻りたいと思います」 
 
  しかし、それは欧州が植民地を持っていた時代でもあります。発展途上国が経済成長し、世界中で競争が激しくなると、欧州人の生活にも効率性や経済原理が支配し始めます。今やパリにも大規模店が進出し、小さな店が消えつつあります。そこでは工場で焼かれたバゲットや大量生産の食材が廉価で売られ、店員との会話もほとんどありません。効率がよくなる反面、人が孤立しつつあります。さらにサルコジ政権に変わり、「よく働き、よく稼ごう」がスローガンになっていると聞きます。 
 
  「フランスの政治はよくないです」 
 
  ブリエンさんはソルボンヌ大学で芸術史を学び、パリの国立の美術学校(Ecole superieure des Arts et Techniques)では舞台美術を学びました。在学中はモリエールの「ドン・ジュアン」やモーツアルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」などの舞台を手がけています。 
  ブリエンさんの絵にも舞台づくりで培われたドラマ性が濃く感じられます。それが連作という形につながっているのでしょう。これまで生活のため映画美術や装飾美術にも携わってきました。 
 
  「7歳から絵を描き始めて、20歳で最初の個展を行いました。今は映画美術の仕事はしていません。絵画に専念したいと思っているんです」 
 
  現在37歳で独身のブリエンさんには子どもを持ちたいという思いもあります。 
  今、人生の岐路にあると言っていいでしょう。 
 
  「フランスで画家として生きるのは厳しい事です。特にフランス人の画家はそう思っています。日本や韓国、ドイツやベルギーなどの国々で個展を開く方が成功できると思います。日本人はフランス人より芸術に接して暮らしているし、フランス人の芸術家にもオープンだと思います。」 
 
  ブリエンさんにパリの画廊で初めて会ったとき、10人の仲間と和気藹々、グループ展を行っていました。ブリエンさんが展示していたものは風変わりなオブジェです。 
 
  「この中に入ると好きな時代に戻れるのですよ」 
 
  4本の支柱はブーツを履いており、天井から東洋の照明が釣り下がっています。 
  それは風変わりなタイムマシンでした。タイムマシンは過去にも未来にも行ける双方向性の機械ですが、「時をremonter(=遡る)する機械」と銘打たれたブリエンさんのマシンは過去に遡る片方向性のもののようです。過去への志向は子どもを持ちたい、というブリエンさんの明日とどうつながるのでしょうか。そこにブリエンさんのジレンマがあるようにも思えました。 
  しかし、自分の心にメスを入れ、他者とつながろうとする画家ブリエンさんに健康を感じます。 
 
村上良太 


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