2010年09月08日00時55分掲載  無料記事
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検証・メディア

朝日新聞とは? 3

  前回、朝日新聞8月29日付けのフェルドスタイン氏の発言をめぐる記事について触れた。朝日新聞記者が米エコノミストのフェルドスタイン氏に日本経済へのアドバイスを「ぜひ、聞かせてください」と懇願してその発言をもって記事を締めくくったことについてである。フェルドスタイン氏はレーガン政権の大統領経済諮問委員長であり、オバマ政権下では経済回復諮問委員会の委員であると、紹介されている。 
 
  さらにこのマーティン・フェルドスタイン氏は朝日新聞によると、「米経済の景気の転換期を判定する全米経済研究所(NBER)の所長を1977〜82年、84〜2008年まで2度努め、米景気判定の権威として知られる」と紹介されている。 
 
  ところで、このフェルドスタイン氏はおそらく、宇沢弘文著「経済学の考え方」(岩波新書)に書かれている「マーティン・フェルドシタイン(Martin Feldstein)」氏のことであろう。「経済学の考え方」の中のフェルドシタイン氏に関する東大の宇沢弘文名誉教授の指摘は参考になるかもしれない、と思い、少し長いが引用する。 
 
 「サプライサイド経済学にかんして、その長期的な視点からの考察を展開したのは、マーティン・フェルドシタインである。フェルドシタインは、社会保障年金制度と貯蓄との関係を論じて、サプライサイドの経済学の長期的側面を強調した。フェルドシタインは、1960年代から70年代にかけて、アメリカ経済の国際経済的パフォーマンスは悪化し、多くの産業が国際競争力を失っていったのはどのような要因にもとづくのかということを問題としたのであるが、結局、過去30年近くにわたって、アメリカの産業の供給能力が十分に蓄積されなかったからであると主張した。そして、この民間投資の欠如は、アメリカ経済全体としてみたときに、貯蓄が不足していたからであると考えた。その貯蓄不足を招来したもっとも大きな要因は、社会保障年金制度であるというのが、フェルドシタインの最終的な結論であった。」 
 
  宇沢教授によればフェルドシタイン氏は社会保障年金制度を撤廃したかったというのである。 
 
 「フェルドシタインは、人々が、現在(労働期間中)の消費と将来(退職後)の消費とについて常に合理的な選択をおこない、現在の所得と現在の消費との差額が貯蓄であり、それは、合理的な選択の結果決まってくるという、フィッシャーの時間選好理論の枠組みのなかで議論を進める。そして、社会保障年金制度という公的な年金制度が存在し、強制的な貯蓄をおこない、公的部門に吸収することになっているために、民間貯蓄に対してきわめて抑圧的な効果をもつと考えた。」 
 
  レーガン大統領が採用した経済政策の中にはサプライサイド経済学やマネタリズムがある。サプライサイド経済学は民間投資の減少がアメリカ経済を弱めたと考えた。そこで、民間投資を促すためには減税と、社会保障年金制度の弱体化が必要だと考えた。減税と社会保障費年金制度の弱体化によって貯蓄率が高まり、その金が投資に回されることで工場設備がリニューアルされ、生産性が劇的に向上すると考えたのである。しかもこの減税の特徴は累進制を大幅に弱め、富裕層への課税を大幅に軽減することであった。 
 しかし・・・宇沢氏の著書からの引用を続ける。 
 
  「(フェルドシタインは)1924年から71年までの統計的データを用いて、社会保障制度の存在によって、民間貯蓄はほぼ半分になってしまったということを示したのであった。じつは、フェルドシタインの計算には大きな計算違いがあって、彼の結論は誤っていることが指摘された。フェルドシタインはのちに、推計期間を若干延長して、最初の主張を正当化できるような推計結果を得たとしている。この、フェルドシタインの主張が正しいか否かということは別にしても、わずか数期のデータを付け加えるだけで、結論がまったく逆転してしまうということは、彼の用いている統計データあるいは統計的手法が著しく杜撰なものであることを示すとともに、その理論的根拠の非現実性をも示している。」 
 
  サプライサイド経済学はその狙いとは裏腹の結果を招いた。アメリカ人の貯蓄率はレーガン時代に一層低下し、人々は消費漬けになっていくのである。さらに工場は新たな投資でリニューアルされるというより、メキシコなどへ移転が進み、空洞化が激しくなり、街には失業者があふれた。GMの工場移転で急速に貧困化するミシガン州フリントの街を描いたマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「ロジャー&ミー」(1989)にもその様子が描かれている。さらに、社会保障年金制度の弱体化は医療が受けられない人々の増大につながり、それはムーア監督がアメリカの医療制度の欠陥を描いたドキュメンタリー映画「シッコ」にもつながっていく。 
 
  フェルドシュタイン氏の経済学はこのようなものだった。その帰結は貧富の格差の増大とアメリカ経済の不健全化である。それでもアメリカ経済が何とか乗り切れたのは世界の覇権国としてドル決済が可能だったからだ。日本とは置かれた状況が異なる。朝日新聞記者はこのフェルドシュタイン氏に日本経済への処方箋を聞き、その発言になんらの論評を加えることなく紹介しているのである。消費税の増税と所得税の減税を組み合わせることが最良のデフレ対策である、と日本人に説くフェルドシュタイン氏のこの発言について朝日新聞記者自身はどう考えているのだろうか。 
 
  ちなみに今回のアメリカ発金融危機は銀行と証券の垣根を設けていたグラス・スティーガル法をビル・クリントン大統領時代の1999年に廃止したことに原因がある。だが、80年代のレーガン大統領時代に連邦準備制度理事会(FRB)ではグラス・スティーガル法(1933)の法解釈を緩める試みが始まっていたという。銀行がマネーゲームに奔走し始めたのもこの頃である。 
 
 
■朝日新聞とは? 2 
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