2010年04月29日10時12分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201004291012394
中国
チベット仏教の最高位者カルマパ17世に独占インタビュー 「チベットの大自然を守りたい」
チベット仏教カギュ派の最高位者カルマパ17世は今年25歳、8歳のとき中国政府とダライラマの両者からカルマパ16世の転生者として認定され、子どものころを中国共産党政権下のチベットで過ごしたが、14歳のときインドに亡命した。現在ではダライラマを継承するチベットの宗教指導者と目されているカルマパに『亜洲週刊』が独占インタビューした。雑誌に掲載された写真からはエンジ色の法衣をまとったカルマパの指導者らしい落ち着きと賢明さが感じられる。(納村公子)
10年前〔2000年〕にラサのツルプ寺を後にしたときのあの幼さの残るようすから変わり、身長180センチを超すカルマパ17世はもう立派な男性になっている。広い額、光る瞳、そのおうようたるようすから、外界では「英明なる法王」と称せられている。インドのチベット人社会に亡命した後、カルマパはほとんどダラムサラから東へ車で40分ほどの密院に居住し、午前中には密院の4階にある広い応接間で来訪者を接見している。インド政府の統制があるため、来訪者との会見は外の世界を知る大事な窓口だ。
来訪者は密院右側の小さい入り口から上へあがる。会見には事前にインドとチベット亡命政府のチェックを通らなければならない。とくにインド側のチェックはきびしい。4年前、本誌記者がダラムサラの法会で遠くからカルマパをながめたときよりは緩和されたが、来訪者は全員きびしいチェックを受ける。取材許可を得ていても、インド側はカメラ、録音機の持ち込みを制限し、ときにはペンすら持ち込めない。
デリーの役人が語ったところによると、インド政府はカルマパがインドにやってきた真意への疑いを解いていないという。2008年5月、カルマパはインド政府の同意を得て初めてアメリカへ布教の旅に出た。今年3月30日、カルマパは本誌の独占インタビューに答え、インド政府が北京の派遣で来たのではないかと疑いを抱いていることについて、カルマパは、それは不公平だと言ったが、落ち着いたようすでこう言った。「私は逃げてきたわけではありません。ダラムサラの尊者を慕い、法の道を授かりたいと思ってやってきました。この面で、インド政府はよい機会と条件を提供してくれましたので、受け入れざるをえない不公平を十分に補ってくれました」
取材は中国語で行われた。カルマパは言った。「あのころ中国政府は何人か先生を派遣してくれましたが、私もあまり勉強せず、中国語は得意ではありません。ここで引き続き勉強をし、たくさんの華人にも会いましたので、いくらかうまくなりました」
聞くところによると、カルマパはダラムサラに来たばかりのころ、ダライラマにチベットを離れてここへ来たわけをチベット語で書いて伝えたという。それには、彼が師と仰ぐ人がみな海外にいるので、その教えを請いたかったことのほかに、最後に、自分は詩を書くのが好きだが、どうしてもインスピレーションが起きないので、亡命社会に行けばそれが見つかると思ったという。ダライラマはそれはおかしいと、どこへ行っても詩のインスピレーションは見つかるはずだと答えたという。
事情通の人の話によると、カルマパの海外の信者たちは裕福な人が多く、インドに来たばかりのころはカルマパには高級車が用意され、上等な服を着て、ガードマンもつけられ、かなり派手だったそうだ。しかしダライラマに教え諭され、それ以来行いを改め、車も変えて修行に専念した。カルマパとダライラマはただの師弟関係ではなく、親子よりも深い関係にあることは、亡命社会ではよく知られている。ダライラマがどこかに訪問に出かけるときは、3、4時間をかけて法会を行い、旅の安全を祈祷する。事情通の人によると「カルマパはダライラマの後継者になりえる、という話には根拠がある」とのこと。
出家僧には沙弥と比丘の2つの戒律がある。カルマパの比丘戒はダライラマから授かった。これは歴代カルマパで最初のことだ。まわりの信者たちはこれまでの慣習を破ってはいけないと忠告したが、17世は自分の意志を通して歴史を変えた。
中国文化が好きなカルマパは、儒教思想に興味を持っている。『論語』『三字経』を読み、2年ほど前からは『古文観止』を読み始めた。読むのは遅いが、ダライラマからは中国語をたくさん読むよう言われ、漢人からダライラマに送られた中国語の書籍をもらうという。そんなときダライラマは「もう年だから私にはわからない。持っていって読むといい」と言うのだそうだ。
▽李白、杜甫の詩が好き
カルマパはよく李白のことを話題にし、李白や杜甫の詩が好きだという。友人にも、于丹の『論語』の解釈はあまりよくないなどと話している。カルマパによれば、華人(彼は漢人のことを習慣的にこう言う)は詩のインスピレーションがどんどん貧しく、つまらなくなってきているという。李白の時代の情緒や詩の感性はもう華人の中から見つからなくなっているという。繁体字は芸術的だと彼は繁体字に特別な思いを持っている。毛筆が好きなカルマパが書くのは繁体字だ。カルマパは漢族とチベット族とをつなぐ最良の使者だといえる。
チベットを後にしてはや10年、カルマパは仏教教義の奥の深さに感嘆しつつも、チベットの大自然への思いを抑えがたくなっている。雪山と草原、群れをなす牛や羊は忘れられない。だが、カルマパは以前、チベットの生活環境はよいが、人と人との心のうちには距離があり、本当の気持ちを伝えることができないと言っていた。出てきてからは、生活はたいへんになったが、とても自由になり、子どもたちと接したり若い人と語り合ったり思うように意志を伝えることができる。こういう心のつながりに彼は興奮した。政治からはできるだけ遠ざかっているが、いろいろな活動に参加すればVIPになる。彼はチベットの環境保護を大切にしており、ドキュメンタリーを撮影した。
「アジアの水源はチベットにあります。チベットの環境を保護することはアジア全体にとって有益なのです」と彼は言った。
以下がインタビューの主な内容である。
――中国から離れて10年、やりたかったことはやり終えましたか
出てきたのにはいろいろな理由がありましたが、主として法脈を伝承するためです。チベット文化は広くて深い。20年、30年でも学び終わりません。
――出てきた理由は仏具を得て、勉強するため。その目的は達せられましたか。
私が出てきたころ、中国から情報が入りました。それは私が出てきたのは仏具を得るためだというものです。私は出る前に手紙を残していきました。それには仏具のことなど書いていません。仏具のために冒険に出たりしません。チベットの宗教指導者の一人として古来から伝わる宗教文化を伝承しなければなりません。私はここに来て伝承の師にお目にかかり、師から仏法を教えられました。この間、たくさんの法脈と奥義を教わりましたが、チベット仏教は広大で、いまだ学び終えていません。もっと時間が必要です。
――中国政府はあなたに対して帰国の門戸を開いているようですが
どんな民族にも、生地に帰る権利や移動の自由はあるはずです。私がチベットを離れたのは修行を行うため。私には法脈を受け継いでいくという大切な使命があります。しかし、この立場が政治的に利用されることが多い。そういうマイナスの政治的影響がなくなっていけば、チベットに帰る日も来るでしょう。
――この10年で積まれた修行を自分でどう評価しますか
修行を積んだことを人に知ってもらうのは重要ではありません。私はインドに来て多くを学びました。仏教だけでなく、生活上の経験を積み、成長しました。命を燃やし生き抜くことや、初心を忘れず努力するといった人生の経験が自分にとっては最大の収穫だと思います。中国の古い言葉にあるように、学びに終わりはありません。私が学んだのは大海の一滴に過ぎません。でも、ここで得た経験のおかげで自分を知ることができたし、初心を忘れずに志を貫くことができるのです。
――ダライラマがアメリカで、活仏転生制度を放棄する発言をしましたが
活仏転生は衆生の利益のためにある制度で、人々と密接なつながりを持っています。もし、この制度が論争の火種となり、人々がこの制度を必要としないのであれば、制度を変えてもかまわないでしょう。
――つまりチベット仏教を変えてもかまわないと?
仏教は衆生の求めに応じるもので、永遠に変わらない制度や文化というわけではありません。
――チベットの宗教の現状について、何が問題だと思いますか
問題は複雑で、私のように部屋に閉じこもっていた人間が簡単に語れるものではありません。改革開放でチベットの宗教の自由も大きく変わり、寺院が建てられたり、僧侶の団体ができたりしました。しかし宗教の自由がすべての人々に浸透し、安心をもたらすには、まだ長い時間が必要です。国は人々の状況や民意をしっかりと理解し、改善を重ね、宗教の自由を高めるべきです。
――現在のチベットに政教分離は必要ですか
チベット仏教は純粋な信仰の域を越えており、その精神は人々の生活に入り込み、欠くことのできない生活の一部になっています。チベット仏教を語れば、おのずとチベットのすべての民族の生活を語ることになる。チベットの人々を深く理解しようとすれば、宗教を抜きに理解することはできない。もちろん政教一致は亡命者の間でもよく議論されますし、21世紀にはそぐわないとも言われます。しかし宗教文化はチベット民族の生活のあらゆる部分に入り込み、チベット民族の精神を反映しているので、切り離して考えることはできないのです。分離すれば、チベット民族の文化や伝統に影響するでしょう。
――中国政府はダライラマをチベット問題の元凶と見ていますが
本当にダライラマ自身が問題だとすれば、ダライラマが亡くなることで問題は解決するはずです。しかし実際に亡くなるようなことがあれば、問題はさらに深刻化するでしょう。問題の元凶を個人に押しつけその死を待つなど、良い方法ではありません。チベット人は心の中に、それぞれのチベット問題を抱えています。しかしそれはダライラマの問題ではなく、政治を始め、宗教、民族、文化そして環境にまで及ぶ問題なのです。ただの政治問題とかたづけるのは、感情的にも無理な話です。チベットの多様な文化、宗教、民族感情や価値など、すべてを考慮すべきなのです。
――ダライラマの「中道路線」を、中国政府は独立を促すものとして警戒していますが
私も中道路線(訳注:中国から独立せず、中国の中にありながら高い自治を求める立場)を支持しますが、それは独立を図るものではありません。政府は政治的な言い訳のためにこんな言い方をしているのか、それともダライラマの考えを理解していないのでしょう。ダライラマと中国政府の間でしっかりした話し合いが実現すれば、中道路線がチベットと中国双方にとって有利な道であることが分かってもらえるはずです。中国で生まれ育った私は共産党が統治する環境にいましたし、中国の文化や未来に関心を寄せています。だからこそ中道路線を支持するのです。中国の未来にチベットは必要だし、チベットの未来にも中国は必要です。両者の間には深い関係があり、チベット人ならそこを理解すべきです。
――亡命社会においてダライラマの後継者と言われることについては?
メディアでは私が後継者のように言われて関心を集めていますが、たんに議論されているに過ぎず、将来本当にそうなるわけではありません。たしかに私は精神的指導者の立場にあるカルマパです。カルマパには900年の歴史があり、つねに宗教指導者の象徴でありました。これはチベットの文化と伝統です。しかし、もしカルマパが政治指導者になるようなことがあれば、これまでの伝統を損なうことになります。もちろん亡命政府は民主化を進めており、チベットの人々はダライラマを中心と考え、チベット人の中からチベットのリーダーが現れることを望んでいます。封建的な世襲を繰り返したいとは思っていません。
――宗教的にあなたはどのような役割を担っていますか?
私はカルマパという、責任ある立場です。カルマパは活仏転生制度の創始者であり、歴史的にも大きな責任を担っており、付き従う人も世界各地にいます。しかし宗教上の責任が大きいだけで、それ以外特別なものではありません。もちろんチベットの人々は私に期待していますし、私も担うべき責任を果たすための努力は惜しみません。しかし特別な存在になることは望みません。
――インド治安当局の厳しい監視をどう思いますか?
もちろん納得できません。インドに大きな希望を抱いてやって来たのに、インドは私の亡命を中国政府のお膳立てによるものだとして警戒しているのです。悲しいですね。しかし、私はダライラマに直接会って法脈を受け継ぐという志を持ってインドに来たので、そのチャンスと条件を与えてくれたインド政府には感謝しており、それは監視される辛さを補っても余りあるほどだと思っています。
――香港にはあなたの信者がたくさんいますね
香港や台湾には私の信者が多く、救いを求めようとする彼らの気持ちはとても強い。私自身まだ学びの途中にありますが、できるだけ彼らを助け、生活に希望を与えたいです。彼らは裕福なのに虚しさを感じているので、よく話し合って解決を探りたいと思います。
――もう1人のカルマパ17世のように、香港に行きたいですか?
(編者注:カギュ派のシャマル・リンポチェ14世が認定したもう1人のカルマパ17世がいる。ティンエー・タエ・ドルジェという名で、彼もインドに亡命しており、2008年に香港を訪問している)
今の立場では難しいと思い、香港行きの申請はしていません。しかしもう1人のカルマパが私の代わりに行ってくれたし、2011年に再び訪問すると聞いています。ここは彼に任せ、私は機会を待つことにします。
――あなたが一番やりたいことは?
今、世界が最も注目している環境問題に、私も非常に関心を寄せています。チベットはアジアの貯水池という重要な役割を担っています。地球環境の観点から見てもチベットはとても重要な場所で、環境を守ること、とくにチベットの環境を守ることは大切です。将来帰ることができたら、あの大自然を守っていきたいと思います。
原文=『亜洲週刊』2010/4/25 紀碩鳴記者
翻訳=納村公子(前半)/本多由季(後半)
カルマパ17世の中国語(繁体字)公式HP
http://www.kagyuoffice.org.tw/
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。