2010年06月06日09時43分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201006060943240

教育

“こどば”を奪われた外国人の子どもたちに未来はあるか? 教師、研究者らが改善策など討議

  『東京の日本語教育・日本語学級を考えるつどい2010』(以下、つどい)が、去る5月30日、すみだ生涯学習センターで開催された。 
 このつどいは、東京23区において外国人児童の日本語教育にたずさわっている教師や研究者たちが集まり、現状や改善点を話し合うというものだ。 
 現在、東京都の公立学校(小・中・高)には、2,000人を超える日本語指導を必要とする外国人生徒が在籍しているが、その指導は思うように進んでいない。なかには、母語も日本語も不自由なまま、ドロップアウトしていく生徒も少なくないという。 
 彼らに未来はあるのか? このつどいを通して、問題点と展望を探ってみた。(和田秀子) 
 
■全国に28,000人存在する、外国人生徒たち 
 
 筆者が、定住外国人に対する教育に興味を持ち始めたのは、日本に住む日系南米人の方々を取材するなかで、彼らの子どもたちの多くが深刻な学力不足に陥っていることを知ったからだ。 
 
 文部科学省が2008年(平成20年)9月1日に発表したデータによると、日本語指導が必要な外国人生徒の数は28,575人(対前年度比12.5%)。 
 地域別では、愛知県(5,844人)静岡県(2,903人)神奈川県(2,794人)東京都(2,203人)と続く。これはあくまでも公立学校に在籍している数であるから、不就学児童をカウントするとさらに増える。リーマンショック以降、外国人の数は減少しているが、それでも20,000人は下回らないと考えてよいだろう。 
 
 このなかで、外国人生徒の高校進学率は5割前後。日本人の進学率が98%近いことから考えると、外国人生徒の学力不足が深刻であることがうかがえる。 
 
 なぜ、外国人生徒は学力不足に陥るのか? 
 
 これにはいくつかの要因がある。親の無関心、いじめ、金銭的問題……。 
 しかし、やはりもっとも大きな要因は“ことば”の壁によるものだ。 
 
 この『つどい』に参加していた野山広氏(国立国語研究所 研究員)は、研究発表のなかで「子どもは10歳までに母語を確立しなければ、人格形成や学習形成において著しく支障をきたす」と述べている。 
 通常は、生まれた国で成長していく過程で、少しずつ母語が確立されていく。しかし、10歳に満たないうちに母国を離れた子どもたちは、母語を確立できないうちに日本社会のなかに放り込まれてしまうことになる。 
 
 すると、どうなるか……? 
日本の公立学校に通えば、日常会話程度なら、比較的早くに習得できるだろう。しかし、授業の内容まできちんと理解できるかというと、これはまた別問題。 
 
 授業内容を理解するためには、より高度な日本語能力が必要になるため、授業についていけなくなる子どもも多いのだ。 
 
 一方、母語も不十分。家庭で母語の学習を続けていれば別だが、そうでないかぎり、子どもはどんどん忘れ去ってしまう。その結果、両親は母語で、子どもは日本語を話す、という結果になり「親と子どもが意思疎通できない」という悲しい結果をまねく。 
 
■物事を深く考えることも困難に? 
 
 では、現在の日本の公立学校は、彼らのような外国人生徒をどう扱っているのだろうか? 
 
 自治体ごとに定められた基準にしたがって、公立学校のなかに“日本語学級”を設置している。通訳やバイリンガル教師をまねいて、母語での補習を行うこともある。 
 日本語学級が設置されていない学校に通っている生徒は、地域ボランティアの手を借りるケースも多い。 
 
 しかし問題なのは、母語が確立できていないがゆえに、「母語で補習を受けても、内容を十分に理解できない子どもたちがいる」ことだと前出の野山氏は指摘する。 
 
 人間は物事ついて考えるとき、自分がもっとも得意とする言語で思考を組み立てる。そのため、軸となる母語が確立されていないと、物事を熟考することもむずかしいのだという。 
 
 勉強にも付いていけない、物事もじっくり考えられない、といった子どもたちが大人になると、どうなるか……。 
 彼ら自身の未来はもちろん、彼らの子どもたちの未来まで閉ざしてしまうことになりかねない。 
 
 こうした事態を避けるためには、「自宅では必ず母語で話をする」といった明確なルールを決め、日本語学習と合わせて継続的に母語を学ばせる必要があるという。 
 さらに、日本の文化だけでなく、母国の文化も合わせて教えることで、成長過程におけるアイデンティティの確立も比較的スムーズになるという。 
 
■10歳を過ぎると手遅れに…… 
 
 教育方法を間違えなければ、「“バイリンガル”として能力を発揮できるようになる」と野原氏はいう。 
 しかし、外国人生徒に対する教育体制は、自治体によって差はあるものの、残念ながら現段階ではまだまだ不十分だ。 
 
 この日、『つどい』に参加していた東京都の日本語教室の教師たちからも、「個別指導の時間が少ない」「バイリンガルの教師がいない」「ひとりひとりの生徒に合ったカリキュラムが組めない」「教師が多文化教育についての知識を持っていない」といった問題点が次々と挙がった。 
 以前から、このような状況の改善を求める意見書が、東京都はもちろん全国の外国人集住都市からも政府に提出されており、これに押される形で、去る5月19日、ようやく文科省から以下の基本方針が打ち出された。 
「定住外国人の子どもの教育等に関する政策懇談会」の意見を踏まえた文部科学省の政策のポイントhttp://goo.gl/11On 
 
 「10歳を過ぎると手遅れになりかねない。一刻も早い対策が必要」と野山氏も指摘するように、子どもの成長に待ったはない。 
 
 “バイリンガル”の能力を身につければ、日本社会で生き抜いていくための大きなアドバンテージとなる。日本と母国の架け橋となって活躍してくれる逸材も生まれるだろう。 
彼らが日本社会の闇に落ちてしまわぬよう、少子高齢化である日本の財産として、教育体制を速やかに整える必要があるだろう。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。