2010年05月15日10時06分掲載  無料記事
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やさしい仏教経済学

(4)古都鎌倉を訪ねて出会う釈尊の教え 安原和雄

  古都鎌倉で散策を楽しむのであれば、見どころは沢山あるが、おすすめは鎌倉大仏である。といっても大仏そのものではない。観光客の多くは大仏の前で笑顔をつくって記念写真を撮って去っていく。これでは何とももったいない話というほかない。 
 実は大仏脇の庭園に一つの顕彰碑が建っている。観光客はこの碑に関心を示さないが、その前に立てば、仏教の開祖・釈尊の有名な教え(ことば)に出会うことができるだけではない。その碑の文言は日本の戦後史と今後の進路に大きな示唆を投げかけてもおり、その文言を凝視しながら、しばし考え込まないわけにはいかない。 
 
▽ 愛によってのみ憎しみは越えられる 
 
 鎌倉大仏に向かって左手の庭園に建立されている顕彰碑に、次のようなブッダ(釈尊)のことば(ダンマパダ=法句経)が刻まれている。 
*碑の表面のことば 
 人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる。人は憎しみによっては憎しみを越えられない。 
 Hatred ceases not by hatred, but by love. 
 
*碑の裏面の碑誌(大要) 
 前大統領は講和会議での演説の締めくくりに次のブッダの言葉を引用した。 
 実にこの世においては、怨(うら)みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。 
 Hatreds never cease by hatreds in this world. By love alone they cease. This is an ancient law. 
 
 前大統領はサンフランシスコ対日講和会議(1951年9月)で会議出席の各国代表に日本に対する寛容と愛情を説き、対日賠償請求を放棄することを宣言した。さらに「アジアの将来にとって完全に独立した自由な日本が必要である」と強調して、一部の国々が主張した日本分割案に真っ向から反対して、これを退けた。当時、日本国民はこの演説に大いに励まされ、勇気づけられ、今日の平和と繁栄に連なる戦後復興の第一歩を踏み出した。21世紀の日本を創り担う若い世代に贈る慈悲と共生の理想を示す碑である。この原点から新しい平和な世界が生まれることを確信する。 
             1991年4月 東大名誉教授 東方学院院長 中村 元 
 
*顕彰碑建立推進賛同者 
山田恵諦・天台座主(推進賛同者代表) 
梅原 猛・日本文化研究センター所長 
小渕恵三・日本スリランカ友好議員連盟会長 
沼田恵範・仏教伝道協会発願者 
ほか多数 
 
 以上の碑文に出てくる前大統領とは、ジャヤワルデネ・スリランカ大統領(対日講和会議のスリランカ代表)を指しており、碑のブッダの文言は、同大統領が対日賠償請求の放棄を宣言した演説の中で引用したことで知られる。 
 
 私(安原)は米国における同時多発テロ(2001年9月11日)、それに続く米国主導の報復戦争が始まった直後、顕彰碑を訪ねた。約10分間そこに座ってメモを取ったが、近くに沢山いた日本人の観光客は誰一人関心を示さなかった。観光コースになっている大仏をみて、記念写真を撮って駆け足で去っていく。わずかに外国人の若い男女2人が私のそばに来て、その英文を目で追っただけだった。 
 私はそれ以来、2010年5月連休明けの鎌倉散策を含めて、数回その顕彰碑を訪ねたが、観光客の無関心ぶりは相変わらずの状態が続いている。 
 
▽ スリランカ大統領の志に日本は応えてきたか 
 
 上記の釈尊の教えに込められた願いは、「人類は、非暴力によってのみ暴力から脱出しなければならない。憎悪は愛によってのみ克服される」(マハトマ・ガンジー=注)と共通している。 
(注)マハトマ・ガンジー(1869〜1948年)はインドの政治家・民族運動指導者で、インド独立の父ともうたわれる。非暴力主義の立場に徹し、全国的な反イギリス独立運動を展開した。1947年のインド独立後、狂信的なヒンズー教徒に暗殺された。 
 
 この「怨みを捨てよ」(釈尊)、「非暴力と愛」(マハトマ・ガンジー)への願いは21世紀の世界に生かされているだろうか。 
 碑文には「前大統領は・・・各国代表に日本に対する寛容と愛情を説き、対日賠償請求を放棄することを宣言した」とある。日本はこのスリランカ大統領の「日本に対する寛容と愛情」、「賠償請求の放棄」に果たして応えてきただろうか。残念ながら「否」というほかない。 
さらに碑文に「21世紀の日本を創り担う若い世代に贈る慈悲と共生の理想を示す碑」とある。21世紀の日本は「慈悲と共生の理想」の実現にどこまで努力しているだろうか。残念ながらこれまた現実は理想とはほど遠いといわざるを得ない。 
 しかも「新しい平和な世界が生まれることを確信する」とあるが、現実の世界では平和どころか、混乱、貧困、破壊、殺戮が横行している。 
 
このようにスリランカ大統領のせっかくの高い志(こころざし)に日本は応えてはいない。平和と理想の実現を阻むものは何か。 
 
▽ 平和と理想の実現を阻む日米安保体制 
 
 実はサンフランシスコ講和条約の調印と同時に、講和会議に出席した日本代表(当時の吉田茂首相)と米国代表との間で日米安全保障条約(旧安保条約)が調印(1951年9月、公布は52年4月)されたことを想起したい。 
 その後、10年近い歳月を経て現行の日米安全保障条約(正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)が調印(1960年1月)され、全国規模の改定阻止行動が盛り上がるのに背を向けて発効(同年6月)した。平和と理想の実現を阻止しているのが、この日米安保体制といえる。 
 
 ここで現行日米安保条約の特質に若干触れておきたい。 
*現行安保条約では「自衛力の維持発展」(第3条)、「共同防衛」(第5条)、「基地の許与」(第6条)などを明記している。ここが平和憲法9条の「戦争放棄」、「戦力不保持」、「交戦権の否認」の規定と真っ向から矛盾対立する点である。これを足場に米国は広大な軍事基地を沖縄を中心に日本列島上に展開し、日本は日米軍事力一体化の下で世界有数の軍事国家へと進む。 
*条約の失効条件として、現行安保(第10条)では「この条約が10年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に条約を終了させる意思を通告することができ、条約はその通告後1年で終了する」と規定している。これは日本からの一方的破棄が可能な規定である。ただ国民がこの破棄条項を活用しなければ、しょせん絵に描いたモチにすぎない。 
*日本から行われる米軍の戦闘作戦行動などに関する日米政府間の「事前協議」(日米交換公文)が新たに設けられたが、実際は米軍側の意向をそのまま受け容れるわけで、「事前協議」は事実上空文化している。核搭載米艦船の一時寄港などを容認する「日米核密約」によって日本の国是・非核3原則(持たず、作らず、持ち込ませず)が一部骨抜きになっていることはその典型的事例である。 
 
 こうして日本は日米安保体制下で軍事力偏重の米国世界戦略の中に組み込まれていく。その後の米軍によるベトナム侵略戦争、湾岸戦争、さらに米国主導のアフガニスタン・イラク戦争と占領は、日米安保体制下の巨大な在日米軍基地網の存在なくしては困難といっていいだろう。このように日本の戦争協力という予感があったからこそ、「1960年安保改定」当時あれほど大規模の「安保ハンタ〜イ」の声が日本列島上に響き渡ったのである。 
 
▽ 軍事同盟依存症を克服して「慈悲と共生」へ 
 
 昨今の日米安保体制、すなわち日米同盟は当初からみると、著しく変質してきている。その節目となったのが1996年4月の日米首脳会談(橋本龍太郎首相とクリントン大統領との会談)で合意した「日米安保共同宣言―21世紀に向けての同盟」である。この共同宣言は次のように述べている。 
 「首相と大統領は、日米安保条約が日米同盟関係の中核であり、地球規模の問題についての日米協力の基盤たる相互信頼関係の土台となっていることを認識した」と。 
 ここでの「地球規模の日米協力」とは何を意味するのか。日米安保条約の適用範囲あるいは日米共同対処区域を従来の「極東」から「地球規模」へと無限大に拡大させたことに着目したい。これは「安保の再定義」ともいわれ、地球規模での「テロとの戦い」に日本が参加していく布石となった。自民・公明政権時代に米国主導のアフガン、イラク攻撃に同調し、自衛隊を派兵したのも、この安保の再定義が背景にある。 
 
 ここで注目したいのは、大仏脇の碑にある「顕彰碑建立推進賛同者」の一人に小渕恵三元首相(小渕内閣は1998年7月〜2000年4月)の名が挙げられていることである。小渕元首相にあやかって、現役の「一国の宰相」たる者は碑を訪ねて、そこに刻まれている「慈悲と共生の理想」という文言と対話を重ねてみてはどうか。そうすれば日米安保体制=軍事同盟への依存症をいかに克服するか、という知恵に辿り着くこともできるのではないか。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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