2010年08月04日21時00分掲載
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検証・メディア
英・名誉毀損法、抜本的改正の動き ー言論の自由侵害で国際問題にも発展
英国・イングランド地方の名誉毀損法の改正を求める声がメディア界を中心に高まっている。裁判費用の高額化が言論の自由や研究の妨げになっている上に、英国外に拠点を持つ被告、原告が名誉毀損裁判を英国で行う、いわゆる「越境訴訟」が目に付くようになったからだ。(ロンドン=小林恭子)
7月上旬、英政府は、名誉毀損法の見直し作業に着手する方針を発表した。来年早々、改正法案を議会に提出する予定だ。議員立法による改正法案が既に上院で審議中だが、政府法案の提出で、名誉毀損法の抜本的見直しが実現する可能性が出てきた。
名誉毀損裁判の高額化を改めて実感させたのが、科学ジャーナリスト、サイモン・シン氏と英カイロプラクティック協会の事件だった。
2008年、シン氏は、「ガーディアン」紙のウェブサイトのコラムで、カイロプラクティックの治療の効果を疑問視し、同協会はシン氏を名誉毀損で告訴した。今年4月、控訴院が記事は名誉毀損には当たらないという判断を示し、協会は告訴を取り下げた。勝訴までの2年間、シン氏は仕事が激減した上に、裁判費用20万ポンド(約2600万円)を負担する羽目になった。
名誉毀損裁判は、ジャーナリストやメディア側に大きな金銭的負担を課す。法廷に出頭して弁護するまでの準備段階で弁護側には「少なくとも5万ポンド」(英誌「エコノミスト」の試算)の費用負担が生じる。オックスフォード大学の08年の調査では、同地方の名誉毀損訴訟費用の高さは欧州一だ。潤沢な資金を持たない小規模のメディアは名誉毀損で訴えられるのを恐れて、報道を自粛する場合もあるといわれている。
一方、ここ数年、英国外での出版活動に対して、英国内で名誉毀損訴訟が起きるという奇妙な例が目に付く。
03年、米国人作家がテロの資金繰りに関する本を米国で出版した。この本の中でテロリストへの資金供給者として名指しされたサウジアラビアの実業家が、05年、この本が名誉毀損であるとして英国で告訴し、勝訴した。07年には、ウクライナの富豪が同国内に設置されたウクライナ語のウェブサイトに掲載された記事が名誉毀損に当たるとして英国で訴訟を起こし、勝訴している。
前者の場合は、英国でもこの本が少数ながら(23冊のみ)ネットを通じで購買でき、後者の場合はネット上でウクライナ語の記事に英国内からもアクセスできた。これでイングランドでの訴追が可能となったのだ。
7月中旬、米上院司法委員会は、名誉棄損をめぐる海外の裁判所での司法判断が米国民にそのまま適用されないようにする法案を上院で議論することを決定している。(補足:法案は7月末までに上院・下院を通過し、法律として成立する最後の手順である、大統領の署名を待つ状態となっている。)
イングランドの名誉棄損法は、米国の場合と比較すると原告に有利と言われている。米国では憲法修正第1条で保障された言論の自由がジャーナリストを擁護する上に、原告側が被告の論評に「悪意があった」と証明する必要があるからだ。一方、イングランドでは論評の真実性に関し、被告に立証責任が伴う。
イングランドでも、名誉毀損訴訟をめぐって、報道に「公益がある」と見なされれば、訴追を免れる「レイノルズ弁護」(1999年)があるものの、弁護理由としては「十分に機能していない」(報道の自由のための運動団体「インデックス・オン・センサーシップ」)という。レイノルズ弁護とは、94年、『サンデー・タイムズ』紙が当時のアイルランド首相アルバート・レイノルズ氏に関する疑惑を報道した事件で、「重大な疑惑が特定議員に生じ、公益があると判断された場合、正当な手続きを踏んでいれば、結果的にその疑惑が立証されなくても、報道する自由がある」という司法判断を指す。
英政府は来年の法案提出に向けて広く意見を募る予定だ。損害賠償額に上限を設定する、勝訴の場合の弁護士報酬を大きく減少させるなど、高額化傾向を止める方策や、出版物の少なくとも10%が英国内で配布されていない限り、訴追を受け付けないなど、「名誉毀損の越境訴訟」をなくするための歯止め策が議論に上りそうだ。
(新聞通信調査会発行「メディア展望」8月号掲載分の補足・転載)
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