2010年10月02日10時07分掲載  無料記事
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やさしい仏教経済学

(16)21世紀の仏教経済思想を提唱する 安原和雄

  今回から私(安原)が構想する仏教経済思想(仏教経済学)の骨格を提示したい。もちろんこれまで紹介してきた内外の先達による先駆的な思想や提言に負うところは多大である。ただ誤解を恐れずにあえて指摘すれば、先達が遺してくれた業績は20世紀に紡がれた思想的、実践的営為である。時代はいうまでもなくすでに21世紀に踏み込んでおり、新しい時代は、それにふさわしい思想的、実践的な自由、挑戦、創造を求めているとはいえないか。 
 先達の豊かな思想的、実践的な遺産に学びながら、21世紀は何を求めているのか、その課題に取り組んでみたい。そこでは既成の観念、権威、秩序に囚われない「自由」、変革への志(こころざし)を見失わない「挑戦」、新しい価値、枠組みを生み出すことに精進を重ねる「創造」がキーワードであるに違いない。 
 
▽ 仏教と経済はどう結びつくのか ? 
 
 仏教と経済はどういう関係にあるのか。仏教と仏教経済学は同じであって、同じではない。まず問答形式で考えてみたい。 
<問い1> 仏教と経済はどう結びつくのか ? 
<答え> 仏教経済(学)=衆生済度+経世済民(経国済民) 
 大乗「仏教」の目指すものは「衆生済度」(=人間に限らず、自然、動植物も含めていのちあるすべてのものを救済すること)、であり、一方「経済」の意は「経世(国)済民」(この世、国を整えて、民を救うこと)で、両者ともに「いのちある民を救う」という点で結びついている。 
 
<問い2>宇宙、現世の真理は ? 
<答え>空(縁起)観=諸行無常(万物流転)、諸法無我(相互依存)→ 現世での変革へ 
 仏教によれば、宇宙、現世の成り立ちは「万物流転」(すべては変化すること)であり、同時に「相互依存」(すべてはそれぞれが独自に単独で存在しているのではなく、相互依存関係の中でのみ存在できるということ)によるという真理から離れられない。すべては変化し、独自の存在はあり得ないからこそ、現世での変革が可能である、といえる。 
 仏教を土台にしている仏教経済学こそが、現世のありようを単に解釈するだけでなく、むしろ現世の変革を重視する。 
 
<問い3>仏教経済学と車のブレーキとは ? 
<答え>車のブレーキは何のためにあるのか ? 「車を止めるため」が常識的な答えだが、これは正解ではない。本田技研工業(通称「ホンダ」)の創業者、本田宗一郎(ほんだ・そういちろう、1906〜1991年)は「車をスム−ズに走らせるためだ」と言う。ブレーキが壊れていると知って車を運転する者はいない。ブレーキがあるからこそ安心して運転できる、と。 
 
 企業経営も同じだ。ブレーキに相当する企業モラル(=企業の社会的責任)がしっかり備わっていれば、暴走せず、道を踏み外さないで、企業経営も順調に伸びる。そのためには方向指示器も不可欠だ。 
 では政治、経済、社会における「車のブレーキと方向指示器」に相当するものは何か。仏教経済学である。現代経済学の典型といえる自由市場原理主義(=新自由主義)すなわち「貪欲金融資本主義」はブレーキの壊れた車と同じで、しかも方向指示器が「私利私欲」であるため、暴走し、2008年の世界金融危機とともに破綻した。だから今、仏教経済学(思想)への期待が高まりつつあると診断したい。 
 
▽ 仏教経済学の八つのキーワード ― 現代経済学を超えて 
 
 では新しい仏教経済学の大枠はどのようなものか。仏教経済学のキーワードとして八つを挙げたい。「八」(漢数字)は末広がりを意味しており、将来へ向かって発展していくという期待をこめて使いたい。しかも八つのキーワードによって仏教思想とのかかわりをより分かりやすく提示することに努める。その場合、現代経済学(注)への根本的批判が原点となっていることはいうまでもない。 
 以下に私(安原)の考える仏教経済学の八つのキーワードを列挙する。< >内は現代経済学の特質を示す。 
 
*いのち尊重(人間は自然の一員)・・・<いのち無視(自然を征服・支配・破壊)> 
*非暴力(平和)・・・・・・・・・・・<暴力(戦争)> 
*知足(欲望の自制、「これで十分」)・・<貪欲(欲望に執着、「まだ足りない」)> 
*共生(いのちの相互依存)・・・・・・<孤立(いのちの分断、孤独)> 
*簡素(質素、飾り気がないこと)・・・<浪費・無駄(虚飾)> 
*利他(慈悲、自利利他円満)・・・・・<私利(利己主義、自分勝手)> 
*多様性(自然と人間、個性尊重)・・・<画一性(個性無視、非寛容)> 
*持続性(持続可能な「発展」)・・・・・<非持続性(持続不可能な「成長」)> 
 補足(1):競争(個性と連帯)・・・・<競争(弱肉強食、私利追求)> 
 補足(2):貨幣(非貨幣価値も重視)・<貨幣(貨幣価値のみ視野に)> 
 
(注)現代経済学はケインズ経済学、新古典派経済学(新古典派総合)、新自由主義(市場原理主義) ― の三つに大別できる。いずれも理論体系として「無限の自然」が前提になっており、「成長の限界」に目が届かない。だから「自然環境の保全」、さらに「持続可能な発展」(Sustainable Development)という地球環境時代のキーワードには目もくれない。 
*ケインズ経済学=イギリスの経済学者、J.M.ケインズ(1883〜1946年)が大恐慌をふまえて書いた主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)で説いた。大恐慌によって出現した大量の失業を克服するには、それまでの自由放任策は有効でなくなり、新たな需要を喚起するための有効需要創出策(財政支出の拡大など)が不可欠というもので、さらに貪欲、戦争も是認した。これが財政赤字、「大きな政府」につながっていく。 
 
*新古典派経済学=通称「新古典派総合」、すなわちアダム・スミス(主著『国富論』・1776年)らの古典派経済学にケインズのマクロ経済学的分析を組み合わせた経済理論で、ノーベル経済学賞(1970年)受賞者、米国経済学者P.A.サムエルソン(主著『経済学』初版1948年)が創始者として知られる。 
 市場原理による自由競争が資源の適正配分をもたらすという考え方で、政府による補助金の削減、自由化、民営化などで「小さな政府」をめざす一方、「市場の失敗」を認める。つまり市場原理がうまく機能しない分野(教育、福祉、環境汚染など)には政府による管理・規制を認める。 
 
*新自由主義(市場原理主義)=1980年代以降の主流派経済思想として市場原理主義と「小さな政府」(福祉や教育にも市場原理の導入を図る)を徹底させる新自由主義(=新保守主義)が登場してきた。この主唱者はシカゴ大学を拠点とするシカゴ学派で、そのリーダー、M・フリードマン(1912〜2006年、1976年ノーベル経済学賞受賞、著書に『選択の自由―自立社会への挑戦』など)が著名である。 
 この新自由主義登場の背景には経済の急速なグローバル化(地球規模化)という事情がある。多国籍企業など大企業が地球規模での生き残り競争に打ち勝つためのイデオロギーであり、支援策を意味している。 
 その具体例はサッチャリズム(イギリスのサッチャー首相は1979年就任と同時に鉄道、電話、ガス、水道など国有企業の民営化、法人税減税、金融や労働法制の自由化などを実施)、レーガノミックス(1981年発足した米国のレーガン政権の軍事力増強、規制の緩和・廃止、民営化推進など)、さらに中曽根ミックス(1982年発足した日本の中曽根政権にみる軍備拡張、日米同盟路線の強化、規制緩和・廃止、民営化推進=電電公社、国鉄の民営化など)から始まった。 
 特に2000年以降、米国のブッシュ政権さらに日本の小泉・安倍政権による新自由主義路線は市場原理主義と軍事力強化とが重なり合っていた点を見逃してはならない。 
 
▽ 仏教経済思想を生かす変革構想 ― 日本と世界を視野に 
 
 日本と世界を視野に収めて仏教経済思想を生かす変革構想の概略を示したい。その主な柱は以下の通り。 
 
*平和憲法理念と仏教経済思想 ― 「持続的発展」を憲法の追加条項に 
*持続型社会をめざして ― 「簡素な経済」へ 
その主な内容は以下の通り。 
・経済成長主義よ、さようなら 
・循環型社会づくり 
・自然エネルギー活用型へ 
・車社会の構造変革 
・ワークシェアリングの導入 
・「食と農」の再生と食料自給率の向上 
・病人を減らし、健康人を増やす健康重視・医療改革 
・財政・税制の根本的組み替えを 
 
*非暴力(=平和)の世界を求めて ― 「地球救援隊」構想 
*日米安保解体と非武装・日本への視座 ― 日米同盟の呪縛を清算する時 
*仏教の「四苦八苦」から解放されるか ― 政治・経済・社会の変革は必要条件ではあるが、十分条件とはいえない。 
 
 次回から上述の「仏教経済学の八つのキーワード ― 現代経済学を超えて」、「仏教経済思想を生かす変革構想 ― 日本と世界を視野に」のそれぞれの柱を順次説明してゆきたい。 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
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