2010年11月01日01時05分掲載
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文化
カフカ作「変身」の中身 村上良太
中学高校で課題図書として本が何冊か指定され、感想文を書かされる事がある。カフカの「変身」はそうした課題図書の中で最も短い本のひとつであり、僕も読んだ記憶がある。そればかりか美術の絵のモチーフにも使う事ができた。
ストーリーはシンプルである。グレーゴル・ザムザという名前の青年がある日、夢から醒めてみると巨大な虫に変身していた。そのため、それまでこつこつまじめに働いて生活費を賄ってやっていた扶養家族である妹や両親から疎んじられ、淋しく部屋にこもって死んでしまうという話である。
ところでこの小説の主人公であるグレーゴル・ザムザが変身した虫は具体的に何だったのか?という有名な謎がある。ドイツ語の原書では「Ungeziefer」であり、毒虫を指すそうだ。しかし、「毒虫」という言葉は僕にはあまりぴんと来ない。三修社の「新現代独和辞典」を引いてみると、「害虫、まれに、有害小動物(ネズミなど)」とある。害虫と毒虫とではどこかニュアンスが違う。いずれにせよ漠然としたままだ。
しかし、さすがにネズミではなかろう。すばしっこいネズミだったら、話の展開も違っていただろうからだ。「変身」にはザムザがリンゴを投げつけられて痛みに苦しむ悲哀に満ちたシーンがあるが、ネズミならリンゴをかわせたかもしれない。
ウィキペディアでカフカの「変身」について調べたところ、蝶の収集家でもあった作家のナボコフは「大きく膨らんだ胴を持った甲虫だろう」と「ヨーロッパ文学講義」で推測しているそうである。確かにコガネムシか、カブトムシという印象がある。これらなら腹が大きく、動きものろい。僕も長らく、コガネムシだろうと思っていた。
ところが、フランスで翻訳されたガリマール社の「変身」を読むとザムザが変身したものは「cancrelat」だとあった。カンクレラなるものは仏和辞典を引くと、「ゴキブリ」と出ており、それ以外の訳はない。ゴキブリだと悲しすぎる。本当にゴキブリ以外の訳はないのか。フランス人の知人に確認したが、ゴキブリ以外の何ものでもないという。英語のcockroach(コックローチ)であり、スペイン語のcucaracha (クカラチャ)だという。
ところで不思議にもガリマール版の「変身」には表紙絵として若い男にコガネムシがすがりついているイラストがつけられている。表紙はコガネムシであってゴキブリではない。イラストレーターは翻訳者と違った解釈をしている、ということなのだろうか。
「変身」の挿し絵には具体的な昆虫を描きこまないでくれ、とカフカが指示していたと言う。そのため、オリジナル版では半開きのドアから中を読者に自由に想像させるようになっている。
形がないものを考えるのは難しい。小説を読むとき、映像を思い浮かべないではいられない。ということは、様々な解釈を読者が自由にしてもよい、ということだろうか。
村上良太
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